マリアとなにかの披露宴
披露宴を開く。
その展開は流石にレイの頭にはなかった。
何か起きるとは考えていたが、過去二回とも大きなイベントを起こしたわけではない。
今まで通りにその場に居る誰かと話をして、そしてマリアの両親に挨拶をして帰るつもりだった。
しかも今回会う予定の人物は、元々名前がついている。
うまく行けば、過去が生成される奇妙な現象を起こさずに済む、とさえ考えていた。
でも、今までとは違う状況が待っていた。
マリアに限定して言えば、本来の彼女と今の彼女では、相手がレイというか魔王という点以外、何も変わっていない。
言い方は悪いが、彼女は元々何一つ失っていない。
だから今の彼女でも、真エンディングである披露宴ルートに辿り着く。
考えれば分かることだったに違いない。
そこで魔王に戦慄が走った。
もしもエンディング通りにことが進めばどうなるか?
もしかして、Finエンドが復活するのではないか。
不安がよぎったレイは、マリアの計画をどうにか阻止しようとする。
「え、でも。その……、俺はその、あの……、俺は人見知りだから……」
でも、阻止出来るわけがない。
レイだってマリアのことが好きだ。
そんな彼女がこんなに楽しそうにしている。
だからキッパリと断れない。
なんなら彼女との披露宴を開きたいとさえ思ってしまう。
「えー。歯切れが悪いなぁ。大丈夫よ。この街の人を何人か呼ぶだけ! フィーネたちが来ちゃうと混乱しちゃうだろうし、パパとママも卒倒しちゃうだろうから、こっそりと知り合いだけでやるの。レイの今の状況くらい私にも分かるんだからね。この世界が終わりを防げたのは、レイが全員にプロポーズしたから。私もびっくりするくらいのワガママを通したから今があるんだよね!レイが言ってた本当のエンディングに行っちゃったら、結局世界は最初に戻っちゃうんだもん。あと、流石に私の家で嫁同士の大乱闘なんて御免だわ。」
マリアはレイの心を見透かしたような目を、それが分かっていても優しい目をくれた。
自分がどれだけ無茶苦茶なことをしたかは、彼自身も人の心を持っているので分かっている。
そんなマリアの気持ちがモヤモヤしていることも分かっている。
(って、何これ? マリア、めっちゃいい子なんですけど! それに比べて俺は本当に優柔不断っていうか……。ダメだな、俺は。こんなことじゃあ、魔王なんて務まらない。一切合切、全部まとめて完璧な世界を作らなきゃ。っていうか、あれ? 俺って全員と結婚してるってことになってんだよな?その理屈だと、俺ってイーリとも結婚してるってことになるんだけど。あとドラグノフ達とも実は……)
「マリアがそれでいいなら、俺もやりたい。本編を再現しなければ、Finエンドループに戻ることもない。よし、それじゃあ俺とマリアの披露宴をエクナベル家でやってやろう!」
そう、これだって立派な区切りではないか。
新しい世界が始まる、その為の披露宴でもある。
「うん! それじゃあ、今から私んちに一緒に帰ろ!小鳥さんもちゃんとついてきてね!」
◇
レイはあっさりとエクナベル家の敷居を跨いでいた。
今までだって何度もこの大邸宅にはお邪魔していたし、なんなら住み込みで働いていた時期もあった。
ただそれはニイジマとしてであり、レイとして過ごしたのは一晩くらい。
この世界はRPGだ。
どんな役に自分がなるかで未来が変わる。
それは分かっていた筈なのに、やはり敷居を跨ぐ時は心臓が飛び出そうだった。
(いやいやいやいや、それだけじゃないって。これって、結婚の挨拶って意味だよね? 俺、前世でもこんな経験したことないのに……。ん?ないのに? そんなことはない。俺は記憶を失っているだけで、アフルレドとして何度も……、何度も同じエンディングを迎えて……)
『守ってくれるって言ったのに……』
(う……、頭が痛い。でも、それって一体どういうんだ?いや、そもそも俺だけループしてるって、どういう理屈なんだ?どうやってループしていたんだ?)
