お墓作り
ちょうどリアルを求めていたところだった。
だから今の話はそっくりそのまま使えると、レイはジョンとマカが眠っていると自分で言った石碑に二人の名を刻んだ。
後ろにいる大人たちと顔を合わせるのは不味い。
旅の芸術家がやってきたと勘違いしてくれるかもしれない。
「ねぇ! 私の家にニワトリがいるの!えと……、だったら私のお父さんとお母さんのお墓もある……の?」
エリアという少女、ついさっきまでは名前がなく、フィーネに名付けられた少女がそう言って柵を乗り越えた。
さっきまで楽しそうな顔をしていたのに、今は真剣そのものである。
「あ……、あぁ。えとワトリはこっちだ。そこにワトリの娘スズネと婿に入ったパロウが眠っているよ。」
レイの言葉を聞いて、エリアはそのお墓の前にしゃがみ込んだ。
「さっきのお話の最後に出てきたのってアルフレドのことだよね? じゃあ、スズネさんとパロウさんって……」
最近の話といえば、アルフレドの話に決まっている。
彼がこの村の人間ではないのは公式設定だ。
レイは屈み、少女の肩に手を置いて静かに語った。
「あぁ。この村はアルフレドを守る使命を負っていた。スズネとパロウもそうだ。でも、今エリアが生き残っているってことは、お父さんとお母さんはエリアのことも、ちゃんと守ったってことだよ。だから良い子でいるんだぞ。」
その瞬間、少女は声もなく泣き始めてしまう。
「……お父さん……お母さん、私を守ってくれた。本当に……私、我がままばかりで……」
涙声だから何を言っているのか、聞き取ることは出来なかった。
それでもレイは、エリアの頭を優しく撫で回した。
——全てが嘘で、全てが虚無。
ある筈もない村のある筈もない歴史。
ゲームディスクの隠しファイルにさえ存在しない空っぽの御伽噺。
そんなことで一人の少女を泣かせてしまった。
でも、今は何故だかそれで良い気がした。
(何もないってことは、嘘を言ってもそれは嘘じゃない。今はそれで良いよな。)
レイはその墓石にスズネとパロウの名をしっかりと刻んだ。
エリアをこれから見守ってくださいと願いながら。
「レイ。僕のお父さんとお母さんは?」
今度はタロが柵を越えてきた。
真剣な顔でレイを睨みつけている。
彼の眼差しをただ「あぁ」という言葉だけで返し、エリアの頭をもう一度撫でてから彼女の元を離れた。
そして、一つ隣の墓に跪き、タロに手招きをした。
「タロ、ここにお前の両親ヤーへとパインが眠っている。両親だけじゃない。お爺ちゃんもお婆ちゃんも眠っている。ヤーヘは勇敢に立ち向かったが、魔族の力虚しく……」
「……うん。分かってる。お父さんとお母さんは僕の目の前で殺されたんだ。僕がもっと強かったら、お父さんとお母さんと一緒に……」
その瞬間、目を剥きそうになった。
だが、泣いている子供になんて言うべきか。
そんなのは決まっている。
「タロ、一緒にとか言っちゃダメだ。ヤーヘとパインに怒られるぞ。だから、タロは元気に生きろ。」
タロは涙を流しながら、拳を握りしめていた。
どうなっている?とは勿論思う。
けれど、彼の後ろには子供たちが列を作っていた。
「レイ。私のお母さんのお墓を教えて!」
今度はハナ。
彼女の言葉も違和感しかない。
でも、レイも気にすることなく、一つ奥の墓標へと彼女を連れて行った。
「リフレは……」
「私、お母さんに謝らなきゃ……。あの日、私、お母さんと喧嘩して……、それで私だけ……」
(リフレの父はその前に死んでいたんだっけ。……そしてリフレは女手ひとつでハナを育てていた。時には喧嘩をすることもあるだろう。けれど、どうしてあのタイミングで……、——って!俺もどうしたんだよ。そもそも俺の作り話だろ? でも……、なんで分かってしまったんだ。なんで知っているんだ?)
