おとぎ話
この村は総勢四十五名だとエルザから聞いている。
魔族の目で確認したという、その律義さがエルザらしい。
彼女は自分の罪を認識していた。
やはり、彼女は心根の優しいヒロインだ。
十五人の犠牲が出たから、今この村は三十人とプラス二人が住んでいることになる。
そして女性と子供を優先的に助けたのだから、半数は子供だった。
村の建物が整然と建てられているのは、口に出してはいけないあの二人の、というよりその一人の働きによるものだ。
彼女の動きもバグっているが、そこは次のヒロインにどうにかして貰おう
「みんな、こっちだよー!」
「砂場はこっちこっちー!」
タロとハナは全ての子供たちを遊び場に連れてきた。
親がいるから子供がいるのではない。
村の大人と村の子供、ただ子供の三分の一はレイを見て怯えた。
周りの大人からそういう話を聞いているのかもしれない。
「成程。これはあの二人に感謝しないとな。」
次のヒロインの為の二人は設定がある。
あの二人がどうにかしていたらしい。
もしかしたら、あの二人と仲良くしていたのが、タロとハナだったのかもしれない。
だから、レイという存在を恐れていなかったのかもしれない。
「ねぇ、やっぱまずいよぉ。えっとあの人……」
「悪い人じゃないって。それより言った通りでしょ?えっと、君、名前なんだっけ?ま、いいや。ジャングルジム、一番取った人が勝ちでいいよね、じゃあスタート!」
「おい、タロ。ズルいぞ!」
「おままごとしたい子はこっちねー!」
タロとハナの変化には目を見張るものがあった。
それを彼は「子供という設定だからか」と片付けて、自分の仕事に取り掛かる。
「さて、俺も残った仕事をしなきゃな。」
十五個の箱を全て土に埋めて、その上に一つずつ石碑を立てる。
この村がずっと昔からあり続けたと再定義する為に。
そうでなければ、この村は結局失われるかもしれない。
土着とは元来、そこまで含めた言葉だろう。
(いつか埋められていたのは空の箱だと気付かれるかもしれない。でも、これからは誰かが入った箱が埋められる。それが連綿と続けば、放り投げた世界もちゃんと繋がっていく。魔王という存在がその時どうなっているか、俺にも分からないけど。)
レイに分からないのだから、誰にも分からない。
ただ、少なくとも未来に繋げるための責任がある。
「よし、これで全部かな。あとは……」
「ねぇ!それ、なぁに?」
彼が最後の仕上げをしようとした時、ふいに少女に話しかけられた。
ハナではない少女。
「私、エリア!フィーネにつけてもらったの!あなたは……レイだったっけ?」
そばかすがかわいらしい栗色の髪の少女が話しかけてきた。
柵に手をかけながら、自己紹介までしっかりとしてくれた
フィーネのネーミングセンスがまともなのか、それともエミリやマリアの名前を掛け合わせたのか。
だが、とにかく分かり易い名前だった。
エリアという少女が最初からいたら、彼女関係のクエストがあるのでは、と嗅ぎまわる勇者がいるに違いない。
「そう、俺が噂のレイだよ。何って、エリアのご先祖様のお墓を作っているんだよ。」
「ご先祖さま⁉ どんな人だったの⁉」
当然、そういう会話になる。
好奇心旺盛なのは悪いことではないし、それこそ名付けの効果だろう。
だが、残念ながら彼女にご先祖さまはいない。
でも、それを言うと全てが台無しになる。
だからレイは語った。
騙ったと言うべきだろうか。
——でも、今の彼はこの行為の意味を知らない。
「この村は、いや——」
♧
この世界にはエステリア大陸とアーマグ大陸という二つの大陸がありました。
そして時空の女神メビウスが光と闇に分かれました。
光を担ったメビウスが、みんなが良く知っている女神メビウス様です。
そして闇のメビウスは邪神として怖れられ、アーマグ大陸の東に封じられました。
最初の人間が誕生した場所はこの村から遥か東。
そう、ミッドバレー村です。
ミッドバレーに最初の人間が現れました。
最初、人々はそこで暮らしていました。
でも、平和すぎる世界を人間はすぐに飽きてしまいました。
