故郷へ
「あの……、俺の話聞いてる?スタトにさ——」
「そうだぞ、フィーネ。スタトに帰る日が来たんだ。本当に良かった。最後の方、ちょっと怪しかったからな。」
「怪しくないわよ。私は堂々としているわ。あんたの考えは全部お見通しよ!ホント、厭らしい男。」
「ふ。それは仕方ないんだ。既成事実、既に成った……事実。分かるか?既に俺とレイは——」
バチギスになってしまった二人。
だが、今こそ魔王の出番である。
「一旦落ち着こうか‼アルフレド、俺とお前に既に成った事実なんてないから‼アレはただ画面が暗転しただけだ……って‼既に三話目なんだよ!一回目から躓いてどうする‼……俺はアルフレドと、フィーネの、二人を呼び出したんだ!二人とも呼び出したの!そして、俺たち三人でスタト村に行くんだよ!」
二人は一度もスタト村に帰っていない。
もしかしたら、中途半端な終わり方だったからかもしれない。
だから、ちゃんと里帰りをさせたい。
それに。
「……俺も両親をちゃんと弔いたいしな。」
その言葉に二人は目を剥いた。
そして、申し訳なさそうな顔をして俯いてしまった。
(そんな顔をさせるつもりはなかったんだけど、二人の目にはそう映ってしまうよな。俺はスタト村で両親を亡くした。つまり……。そういうこと……か)
次に目を剥いたのはレイだった。
レイは死んだ両親しか知らない。それでも弔いたい気持ちはある。
皆の為のエピローグ作り、レイモンドにとってもそれは同じ。
単にそう思っていた。
「ゴメン。二人とも俺に気を遣ってくれていたんだな。」
「……えっと、それは」
「謝らないで。あの時は私が……」
色々あって忘れていた。
それにレイにとって両親だが、生きていた頃の両親を知らない。
でも、二人から見たレイは。
『スタト村で両親を失い、更には村から追放された男』
(フィーネエンドと同じ、いや見方によってはそれ以上に悲惨な状況だ。更にその追放に二人は加担していた。……馬鹿だな、俺。こんなの俺が言い出さなきゃ帰れるわけないじゃん。)
「とにかく!過去は過去だ。単純に俺は両親を弔いたいだけだ。それに、勇者一行と魔族の王が共に凱旋を果たせば、スタト村のみんなも安心して再スタートできるだろ?だから、俺に気を遣うことはない。三人で一緒に帰ろう!」
「そうね。一緒に帰ろ!」
「あぁ、俺達の故郷に戻ろう!」
結局、一番ふわふわしていたのは自分自身だった。
「後は俺の変化をどうするかか。人間から魔人、そして魔王。邪神は……ちょっと違うな」
外見の違いは犬歯とコウモリの羽。
隠してもよいのだが、今回は魔王として故郷を訪れる。
光の勇者と魔王が共に現れることで、和平が結ばれたことをアピールする。
すでにフィールド上のモンスターはアーマグに引き上げさせたが、それを信じる者がどれくらい居ることか。
孤立された町の人たちは、あの世界がまだ続いていると信じているに違いない。
そしてアルフレドも悩み始める。
「勇者と魔王か。和平の象徴としての政略結婚と思われるのは心外だが、それで村の人たちの安心が買えるなら……」
「そうね。スタトのアイドルたる私こそが政略結婚の道具になったって思われるのはちょっと嫌だわ。だけど、それで村の人たちが安心して暮らせるなら……」
おい、吊橋効果!
さっきのシリアスをどこに隠した⁉
「すとーーーーっぷ!突然の恋愛脳、どうにかしようか‼そういう世界なんだけど‼単純に和平のアピールができたらいいの!政略結婚なんて言ったら俺が人質とったみたいに思われるだろ!勇者パーティは魔王の軍門に下ったとか、バッドエンドとしか思えないから‼……とにかく行くぞ。細かいことは着いてから考える。」
予定ではちょこっとだけ会話をして、気がつけばスタト村に降り立っている体でストーリーを進めたかった。
ところが、考え出すと色んな事に目が行ってしまう。
きっとこれが胸のもやもやの正体。
アルフレドと七人のヒロインのエピローグを作れたら、きっと世界中の人々が明日を意識してくれる。
そう信じて、魔王レイは二人の体を抱えた。
「……久しぶりにやるな。転送魔法!」
◇
スタト村。
本当は失われて、ゲームでも入ることができない場所。
今はちゃんと村が存在している、というメタ的に奇妙な場所。
つまりメタ要素を考えなければ、復興中の村でしかない。
それでもレイにとっては新鮮だった。
アルフレドとしてプレイしていたレイなら、強くて新規ゲームを選択した世界線なら、何度かこの光景を見たかもしれない。
でも、その記憶は残っていない。
レイモンドとして見るのは間違いなく初めてだ。
そして、この村が存在している事実こそ、この世界がただのゲームではない証。
「村がちゃんと生きている……」
だから最初に彼から出た言葉は、アルフレドとフィーネには違和感があるもの。
「当たり前でしょう? あんな状態で住めるわけないじゃない。」
「あぁ。あれから数ヶ月は経っている。完全とまでは行かないと思ってはいたが、ほとんど復旧しているようだな。レイ、俺たちは生きている、そう言ったのはお前だろ?」
この世界はゲームをベースとしているが、ちゃんと生きている世界だった。
