存在しない村
レイが作り始めたものは、この村に在るべきもの。
「作中、この村はオープニング以外登場しない。だから、もしかしたらその後作られた可能性はある。だけど、半数が生きているのに存在しないのはおかしい。」
それが存在しないことにより、もう一つも存在しなかったことになる。
その証拠にそれがないにも関わらず、村が復興している。
一番最初に作るべきはこれだったろうに。
(俺も気付けなかったムービーがここで起きた。二重の記憶ならぬ、二重の村。アルフレドとフィーネが助けたスタト村と、滅んでしまったスタト村。)
彼は御影石を抱えながら考えていた。
常人では運べないほど重い石。
——この村にあるべきもの、それはお墓だった。
この世界はプレイヤーが居て初めて動き出す。
スタートは村から離れた場所。
そこでフィーネがおかしいと言う。
あのニアピンのせいで実は一つのムービーがキャンセルされている。
獣道を進めば、エルザとのバトルが始まりゲームオーバー。
(今だから理解できる。エルザとのバトルもキャンセルされた。多分、俺がいなかったからだ。でも、大事なのはそこじゃない。もう一つのムービーも流れなかった。)
通常ルートで進めば燃え盛る村に絶望するムービーが流れ、村人から魔族が襲撃したとだけ聞かされる。
その村人はお前達にはやるべきことがある、東へ行けと言って息絶える。
(それさえキャンセルされて、旅立つ場面のムービーだけ拾えた。だから、おかしくなっている。元々この村はフィールドにアイコンが表示されるだけで、村の内部は一度も出ない。大事なところはオープニングの長いムービーに全てが詰まっている。だけど、俺はそれを見ていない。)
つまり滅んだ状態から世界が始まる。
だから、レイモンドとフィーネの両親しか設定がない。
しかも、どちらもゲームでは登場しない。
「大事なのは全滅した事実。だから村民はゲームにはいない。だから村民は自分が誰かさえ分かっていない。こっちの世界線である筈だった遺体さえ、拾えたムービーの影響で消えてしまった。——エルザ!村人の人数を覚えているか? ……いや、分かっている。お前は悪くない。それにあれは世界の意志、前にも説明したアレだ。だからエルザは悪くない。………………うん、分かってくれてありがとう。四十五人か。ありがとな、また今度礼をするよ。…………⁉いや、そういう意味じゃなくて!……あぁ、それくらいなら。…………うん、それじゃまた。————つまり、1、2、3……、死んだのは十五人か。長老と俺の両親と名前も設定も顔も知らない十二人。思ったよりも助かったと言って良いな。アルフレドとフィーネに後で伝えておこう。っていうか家族単位だと材料が多すぎだな。」
大量に持ってきていた御影石を撫でながら、エルザと通信した。
十五の遺体はおそらくムービーで消えた。
もしくは無理やり考えて、魔族に回収されたか。
アンデッド系モンスターになったと考えることも出来るが、今大事なのは墓がない事実だ。
存在さえ認められずに死んでしまった誰かがいる。
「形だけでもって感じだな。俺が丁度よく土魔法得意でよかった。地獄の大噴火!」
RPGあるあるで、棺なら魔王軍が沢山所持している。
それを住処にしているモンスター用に大量に生産されていた。
「未使用品の筈だから、アンデッド化とか、ゴーストと同居とかにはならない筈だ。……まぁ、遺体がないからソレは入れてやれないけど」
空っぽの棺を穴に入れて土を被せる。
それを十五回繰り返すだけ……
「ねぇ‼」
突然の声にレイの肩が跳ねる。
アルフレドやフィーネの声ならば、そこまで驚きはしない。
その声が子供のものだった彼は驚いた。
「ねぇ!何してるの?」
「砂場じゃない? 砂場を作ってくれてるの?」
魔王が振り向くとそこには少年と少女がいた。
どちらも五歳くらいの幼子であり、身長2mのレイから見れば小人にしか見えない。
(お化けかと思った……。魔王なのにびっくりした……)
お墓作りをしていた手前、かなりビックリしてしまった。
アンデッドやゴーストを従える魔王でも、幽霊は怖い。
精神的な、心理的な奴は怖い。