それに子供が沢山生まれ、沢山に増えた人々はそこが狭いと思いました。
人々は新天地を求めたのです。
自然を愛し、森と共に暮らす者は西へ。
人間の可能性を求めた者は東へ。
そして神の救いを求める者はその場にとどまりました。
♧
「——ってのがこの世界の始まり。……ありがちな設定だし、いろんなネタのパクリだけど。んで、その最果てがここの村、スタト村ってことだ。だから結構ながーい歴史があるんだぞ。たくさんのご先祖様がいて、君がいる。」
「ふーん。それじゃあ、私たちは自然と共に生きていたんだね。でも、私はこの村から出たこともないし、出ちゃいけないって言われているし」
「それにそーんな昔のことを言われてもよく分からないよぉ!もっと僕達のことを教えてよ。」
いつのまにか別の少年も木の柵の向こう側に立っていた。
しかも一人や二人ではない。
半数の子供が柵の向こう側で聞き耳を立てていた。
「ちょ、ちょっと待てって。今考えて……、じゃなくて、思い出してんだから!それに……、ここからが本番だからな。えと、確か——」
♧
東へ向かった民。
彼らは、自分達を魔法や科学を発展させながら東へと進む者という意味を込め、ドラゴンステーションと名乗るようになりました。
その中のリーダーが、統べる者を意味するドラゴニアと名乗り始めました。
彼こそが後の世で王族となるドラゴニアの祖先という訳です。
「もっと東へ行きたい。この地の果てに何があるのかを知りたい。」
ドラゴニア王はそう思いました。
そして彼らはついに大陸の一番東に辿り着いたのです。
彼らはそこに街を作りました。
最果ての地であることから、終わりを意味する『デス』という言葉を頭につけて、その街の名を『デスモンド』にしました。
♧
「ねぇねぇ。僕たちはスタト村と俺たちの祖先の話を聞いてるんだけど。」
子供たちの中に、いつの間にかジャングルジムの王者・タロも混じっていた。
というより、いつのまにか全員が柵の向こうからレイを見つめていた。
最初は軽い気持ちでおとぎ話を作るつもりだったが、それがどうやら不満らしい。
レイはレイでどういう道順で話を作れば良いか、如何にすればこの世界の世界観に矛盾が生じないかを考えるので手一杯だった。
(いや、全部作り話だからね? だって言えないじゃん。ほとんどストーリー性のない前作にヒロイン二人を追加いた恋愛強めRPGゲームだって言えないじゃん!あれだよ? シューティングゲームが実はエグい設定だったとか、某配管工の物語に怖い背景があったとか、あれって大抵後付けだからね? 単騎で人類のために宇宙軍団やら魔王軍団に立ち向かおうって時点で本来無理があるからね?)
「あー、もう分かった。分かった。真ん中部分を飛ばしちゃっていいってことな。えっと、それじゃあれだ。トム爺さんのとこからだな。」
どうせ放り投げエンドだし、元々ゲームの設定だ。
考える必要はなかったのかもしれない。
そう思ってレイは突然、架空の人物、トムの話を即興で考える。
と言っても、これは考察系サイトで話されていた内容が一部含まれているから、あながち間違っていないのかもしれない。
♧
スタト村は大陸最西端の村。
ドラゴンステーションを名乗って東へ向かった民とは違い、西に向かったのは人口増加で追い出された人間達だった。
彼らは土地と食べ物の為、とにかく西へと向かった。
ただ、そこにも一つの伝説はある。
『光る鳥』に導かれて辿り着いた先が今のスタト村である。
当時はまだ野生生物が驚異や畏怖の対象だった。
だから人々は戦々恐々としながら西を目指したという。
そこで登場するが光る鳥である。
一説では白い鳩とも言われているその鳥は、森を避けて西へ南へと飛んでいったとされている。
野生生物が生息する森を避けるように、人々を導くように飛んだその鳥は、実は『光の女神メビウス』の使者だったと言われている。
ジョン「爺ちゃん。スタト村って白い鳥を祀っているのに、なんでニワトリを飼ってるんだ?しかも食う為に。あれ、実はかなり罰当たりなんじゃないの?」
