存在する村
レイは呆然と両親の墓石を眺めていた。
(だから、俺はアルフレドの邪魔をする為、村の貯蓄を使って高級な服や貴金属を買ったりするようになった。あいつだけが特別だった。それで俺はそれが許せなくて。俺だって……、俺だって世界のために、この村のために頑張っていたのに……。でも、今の俺には分かる。ちゃんと理解している。親父とお袋はこの村を取りまとめていた。俺をどこかに突き出したり、追放することだってできた筈だ。そして裏で俺なんかの為に頭を下げ続けてくれていた。なんだかんだ俺を突き放すことを言ってたけど……、——なんだよ。親父もお袋も。俺の努力を見てくれていたんじゃないか……)
彼自身にも不思議なことが起きていた。
自分で勝手に考えた筈の設定。
考えた筈の適当な神話に適当な御伽噺、勿論ある程度の設定は混ぜているけれど。
村人がそれを信じ込んで心を打たれるは、まだ分かる。
無知であり、設定がないから、記憶を上書きされやすかっただけかもしれない。
でも、レイは違う。
ちゃんと自分の言葉が虚無だと知っている。
それでもレイは過去の記憶を思い出した。
——同時に大切な両親が殺された場面を思い浮かべている。
彼の目から止めどなく涙が溢れてくる。
「親父……、お袋……、俺、本当に馬鹿な息子だった……。なのに俺のことをずっと……。助けられなくて……ゴメン……」
彼の頬を伝う魔王の涙は、そのまま犬歯を辿り、大地にこぼれ落ちた。
そこで光り輝いて両親が復活する、そんな演出がファンタジーあるあるかもしれない。
でも、残念ながらそれは起きなかった。
ただ、その代わりにスタト村が色鮮やかに輝き始めた。
今までだって、色がついていなかったわけではない。
でも、何かが違って見えた。
涙で視界がぼやけたからと一瞬思ったが、それだけではない。
この村は……、——生きている。
レイはいつの間にか屈んでいて、墓石を見ながら泣いていた。
彼の視界に一瞬だけ水色の絹糸が映り、そして体全体が柔らかく包まれた。
彼の巨体全ては覆えなかったけれども。
「レイ。大丈夫。私たちがいる。」
フィーネが包み込んでくれる。
「それに、ありがとう。私の両親を救ってくれたことだけじゃない。貴方はこの村の人達を……。ううん、人だけじゃない。私たちの村の歴史を救ってくれた。存在する意味を教えてくれた。これでやっと、スタト村は本当の意味で救われた……」
フィーネの声も掠れていた。
そして彼女の抱擁を合図に、村の子供たちが飛び乗ってきた。
「レイお兄ちゃん!」
「レイぃー私もー!」
各々、いろんなことを言いながら彼に飛びかかる。
ただ、その瞬間。
レイは冷たいものを感じた。
「ちょ、ちょっと待て! そんなに一遍に来られたら——」
でも、それは実は無用な心配で、その辺の説明はフィーネがサラリとしてくれた。
「レイ、私が渡したハンカチが貴方の魔力に耐えられると思う? 跡形もなく吹き飛んでるわ。……結構前からだけどね。って、こらー、ガキどもー!私の居場所を奪うんじゃありません!」
フィーネは人外の力を使って子供たちを蹴散らした。
そして、その人外の少女は今度は嬉しそうに魔王の懐に飛び込んだ。
「レイ、私も色々思い出したの。本当に、本当に……、ゴメン。私……、何も見えていなかったのね。それに……」
レイは自分の犬歯がむき出しになっていることに慌ていて、今まで気づいていなかった。
彼女も涙と鼻水で綺麗な顔がぐちゃぐちゃになっている。
いや、それでも美しいからヒロインなのだが。
「それ以上はいい。俺がそうだったことには違いない。それに全部昔の話だ。」
(勿論、村に何故か歴史ができたのは嬉しいこと……、これは言わない方がいいか)
レイが適当に考えて作った神話や御伽噺を、過去の記憶の自分が語っていた。
実は知っていたから、なんて安易なコロンブスの卵があてはまる筈がない。