「い、いや。えと、ここは砂場じゃ……。じゃなくて、アルフレドとフィーネが村人に向けて演説してるだろ。ほら、そっちに戻れって!俺と居たら怒られるから!」
キラキラとした目で見られることはやっていない。
この子たちは年齢的に理解出来ないのかもしれない。
だとしても、彼女たちの両親は間違いなくレイを不届き者だと考えている。
下手をしたら幼児誘拐だ。
これ以上ありもいない前科を重ねたくはない、……いや、レイモンドの素行を考えると、あったかもしれない前科だ。
ただ子供たちは、『大人が言いそうな言葉』に明らかな不満顔だった。
「えー、だってつまんないんだもん。ねぇ、少年。」
「うん。僕も少女と同じく、よくわからなかった。」
彼らは彼らでカオスな会話をしている。
そう言えば、エイタとビイタは元気にやっているだろうか。
「プレイヤー権限で勝手に名前をつけてやる。少年、お前の名前は今日からタロだ。そして少女、君はハナ。いいな?」
レイがそう名付けた瞬間、少年少女から不満顔が消えた。
(この名付けで彼らの歴史が始まる筈はない。ビイタとエイタみたいなちょっとした変化。エクレアの住民のようなちょっとした刺激だ。)
けれど、それは設定もほとんどない、ゲームに登場しない筈だった子供だ。
そんな彼らにとっては劇的すぎる変化だった。
「私……、ハナ!ハナ!」
「僕はタロ!タロ!」
テンションが上がりすぎて、かなり鬱陶しくなってしまった。
だからレイは二人の肝を冷やしてやろうと考えた。
「タロ、ハナ。二人共早く戻れ!俺と一緒にいるところを両親に見られたら大変なことになる。ってか、石を投げられるぞ。実際投げられたし。」
怖いおじさんには関わっちゃダメ。
近づいてもダメ。
話しかけるなんてもってのほかだ。
だから、これで退散してくれると思っていた。
——でも、見当違いもいいところだった。
「両親?親ってこと?お母さんとかお父さんとか? 私もタロも親はいないよ?」
その言葉に目を剥いた。
彼らには「親がいない」
「……そうか。あの襲撃でお亡くなりになったのか。子供たちを優先して助けたとフィーネが言っていたっけ。悪かった、配慮が足りてなかった。……その、ゴメンな。」
「ん、僕たちのお父さんは殺されていないよ?」
「うん。私が言ったのは元々親がいないって意味。フィーネ、羨ましい!」
今度こそ目をひん剥くレイ。
一瞬だけ「何を言っているんだ?」と戸惑ったが、すぐに自分の過ちに気がついた。
レイがプレイヤーとして自我を持った瞬間から、この世界は始まった。
魔王軍によるスタト村襲撃の途中から、この世界が作られた。
エルザに確認したのは、村人の人数とそこにアズモデがいたかどうか。
『自分がゲームマスターだという誤った情報』を手にしていたアズモデは、やはりここに来ていたらしい。
——レイは放り投げエンドを甘く見ていた。
(『村の子供』という設定しかされていない?画面に映りもしない設定だけの存在。しかもアルフレド、フィーネ、レイモンドに関わりがないから公式資料集でさえ取り上げる必要がない。村の大人と村の子供。だからハナとタロには親がいない。子供と大人が紐づけされていない。する必要がなかったから。……これは思ったよりも厄介だな。)
「そうか。でも、とりあえずフィーネとアルフレドの話を聞きに——」
「えー。よく分からないもん。僕たち呼ばれてないし―」
この村はアルフレドとフィーネに任せたかった。
ここの村人は設定がない、という設定に縛られている。
それに村人とレイの関係は最悪。
だから彼がどれだけ説明しても、その設定のしがらみからは抜け出せない。
冒険をして吊橋効果で関係値を修復するにしても、魔族と戦わせたくはないし、戦いたくもない。
「ねぇ!砂場作りは⁉」
親はいない、けれども子供としての設定は持っている。
彼が考え込んでいると、彼女たちが土いじりの催促をしてきた。
幼い子供たちにはレイモンド憎しの意味が分かっていないらしい。
親がいない設定だし、レイモンドはあっという間に追放された。
そして、そのまま放置された村。
「もうちょっと待ってくれる? あとで遊ばせてやるから。——アルフレド、フィーネ、聞こえるか? 思ったよりも状況は深刻だ。人々に考える力を取り戻させる必要があるが、その前にやることが出来た。だから、二人で協力して村人に名付けをしてくれ。特にフィーネ、自分の両親の名前を決めるんだから、真剣に考えるよう……」