そして、その後も子供たちは続いた。
村の半数が子供だから十五個。
そして、大人までもが並んでいる。
一人ひとつという意味で墓を用意した。
十五個の石碑、でも二人で一つだったり、同じ一族ということになったり。
明らかに足りない筈の墓石が足りてしまう。
多いのだから、気にする問題ではないのかもしれない。
だから、彼は続ける。
「ジョンさんとマカさん。二人にはお世話になった。俺は……」
「私のお爺ちゃんとお婆ちゃん……、覚えてる。すごく優しかったの……」
そんな時、聴き慣れた声が後ろから聞こえた。
その声はアルフレドのものだ。
そしてその傍にフィーネがいる。
更にはフィーネの両親パピルスとマーマレイドの姿があった。
彼らはいつの間にか花を携えていて、献花して黙祷をする。
(いや、アルフレドとフィーネは分かっている筈だろ? ジョンやマカなんていない。アルフレドが孤児だったことは設定通りだが、今のは作り話だ。憶測で話しただけだ。それに俺は説明した筈だ。この世界は俺がプレイヤーになった瞬間に生まれたって。それなのになんで——)
レイは半分困惑しながら、だが無意識に墓石に名を刻み続けた。
そして、ついに名が刻まれていない墓石は二つになった。
待っている子供は一人。
「ゲング。スーダとお母さん……セセだったな。二人の盾になって……」
その言葉の途中でレイはハッとした。
今までだって、気付けた筈なのに違和感なく続けていた。
(何故、フィーネが名付けた名前を俺は言えていた?)
でも、それを当たり前に受け止める母と息子がいる。
そう、母と息子がいる。
「はい。ゲングは口下手な方でしたけど、本当に……本当に優しくて……」
「僕とお母さんを突き飛ばして……、一人で…………」
おいおいと泣き始める親子。いや村の人々。
その中には勇者や賢者の姿もあった。
そして……
レイは最後の墓石に向き合った。
「アーモンドとカカオ。俺の両親って設定だったか。本当なら一人一人の墓石にする予定だったんだけどな。今頃、どっかのアンデッド系モンスターになって、案外俺の側にいたりして。それだと記憶がなくなっているんだけどな。でも……」
そう言いながらも、震える手で両親の名を刻むレイ。
土の中には空の箱が一つ。
でも、今は何故か二つの箱が埋められている気がする。
——そして、二人の名前を刻んだ瞬間、レイの脳裏に何かがよぎった。
♤
部屋の奥、暖炉の前でロッキングチェアに揺られる壮年の男がいた。
その部屋で少年レイはテーブルの椅子に座って夕食をとっていた。
レイ「母さん。最近、食事が減ってねぇか? 俺、育ち盛りなんだけど。」
そんな不満な声は自身の口から出ていた。
そして何かにイラついている自分がいる。
カカオ「ごめんねぇ。今は、村総出でがんばらなきゃならない時期なの。だから村の人たちに節約を義務付けている手前、私たちもお手本になる必要があって……」
アーモンド「レイ!お前も分かっている筈だ。お前だって村の伝承は覚えているだろう。」
アーモンドは本に目を向けたまま、レイに厳しい言葉を投げつけた。
日頃の行いが悪いせいもある。
ただ、その苛立ちの理由も分からなくはない。
息子の為に何度も頭を下げてくれた父親だ。
でも。
レイ「分ぁってるよ!何も見ずに言えるぜ。散々期待させられたからなぁ! 何ならここで朗読でもしてやろうか? 最初からな。」
『この世界にはエステリア大陸とアーマグ大陸という二つの大陸がありました。そして時空の女神メビウスが光と闇に分かれました。そして光を担ったメビウスがみんなが良く知っている女神メビウス様です。そして闇のメビウスは邪神として怖れられ、アーマグ大陸の東に封じられました。最初の人間が誕生した場所はこの村から遥か東。そう、ミッドバレー村です。ミッドバレーに最初の人間が現れました。最初、人々はそこで暮らしていました。でも、平和すぎる世界を人間はすぐに飽きてしまいました。それに子供が沢山生まれ、沢山に増えた人々はそこが狭いと思いました。人々は新天地を求めたのです。自然を愛し、森と共に暮らす者は西へ。人間の可能性を求めた者は東へ。そして神の救いを求める者はその場に——」
カカオ「レイ、もういい、もういいわ。あなたは小さい頃から本当に真面目ないい子で……」