このゲームを知っている彼でさえ、今の話は知らないのだ。
(今は考えなくて良いか。)
目の前で泣きじゃくっている少女を放って置けない。
だから指で涙を掬い、そっと彼女を抱きしめた。
「レイ……、ありがとう。本当に、本当に……。レイ、大好き。」
「俺もフィーネのこと、昔からずーっと好きなんだって思い出した。これからもよろしくな、フィーネ。」
そんな甘い会話をしている中、視界の端に複雑な顔をしているアルフレドが映り込む。
だからレイはフィーネを抱えながら、アルフレドの元に歩いて行った。
子供たちも一緒に引きずっている。
でも、大丈夫。
魔王のレイの力なら全員を抱えられる。
「スタト村、良い村だよな」
レイが紡いだ言葉が、この村の歴史になった。
ならば、アルフレドはどうだろうか。
彼の記憶の一部もその影響を受けただろう。
その結果が、あの複雑な顔なのだから察しはつく。
だからレイは抱えていた子供たちをフィーネもろとも地面に置いて、アルフレドの前に立った。
そして彼の肩に手を置く。
すると金色の勇者はその瞬間を待っていたかのように喋り始めた。
「その……、すまない。お前のことをちゃんと見ていた筈なのに俺は……」
アルフレドは本当に見ていてくれた。
彼に関して言えば、レイを見放したのはほんの少し。
しかも、あれは仕方のない状況だった。
今紡いだ歴史とは関係がない。
そして、実はもう一つ。
彼が複雑な顔をしている理由がある。
「アルフレドのはもう少し先なんだ。ここの設定だけじゃ語れない。だから、今はその気持ちだけで十分だ。」
村の記憶を、あったかもしれない歴史を、自分が勝手に紡いだと思っている。
だが、アルフレドに関してはしっかりとした考察があるので、ここで触れるべきではない。
「分かった。流石、レイだな。俺の見せていない気持ちまで分かってくれる。俺のだん——」
「さぁ、アルフレドも行こうかぁ。やっと墓所が完成したんだ。他にもやることがあるだろう?フィーネもな!」
「うん!本当はその為に来たんだからね!」
◇
「おとうさん、おかあさん。ここからは俺が説明します。」
数時間くらいザワザワとしていたスタト村の住民も、落ち着きを取り戻していた。
進行役は光の勇者アルフレドである。
やっと終戦の報告ができる。
というより、アルフレドがおとうさん、おかあさんと言ってフィーネの両親に声を掛けた。
間違いなく、そう言った。
(ん。……これはまさか。いや、そうか。アルフレドはこの村に育てられたも同然。だからか?記憶の影響ってことか?)
レイが困惑する中、彼は話し始める。
「俺が説明する意味もないと思うんだが。この通り、レイが魔族のトップに立ったことで、俺達は戦う必要がなくなった。勿論、この村を襲った悲劇は許し難いものだ。」
争いは何も生み出さないのは当たり前である。
でも、そもそも争いを起こす為に作られた世界。
しかも勇者が必ず勝つように作られた世界。
その後始末なんて、考えるだけでもゾッとする。
「でも、レイが魔族をコントロールできるんだよね。僕、レイみたいになりたい!」
「私も! レイみたいに人々に感動を与えたい!私、レイが大好き!」
大人たちよりも子供たちの方が順応性が高いのか、それともタロとハナに気に入られてしまったのか、彼らはあろうことか魔族になりたいと村人の前で宣言してしまった。
「タロ、ハナ。それはやめておけよ。一回、体をグチャグチャにされないとダメっぽいからな。俺なんか——」
子供たちへの教育は大人の義務だ。
だから、魔物にちょっとずつ食べられた話をした、そしたら純粋に引かれた。
「そんな目に遭っていたのね。それに私らも今はただ混乱しているだけだわよ。フィーネが無事に帰ってきてくれた。それだけで他の方よりずっと幸せなのだしね、貴方。」
「あぁ。それになんていうか、あんなものを見せられたら、振り返ってはいられないな。振り返ったことで逆に振り返れなくなることもあるんだな。」