『私のセンスがダサいって言いたいの?』
「違……、いや、正直分からないけれども! これからずっとその名で呼び続けるんだし……な。一応、念押しっていうか、ダブらないようにして欲しいっていうか……」
『ちょっとそれ……、ちょっと待ってて!』
何をちょっと待ってほしいのかは聞かなくても分かる。
ちゃんと二人が視認できるところに、レイが立っているからだ。
アルフレドとフィーネ二人が何やら話し合っている。
その内容までは伝わってこないが、すぐに連絡が来た。
『私のパパはパピルス。ママはマーマレイド。これでどう?少なくともアルフレドのネーミングセンスよりはマシだと思うけど?』
『ちょっと、待てよ。レイ、俺が考えた名前を聞いてくれ。フィーネにはボロクソ言われているんだが、レイなら絶対に分かる筈だ!先程一人の男に『虫刺され君』と名付けた。そして壮年の女性には『頭痛がイタコ』と名付けた。他にもあるぞ。例えば——』
「——フィーネ。アルフレドのセンスがやばいと感じたなら正常だ。あとはフィーネに任せる。それと、大事なことを言うからしっかりと聞いておけよ。——————はまだ良いからな。理由は聞かないでくれ。」
『それ……、ふーん。そういうことね。それは仕方ないわ。で、アルフレドの担当も私がつけようか?』
「いや、そのままアルフレドに任せよう。」
『だよな!やっぱりレイは俺の全てを知っている。人には見せな——』
レイはそこで魔法通信を切った。
考えが甘かった。
世界が生きていると思った、でも、それは実はプレイヤー目線での話だったかもしれな。
だから、もっと真剣に取り組むべきだった。
本来ならば存在しない村なら尚の事。
一番厄介な場所に手を付けているのかもしれない。
(アルフレドのネーミングセンスはヤバイ。でも、彼を否定したくない。設定上はプレイヤーの為に空っぽだ。そこから彼は自力で変わることが出来た。だから、ここまで人間味が出たのは十分な進歩と言える。アルフレドに名付けられた人は可哀そうだが、逆に言えば勇者につけてもらったんだ。いつか誇れるようになるだろう。いつか誇らしい苗字になるかもしれない。……いや、考えるのは止めておこう。)
今後、他の街でアルフレドに名付けを頼むことはない、だけどいつかは歴史となってくれる。
だからレイはアルフレドから未だに届き続ける『脳内に直接話しかけてくる何か』を無視して、子供たちの相手をする。
「よし、こっちから向こうの土は使っていいぞ。んで、この木の柵からこっちでは遊ばないように。」
土魔法と余った材料を使って、子供が遊べる簡単な遊具を作った。
誰も眠っていない墓地の隣に子供たちの遊び場がある。
奇妙な配置になってしまったが、それさえいつか歴史となる。
「すごーい!レイって魔法使いみたい!」
「僕、このジャングルジムいっただきー!これをタロ城と名付けよう!」
「この公園はみんなのものだぞ。それにご先祖さまがここから見守っているんだ。一人占めせず、みんなで使え。」
するとタロは「ちぇー」と言った。
でも、すぐに切り替えて、目をキラキラさせながらジャングルジムのてっぺんに上った。
そして、彼は王のような立ち振る舞いでこう言った。
ついでにハナも。
「僕一人じゃつまんない! 他の子どもも呼んでいい?」
「あ、それハナも思った。お砂遊び、一人じゃつまらないもん」
本来なら存在しない筈の『無垢な子供達』、一方、本来なら存在しない筈の『魔王レイモンド』、いや、エロい目を画面内のキャラクターに向けていた大人。
そんなもの、最初から勝負は決している。
「いいよ。でも、俺の話は出さないでくれ。余計なトラブルは御免だからな。」
その言葉に弾かれたようにタロは、ジャングルジムのてっぺんから飛び降りて、レイをハラハラさせた。
回復魔法なんて上等なモノをこの魔王は持っていない。
持っていたら鬱陶しい戦闘になるだけだから、ヘルガヌスに関しては設定から外されている。
そしてタロは大人の心配を他所に見事に着地をして、ハナと一緒に丘を駆け降りて行った。