レイ「よくねぇだろ!野生生物が生息する森を避けるように、人々を導くように飛んだと呼ばれるその鳥は『光の女神メビウス』の使者。そしてジャックはいずれ来る闇の神の侵攻に備えて光の神の神託を待ち、世界が厄災に包まれた時、希望の始まりの地になるという意味を込めて、この地をスタトと名付けた……だろ?——で、結局、ジャックの子孫でもなんでもねぇ。何処の馬の骨とも知らねぇ奴が希望の光って噂だ。」
アーモンド「噂ではない。ジョンは信頼できる男だった。あやつが光る鳥を追った先に光り輝く子供がいた。何処の馬の骨などと……、メビウス様がお嘆きになられるぞ。」
その出来事が起きた時のことを、レイはあまり覚えていない。
気が付いたら村人の関心はその少年に注がれていた。
いや、関心というよりも宝物のような存在、それがアルフレドだった。
ひたすら村長の後継として、いっぱい勉強していたし、体術だって、剣術だって頑張っていた。
——でも、レイがどんなに頑張っても、その頑張りを褒めてくれる人はいなかった。
正確に言えば、誰も見てくれなかった。
いや、頑張っているね、くらいは言われたかもしれなかったけれど。
でも、見ていない。
光り輝くような金色の髪の美少年とは、全然扱いが違っていた。
心優しく、礼儀正しい少年。
少年だったレイにも分かっていた、あいつは特別なんだ、と。
そして、あの子も拾われた黄金の少年に夢中になってしまった。
それもムカいて仕方ない。
だからレイはさらに努力した。
教えてもらった村の伝承には『その希望』とやらが何なのかは描かれていない。
だから、それは自分のことかもしれない。
だから頑張る。
あいつよりも頑張る。
僕を見て。
僕も頑張っている。
僕がその希望の光になる。
僕がみんなを引っ張っていくから。
僕をちゃんと見て。
僕は頑張ってるよ!
僕だって負けていないんだ!
レイ「おい、アルフレド。俺と勝負しろ。」
レイは格好をつけて、少年アルフレドに勝負を挑んだ。
歳はレイの方が上、背丈も何もかもが上。
どう見ても弱い者いじめ。
美少女フィーネに良いところを見せたかったのもある。
フィーネ「レイー!あんた、勝負って……。それにその木刀……、本物じゃない!子供相手に何を言っているのよ。体格だって全然違うじゃない。」
当時はまだ水色のおかっぱ髪だったフィーネがアルフレドの前に仁王立ちした。
彼女も彼を宝物のように思っているらしい。
それがまた、彼の心を締め付ける。
でも、何より締め付けられたのは、この後のアルフレドの言葉だった。
アルフレド「えと……レイ君だっけ。うん、いいよ。レイ君が頑張っているの、僕は知ってる。だから一緒に強くなろう!」
彼だけは自分の努力をしっかりと見てくれていた。
そして真正面から自分の挑戦を受け止めてくれた。
だが、やはり自分は特別な存在ではなかった。
だから惨敗した。
それはそれは情けない負け方だった。
アルフレドが持つ箒のたった一振りで、視界がぐにゃりと曲がった。
気が付けば、土の味がした。
「カッコ悪……」
フィーネの捨て台詞もレイの心に突き刺さった。
アーモンド「アルフレドのようになれ……とは言わんが、情けない……。というより良い機会だったのかもしれん。レイ、お前は色々と履き違えている。ワシらは希望になる使命を背負うてはおらん。希望が巣立つのを手助けするというのが使命じゃ。」
カカオ「お父さん、そこまで言わなくてもいいじゃないの。ほら、レイ。こっち向きなさい。傷の手当てをしなきゃ。ばいきんが入って、せっかくの男前が台無しになっちゃうわよ。でも、お父さんの気持ちも分かってあげて。あなたにはあなたのやるべきことがあるの。それが私たちの役目なのよ。」
両親の言葉が、レイの心にとどめをさした。
レイ「俺はこの世界の主役じゃない……。なんで?どうして? 俺だって、俺だって……」
それからも彼は村人の気を引く為の努力を欠かさなかった。
何度だってアルフレドに挑み続けた。
でも、一度だって勝てやしない。
それどころか、日を追うごとに彼との力の差がついている。
フィーネ「あんた!いい加減にしなさいよ。」
愛しのフィーネも最近では笑顔の一つもくれない。
それどころか、いつみても睨みつけてくる。
レイ「だったら……、俺は………」
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