フィーネの両親、というよりパピルスとマーマレイドが村人代表として最前列にいる。
無論、そんなに人数はいないので、村人全員とレイは向き合っていることになる。
「そうよね。結果的にはアーモンドさんとカカオさんの息子さん、アルフレド君とフィーネちゃん。それと他の子が世界の崩壊を食い止めたってことよね。それなのに私たちは今の今までずーっとレイちゃんを目の敵にしていたなんて。穴があったら入りたいくらいだわ。」
リフレは夫を亡くしている。
というより元々彼女もこのゲーム上、登場しない人間だ。
スタト村の住民はレイを嫌っているという設定のみで今まで生きてきた。
それが突然、時を生み出して、真の意味で生まれ変わった。
——人を嫌う為に生きていたなんて、最悪の人生だっただろう。
だから、村人全員がとても良い顔をしている。
そしてここで、フィーネが頬を膨らました。
「私も説得する側だったのにね。レイはズルいわよ。あんな隠し球を用意していたなんて。」
奇跡と呼ぶ以外にない。
それに、もしかしたら幻かもしれない。
レイの言葉を紡いだ瞬間、この村には過去と現在、そして未来に繋がる可能性が生まれたのだ。
——まるで、意味が分からない。
「俺にも分からないんだって。——とにかく、もう村の外に魔物は現れない。今まで通り普通の野生の動物は出るから絶対安全ってわけじゃないけど。」
要は、普通の生活が始まるだけだ。
魔族による進行が始まる前、狩猟と農耕を中心に生活をしていた頃を思い出せばよい。
それさえも本来なら存在しない記憶ではあるが。
ただそんな時、ある女性が手を挙げた。
「あのぉぉぉ、私の娘——」
「ダメです!貴女はまだですから!!貴女の旦那さんもまだだから!」
と、あの夫婦が声を挟もうとしたので、レイは咄嗟に釘を刺した。
この夫婦はまだ良い。
まだまだネタバレが出来ないアルフレドの方がよほど可哀想なのだ。
「ごほん……。えと、それじゃあ今後の方針として、俺たち人間側は先ずは俺が王になります。」
その瞬間、村人から一斉に拍手が沸き起こった。
どう考えても王道。
誰もが納得の結末である。
ただ、当のアルフレドはどうも歯切れが悪い。
「いや、俺はまだ納得していないんだけど、レイがそう言うから……。とりあえず、俺がそれになって、それから——」
「光の女神メビウスの使者なんだから、アルフレドじゃないと誰も納得しないだろ。人間って人間同士でも争うからな。今は絶対的な力が必要なんだよ。それに俺はもう魔族だからな。俺が仕切ったらそれこそ、元の木阿弥だ。」
「そうよそうよ。アルフレドはエステリアを仕切る。それでみんな納得するの!それでいいじゃない。そして私が——」
「いや、それは俺が!の筈だ!」
「はぁ? 意味分かないんですけどぉ? 王様でしょう、貴方。」
おやおや、どうも雲行きが怪しい。
(……あれ。息が合っているのかと思ったら、揉め始めた。)
こればかりは子供たちの相手をしていたので分からない。
さて、あの間に何が起きていたのか。
ムービーイベントでも起きていれば、記憶を共有できるのだが流石にゲームは終わっている。
なので、マーマレイドさんに直接聞いてみる。
「マーマレイドさん、アルフレドとフィーネ、何を言い争っているんです?」
するとマーマレイドさんも分からないと言わんばかりに肩を竦ませた。
そして母親としてフィーネを諭してくれる。
「フィーネ。ちょっとあんた。どうしたんだい? そんなに熱くなるような話はなかっただろう?」
「アルフレド君も、一体何があったんだ?君らしくもない。」
パピルスもアルフレドの変貌ぶりに目を白黒させて、二人を止めに入ろうとした。
——だが、そもそもアルフレドとフィーネが、レイと共にここに来た本当の理由は。
それが今、明かされる。
「お父さん、お母さん。私、結婚します!」
「お義父さん、お義母さん。俺、結婚します!」