「ほら、今日のレイはお客さまだからそっちじゃないでしょう? なんで無意識に執事の控え室に行こうとしているのよ。」
マリアはレイの腕を引っ張った。
レイも『ある重要な事実』に辿り着きそうになっていたから、ニイジマの時の癖が出てしまっていたらしい。
だから体が勝手にロッカールームへと向かっていた。
彼女が手を引いてくれなかったら、悶々と考えながら黒スーツに着替えてしまっていただろう。
「あ、そか。俺は客人として来たんだった。ついつい前の癖で——」
「私として別にいいんだけどね。このまま私の家に居着いちゃえばいいのに……、って冗談よ。それにしても、私の家ってこんなに広かったんだ。なんか、地下の武道室と自分の部屋を往復していた記憶しかないかも。やっぱりそれも私がげぇむに取り込まれていたから?」
マリアにもこの世界が如何にして作られたのかは教えている。
だからといって、感嘆に信じられる話ではない訳で。
彼女がどれほどレイを信頼しているのかが良く分かる。
ちなみに彼女の豪邸についてだが、彼女の部屋が一枚だけ映るだけ。
それ以外は、この街のデザインをした誰かのイメージが反映されているのだろう。
今までの冒険の経緯を考えれば、エクナベル家の内部はそのケースが当てはまる。
「うーん、元々マリアの部屋以外の演出はないんだけど……。おそらくマリアに関しては俺たちがこの街に来ることによって自我を持ち始めたのかもしれない……か。正直よく分からないけどな。今はその設定の先の『在り得べからざる未来』の世界線なんだし、気にする必要はないよ。マリアもたまには親に顔を見せに行ってやれよ。どうせ冒険中、一度もここに来なかったんだろ?」
すると。
マリアは一度俯いて、こくりと頷いた。
(エクナベルも謎だらけだな。……そろそろ設定という言葉に頼るのは止めるか。それこそが俺のもやもやの正体かもしれない。)
レイは時間稼ぎの為に、アルフレド達に多くのイベントを回収させている。
アズモデの気を逸らす為に仕方なくやったことだが、それらのイベントははっきり言って、アルフレドとヒロインとの好感度を上げる為のイベントだ。
キラリは実家と呼ばれる場所に行くイベントがあったが、マリアにもそれは存在していた筈だ。
元来、帰りたがりのマリアだから、アルフレドは何度もこの家に入っている筈だ。
アーマグ到達後のヒロインイベントはリディア姫とアイザの為にあるようなものだ。
だが、壁抜けバグがどういう扱いになるか分からなかったから、それ以外もかなり回収させている。
フィーネやエミリ、それにマリアのイベントはかなり序盤から存在する。
だからエミリとマリアの好感度は上がりやすい。
何もせずにクリアするとエミリイベントに到達するのは単純に物語の進行上、エミリのイベントに遭遇しやすいからだ。
そしてフィーネの好感度は意図的に上がりにくく設定されている。
事実として、フィーネの好感度が上がり始めるのは、レイモンドが抜けた後からなのだ。
だから、闇落ちフィーネがあそこで現れたのは、レイが過去のレイとして世界を壊そうとした証である。
「設定には拘らない。もう、関係ない。設定を考えれば、アルフレドとマリアだって十分に好感度が高くなっているが、そんなことは起きていない。愛はあっても、仲間としての愛だ。」
もしもアルフレドの中にプレイヤーがいたら、ストーリーが進行しそうになる手前であちこち探索するものだが、彼はまっすぐな性格という設定のみに突き動かされていた。
だから、ある筈のない村、スタトには当然行かないし、マリアの実家に立ち寄ってみるなんて発想も浮かばなかった。
そして、魔王になる為の時間稼ぎとして、その性格を逆利用して未回収のイベントを回収させた。
「もう、俺の仲間は自分の意志で行動できる。設定なんて必要ない。」
