なにかと披露宴と定番と
どこからともなく音楽が聞こえる。
それがエクナベル家が呼んだ音楽団だとすぐに理解した。
でも、その曲調を『なにか』は知っている。
このゲームに収録されている音源なのだから、それがここで演奏されていたとしても問題はない。
因みに今から行うのは『披露宴』のみだ。
ゲームのシステムに則れば、邪神を倒した場所こそが結婚式場であり、そこで神の祝福を受ける。
だから、結婚式は既に終わっている。
人前結婚ではなく、神前結婚をしたのだし、この世界の習慣は神前結婚だから、二度も女神を呼び出しては申し訳ない。
そういう意味だろうと、『なにか』はなんとはなしに考えていた。
彼は今、一人中央で佇んでいる。
これから煌びやかな花嫁に変貌したマリアが、彼女の父に手を取られながら歩いてくる。
——いわゆる、バージンロード
そういう流れだと、誰かから聞いている。
(うーん、緊張するなぁ。結局今までなぁなぁにしてたけど、人前でこういうことするのって、俺って初めてなんだよなぁ。いや……、初めてではないのか。だから俺は頭が真っ白になりながらも、言われた通りに行動している……のかも)
その通り、『なにか』の中の人は何度も経験している。
パーンパパパパッパッパッパー♪
という音が突然扉から聞こえてきた。
そしてどういう構造なのか、魔法なのか、石油王が発電した電気なのかも分からないが、スポットライトがその扉に向けられる。
ラッパの音を合図に従者たちによって扉がゆっくりと開かれる。
すると、そこには胸の大きく開いた艶やかなデザイン、そして清潔感あふれる水色のウェディングドレスを身に纏ったマリア・エクナベルが現れた。
口髭を上品に上向きに跳ねさせた父マハージに手を取られて一歩、また一歩と歩き始めていた。
エイタやビイタは裏方なので壁際で直立している。
そしてSPのように微動だにしていない。
「いや、そんなことはどうでもいいか。マリア、綺麗だよ。」
『なにか』はネクタの街で一体何が起きるのかと戦々恐々としていた。
マリアに対して、どこか後ろめたさがあった。
でも、それが全てどうでも良くなるほどに彼女は美しかった。
ツインテールにしていることが多い長い桃色の髪。
美しい髪を上にあげて、色気のあるうなじが見える。
そして色白の美しい顔に普段とは違う、艶っぽい化粧。
まるで精霊か女神のようだった。
そんな美の化身のような彼女が初めて見る男、マハージに連れられて、『なにか』のところに歩いてくる。
幸せの極み、この瞬間だけは世界中の誰よりも幸せなんて、ありきたりなセリフさえ『なにか』の頭に浮かんでいる。
「ありがと。————もサマになってるよ!」
◇
神父がいるでもない、家族や身内だけの披露宴。
特に礼儀作法なんて要らないので、マリアは父の手をスッと話して『なにか』に抱きついた。
早速『なにか』の燕尾服がキラキラとした化粧の粉が付着してしまったが、構うことはない。
彼は彼女の父親、そして扉のところで見守っているイザベラに一度大きく頭を下げ、マリアの腕を引き、一番かわいく意匠が施された二人用の椅子へと歩き始めた。
「それにしても、昨日の今日なのに、よくここまで仕上げられたな。お父さんもお母さんも大変だったんじゃないか?」
それは小声でマリアに話しかけた。
魔王と勇者パーティの力を使えば、一瞬で用意された席に辿り着けそうだ。
だが、それは興が乗らない。
だから敢えてゆっくりと歩いてみせているので、ちょっとした雑談をしても問題なさそうだった。
それに、ここまで来ると、街の人の視線もあまり気にならないらしい。
第一、皆マリアに目を奪われて、ソレを見ようともしない。
そしてマリアは新郎に向かって、コテっと頭を傾げた。
「いやいや、——が黒服コンビをうまく使ったからでしょ? 私も今日なんかはほとんど椅子に座ったまま、されるがままだったわよ。」
「あ、そっか。確かにいつもより綺麗……、じゃーなくて、いつも綺麗だけど、こういう姿もすごく似合っているよ。」
「はいはい。分かっているわよ。——はモテるもんねぇ。でも、これからが私の本領発揮なんだからね。甘えて甘えて甘え尽くしちゃうから、覚悟してよね!」
そんなマリアの甘えん坊さは、ソレに思いっきり寄りかかっている体勢からも既に伝わってきている。
本当ならもっと甘えん坊イベントがあった筈だ。
でも、マリアとの出会いで『レイ』は一度勇者パーティから逃げ出してしまった。
だから今日はもっと甘やかそうと決めていた。
彼女が寄りかかってくるならそのままお姫様だっこをしよう。
「‼‼」
と、マリアは一瞬戸惑うような顔をしたが、すぐに笑顔に戻ってお返しにと『——』の首に手を回した。
マリアの方が何枚も上手なので、彼女は美しい唇を——の頬に軽く当てた。
「えへへ、今日は私だけの勇者様だもんね。」
いつもより厚い化粧でも分かるほど、マリアの頬は真っ赤になっていた。
先ほどの言葉を訂正しよう。
今こそが世界で、いや、全宇宙、全異世界一幸せな二人が誕生した瞬間なのだ。
そして、それを証明するように日の光が神々しく二人だけを照らす。
彼はこの大部屋だけ窓をガラス製に戻している。
つまり、全てが上手く進んでいる。
もうこのまま、マリアエンドでいいんじゃないかとさえ思えてくる。
だから、いつもより積極的に。