トム「はぁ……、何も知らんのぉ。最近の若者はこの村の成り立ちさえも知らんのかぇ。嘆かわしい限りじゃが、仕方ないから教えてやろう。昔、ワシらの祖先は狩りの為に光り輝く白い鳥を追いかけて、ここに辿り着いた。そしてその白い鳥こそが光の女神メビウス様の使いじゃった。」
ジョン「いや、それくらいは知ってるって。だからその白い鳥ってニワトリなんじゃねぇのって聞いてんだけど。あれ、トム爺さんついにボケたのか?それとも耳が遠くなったのか?」
トム「はぁ……、何も知らんのぉ。スタトとは『待ち侘びる』という意味を持つと言われとる。つまり、いつか来る災いのためにワシらはここでのんびり生きていく。それが使命とされとるんじゃ。それにニワトリと白い鳥は違うんじゃ。白い鳩、光る鳩がメビウス様の使者なんじゃ。ちゃんと村の祭壇を見てみぃ。ニワトリというよりは鳩じゃろがい。ほら、お前もいつまでも引きこもっておらんで、畑でも耕したらどうじゃ?」
ジョン「いやいや、俺、ひきこもりじゃないからね? あーぁ。うちもニワトリ飼ってたら楽できたのになぁ。体動かさなくていいじゃん。」
トム「バカか、お前は。養鶏は養鶏で大変なんじゃぞ。それにニワトリを買うのも金が必要じゃしな。それにワシらはご先祖さまから畑をもらっている。それはそれでありがたいことなんじゃぞ?」
そんな何気ない祖父と孫の会話。
そんな中、一人の女性が家の扉を叩いた。
マカ「トム!ちょっと手伝ってくれない?」
トム「お、今行く。爺さん、畑のことはあとでやっとくから、説教はまた今度な。」
そう言って出かけるトム。そしてため息を吐くジョン。
ジョン「全く。最近の若者は村の言い伝えを全然信じておらんな。東へと向かったドラゴニアは黒い鳥を追った。そして黒い鳥こそが邪神の使い。じゃからドラゴニアはいつかこの世界を闇に染めると言わておるというのに、王なんぞ名乗りおって……。じゃからワシらは…………。仕方ない。畑の水まきはワシがやるか。帰ったら折檻してやる。」
トムは好意を寄せていたマカの手伝いに行っていた。
そして、畑の手伝いをすることはなかった。
当然ながら、その日の夜に嫌になる程説教を受けた。
ただ、ジョン爺の話は言ってみれば御伽噺。
こんな平和でのんのんとした生活には全く関係ないようなものだった。
そして、それはジョンの孫だけではない。
マカもそうだし、養鶏を営んでいるワトリもそう。
それくらい、この村は平和だった。
だからジョンとマカが結婚し、子供が出来た頃にはその神話を知る者は一人もいなくなっていた。
でも、神話と言っても嘘とは限らない。
ドラゴニアは着実に闇のメビウスに導かれて、魔法や科学を発展させていった。
それが闇からの誘いとも知らずに。
そして、その神話が現実となる日は遠くなかった。
ジョンがひ孫の誕生を祝おうとしたその日、この村の上を一羽の白い鳩が飛んで来たという。
気付いたのはジョンただ一人だった。
ただ、ジョンはもう神話を覚えていない。
本当に何気なく、何気なくその鳥の後を追った。
ジョン「なんじゃ、あれは……」
ジョン爺さんもそれがただの白い鳥だったなら、わざわざ村の外まで追いかけたりはしなかった。
でも、その鳥は朝日のせいか光り輝いて見えた。
その摩訶不思議な現象に、調子の悪い膝をなんとか動かして、ジョン爺さんは村の西の林まで辿り着いた。
——そこには黄金の光を放つ幼子が、真っ白なシーツに包まれて眠っていたという。
♧
「ちなみにこの真ん中のお墓に眠っているのがジョン爺さんだ。そして妻のマカもそこに眠っている。……ってのが、スタト村にスポットを当てた話なんだけ……ど……?」
彼が話した物語は本当に即興で、何の意味もない。
トム爺さんって必要だった?なんてのは愚問だ。
ただ、それを話した瞬間、村の空気が変わった気がした。
気がつけば、村の大人たちもアルフレドもフィーネも柵の向こう側にいた。
それでも大した人数ではない。
子供たちの身長はまだ低いし、大人たちの顔もはっきり見える。
(あ、まずい。俺って嫌われていたんだった。)