そんなことを気にする必要もない筈だ。
「……本当に大丈夫なのかな」
「えー? このお花だと地味すぎるってこと?」
レイが黙々と違うことを考えている間に、披露宴の準備は着々と進行していた。
彼は客間のソファに深々と座り、マリアはエイタとビイタにあれやこれやと指示をしている。
本来ならば、レイもその話し合いに参加しなければ新郎失格だろう。
ただ、考え事をしていたレイはとある光景に目を奪われてしまった。
それは
「あれ? エイタとビイタ……。懐かしい二人だけど、なんか違和感があるって言うか……」
「ニイジマ様……、ではなのですよね。レイ様と呼ぶべきか魔王様と呼ぶべきか迷ってしまいますが……」
エイタがあの時と同じ雰囲気で、同じ声のトーンでレイに話しかける。
それはそれで懐かしくて心地よいが、懐かしいからこそ違和感があるのだ。
「そか。まぁ、どっちでもいいよ。名前でもいいし、肩書きでもいいし……、って、マリア。俺はその、まだマリアの両親に会っていないんだけど、大丈夫かな?」
「えっと、街の人の選別に忙しいんだって。だって一千人以上の中から、うちに相応しい人を選んでいるのよ。流石に、明日披露宴をするっていうのは無理があったかしら。」
一千人という言葉がサラリとマリアの口から出た。
処理の関係やそれぞれの背景を考えても、そんな人数の街人がフィールドを徘徊していない。
これはほとんどのゲームに言えることだろう。
一万人規模の街、と言ったところで実際に画面に見えるのは良くて数十人。
勿論、オープンワールドゲームなら、もう少し工夫をしているかもしれない。
でも、昔ながらのJRPGなんて大抵そんなもんだ。
フィールドに現れるモブキャラを数えても高が知れている。
それこそ、人類が絶滅危惧種扱いを受けるほどに、モブを含めて出てくるキャラはかなり少ない。
「なるほど、設定だとそれくらい居るってことか。んで、それが解禁された訳だからトンデモないことになっている……と。」
「じゃ、エイタは料理の方のお願いね。ビイタは飾り付け。それから……、ねぇ、レイ。お願いがあるの。リディアちゃん、ここに呼んじゃダメかな? ほら、あの子お姫様でしょう? やっぱり華やかな服をたくさん知ってるんじゃないかなって……」
確かに披露宴にはお色直し、お着替えが欠かせない。
かといって、この屋敷の次女達に務まるのかは分からないし、花嫁役であるマリア一人に着替えさせるわけにもいかない。
そして自分がその手伝いをするのも間違っている。
花婿はその間の場繋ぎとして、皆に挨拶をして回るものだ。
そしてフィーネは……、考えたくない。
もしかしたらゼノスと手を繋いで来てしまうかもしれない。
エミリは……、農作業着か鎧しか纏っている姿しか見たことがない。
というより、ヤンデレエミリになったら頭を抱えるだけでは済まされない。
ここは魔王国にとって重要な食料運搬の中継路なのだ。
ソフィアも、キラリも……。
アイザはワンチャンあるかもしれないけれど、彼女は正直言って七歳だ。
となると、お姫様という設定を持つリディアが適任というのは自然の流れかもしれない。
「一番最後に回る彼女が適任か。よし、今はマリアのエピローグ作りだ。マリアが思うようにやっていいよ。俺は俺で魔族の誰を呼ぶかワットバーンと相談してみるよ。」
順番というものがある、リディアは最後にヒロインになるのだから、エピローグ作りは最後。
なんとなくだが、彼はそう決めていた。
「閣下。魔族でここに相応しい者とはどのような者達でしょうか。何なら、私の部下の黒服アークデーモンを……」
「いや、それだと俺の話を語れないだろ? だから、そうだなぁ——」
そして、レイもゲームの設定に呑み込まれたまま。