「マリア、俺、君に出会ったその時から、君だけを見てたよ。愛している、マリア。」
と、彼女をソファに座らせるときに耳元で囁いた。
すると彼女も。
「うん。私も……。会った日、助けてもらったあの日から私もずっと貴方を……」
と、目を潤ませながら、最高に幸せな顔を見せてくれる。
そしてお互いに視線を合わせたまま、二人だけの時間が流れる。
勇者とヒロインの時間
それでは司会、進行を任されているエイタと新郎の友人は堪らない。
二人の幸せな空間を邪魔するのは忍びないが、かなり時間が押しているのだ。
昼前に始めた筈がいつのまにか斜めから日の光が差し込んでいる。
お客さまも目の前のご馳走に手をつけられずにいるので、流石にかわいそうではある。
だから、エイタがまずはと、簡単な二人の出会いを紹介した。
石油王のご令嬢としてのマリアの話。
そして、この世界を守るために戦った勇者の話。
二人は運命的にこの街で出会い、共に旅に出たこと、その旅で起きたマリアイベントが、エイタの口から語られる。
他人の口で言われるとものすごく恥ずかしい。
会場の皆がニヤニヤしているのもさらに恥ずかしさを加速させる。
彼もこの話はさっと終わってほしいと思ったほどだ。
それに、ほとんど忘れかけているが、
——このマリアイベントは魔族とネクタの関係改善も目的だった筈だ。
だから次からの話が重要なのだ。
マリアの話が中心だったエイタに変わり、今度は新郎の友人が魔族レイの功績を話し始める。
「魔王ヘルガヌスをレイ様は隠居に追い込み、魔王として君臨しました。そして邪神に憑りつかれた魔物との最終決戦に挑まれました。勿論、その中にはマリア様の姿もあり、そこでマリア様と勇者様は女神の祝福を受けたのです。そして魔王レイの功績はこれだけに留まりません——」
ワットバーンは魔王レイがまずは勇者アルフレドと不戦の誓いを立てた話をし、モンスターを全てアーマグに引き上げさせた話をした。
さらには早速ギリー農場と提携を結んだ話をして、今後のレイの世界のプランニングの一つである、国境を隔てない世界作り、具体的には人と物の行き来をもっと自由に行う計画を掻い摘んで説明した。
その技術は魔族が提供する、という話まで。
この話は街の人へ向けたものではない。
マハージ氏に突き刺さるように工夫して話を盛っている。
彼との繋がりを持つことはネクタと同盟関係になることと同じ。
だから、これもまた完璧。
今日という日を完璧に仕上げる、その筈だった。
「あれ……、何の反応もない? 街の人も……か? やっぱり、魔族に対しての抵抗感は拭いきれないってことかな。」
「うーん。私もこの街に帰ってきたのって出ていった日ぶりだしなぁ。誰も街の外に出ようともしてなかったし、あんまり分かってないだけかも。勇者様の偉大さがこの街には届いていないって感じかなぁ……」
レイは背中に薄寒い何かを感じ始めていた。
でも、その正体に気付けない。
だから、イーリとオスカーに目配せをして、余興のコントを始めさせる。
魔族ってこんなに楽しい!アピールタイムだ。
「どもー、イーリっす」
「どうもー。オスカーじゃよ。」
「二人合わせて、スライムバット‼‼」
というありがちな漫才師の挨拶から始まった。
その話は、ある意味でレイの身を切る話の連発だった。
「いやぁ、わし、オスカーがこんな舞台に立つことになるんじゃったら、一つ、主人殿の武勇伝でも語ろうかのぉ。」
「武勇伝? そりゃ、世界を救ったんすよ? オスカーはんに言われんくてもそれくらいぎょーさんありますわ。俺っちなんて、旦那に命を救われたんっすよ?」
「はぁ、そんなことがあったんかいな。でも、ワシが言う武勇伝は一味違うぞ。魔王様は魔王になる前、何してたと思う?」
「そりゃ、人間だったっすよ。いやいやそれは有名すぎて武勇伝ちゃいますわぁ。それともなんですか? 女性物の下着でもかぶってたって言うんですか?」
「その通りじゃ。あれは気高くも美しい……」
「いやいやいやいや!そんな勇者聞いたことないですって! なんですの、それ⁉」
「その名もマスクド紳士マン! いや、変態仮面じゃったかのうぉ……」
「…………オスカー氏、それ、台本と違うから、マスクドパンツマン!って言ってドーン!ってなる予定。って、もうええわ! マスクドパンツマン⁉ んなわけないやろ!」
「いやいや、それが実はそうでもないんじゃよ。ほれ、今もお前さんの後ろに……」
二人が振り返るとそこにあの時の姿を模した彼が立っている。
という、彼自ら体を張ったネタ。
そして、
「って、魔王様やないかい!いい加減にしなはれ‼」
と、ツッコミが入り、血生臭い魔族という存在を、笑えなくても良いからイメージを払拭しようとした。
だが、これが本当に凍りつくほどに寒かった。
いや、寒いどころではない。
誰一人聞いていなかった。
ただただ気恥ずかしさだけが残り、二人をひっ捕まえて、会場を立ち去っていった。
彼はこの場に居てはいけないと無意識に考えたのだ。
「旦那ぁ。やっぱ、そう簡単に魔族と人間の和解なんて無理っすよぉ。」
「そうじゃなぁ。デスモンドのような薄ら黒い連中とは打ち解けても、なかなかお天道様の下では無理というものじゃな。それにやっぱりワシらやのうて、ラビ殿やMKB殿の方がウケが……」
——そして、その時がやってくる。