心のもやもやは思い過ごしだったのだろう。
「あ、あぁ。俺が言ったのにな。俺にとっては驚きなんだ。しかも、下手したら前よりも大きく……」
そこまで話した時、彼は即座に目を逸らした。
——今はまずい
無意識にそう思ったのだから仕方がない。
だから気を取り直して、計画していたCパートを進めることにした。
「えと、アルフレドとフィーネは村の人に報告に行ってくれないか。魔族の俺がいきなり入ったら、何かと都合が悪いだろ?」
「そうね。この辺境までは戦いが終わったことが伝わっていないかも。……でも、レイはその牙隠せば人間に見えるんじゃない? 羽だってしまえるし。はい、ハンカチ。このハンカチで口元隠してみて。」
「そもそも勇者と魔王が和平を結ぶことが一番の目的なんだろ?俺とレイが一緒にいることに意味がある。」
「それに私がどうにか説明するから、レイは堂々としてて。」
「約束する。絶対に誤解を解いてみせる。」
フィーネとアルフレドがそこまで言うならと、レイは少し大きめのハンカチで口元を隠した。
それはそれで強盗にしか見えない気もするが、魔王よりは強盗の方が怖くないだろう。
ちなみに厳密にはそれ以外にも人間と魔族の違いはある。
レベルの低いモンスターでは分かりにくいが、流石に魔王ともなればハッキリと分かる。
魔族の幹部の瞳の色は、全員金色である。
「ま、まぁな。それじゃあ、まずはフィーネの感動シーンを見にいくか。建物は……」
(はい。既におかしい。なんで破壊される前よりも巨大な建物がたくさんあるんですかー?なんて、ツッコミを入れたいが、今はツッコめないんだよなぁ……)
そんな歯痒さを感じていたレイの側頭部に小蝿がとまった。
いや、正確には小蝿がとまったかと思った。
「この疫病神ぃ!泥棒!」
小さい子からお年寄りまで、全員でレイモンドだけに石を投げつけている。
そのぶつけられた石を見て、レイはアルフレドとフィーネと距離を置いた。
「ちょっと!止めなさい!レイなのよ!」
「あぁ!俺達から話があるんだ!聞いてくれ!」
どうやらレイが口にしてはいけない方以外、全員が突然石を投げ始めた。
一定距離に入ると、そういう認識になるのか、ハンカチ程度ではレイモンドの圧は隠せないらしい。
だが、これは予想していた。
「ダメったらダメ!」
「レイは悪くないんだ!」
アルフレドとフィーネが村人を説得している。
ただ、これはレイが物語を尻切れで終わらせた証明でもある。
「この反応は当たり前か。あそこで認識が止まっているのか。」
以前にも語ったが、クリア後に魔族がどうなったかという記述はない。
だって恋愛メインだからヒロインと結ばれたら、そこでゲーム終了なのだ。
人々の生活だって、Cパートに登場する背景に映り込む程度しか表現されていない。
「俺は偉そうにしていて嫌なやつ、さらに火事場泥棒の外道のままで止まっている。魔族とバレなくてもレイモンドってことは分かるのか。」
ステータス値は化け物を越えているレイ、だから戦闘力1か2程度の村民の攻撃は受けない。
例えクリティカルだったとしても、魔族故に全ての部位が頑強にできている。
「私はフィーネよ! ほら、アルフレドもいるわ!」
「フィーネさん!アルフレドくん!早くこっちへ。あの男が後ろからついてきているのよ。早く!」
「待ってくれ、フィーネのお母さん。レイが俺たちを——」
遂にはフィーネの両親まで登場。
そんな二人をレイは呆然と眺めていた。
そして、「そうか、そういうこともあるのか」と、一人納得するように頷く。
「アルフレド、フィーネ。多分、普通には説得できない。だから彼らの言うことに従った方が良い。魔族との戦いが終わったと知っている人間はアーマグとデスモンドの住民だけなんだろう。」
「でも!それじゃ、あんまりよ!」
「レイはどうするんだ?」
世界が生きているとしても、正常に機能しているとは限らない。
その可能性を忘れていた。
「俺がエンディングをキャンセルしたんだから、そうなっても仕方ない。ほら、二人とも早くいけ。寧ろ、その方が投石も収まる。二人の様子は遠くからでも分かるから大丈夫だよ。俺には魔族のデビルイヤーがあるしな。」
だから彼は街の外れまで歩いて行った。
そして、焦げ目のついた石柱に背中を預ける。
遠巻きでは軽蔑の目が飛んでくるけれども、少なくとも石は飛んで来ない。
その様子、いや、村全体の様子を見て、彼は一つの結論を導き出していた。
ただ、「えっさ、ほいさ」と村のために動いている女性だけは、絶対に視界に入れないようにしている。
彼女に触れないのは、ここで拗らせたくないからだ。
流石に次のヒロインに託した方が良い。
「一気に進めると、ごちゃごちゃしそうだしな。」
ついでにその女性を恍惚とした顔で見つめているおじさんも絶対に見ないと誓った。
◇
遠くではフィーネが両親と抱きあっている。
そしてフィーネの両親は手招きをして、その抱擁にアルフレドを加えた。
因みにアルフレドとフィーネは嬉しそうではあるものの、少し複雑な顔をしている。
「えと……、お父さん、お母さん。私たちがしてきたことを説明したいのだけれど、いいかしら?」
「俺からも色々と報告をしたいんです。フィーネのお父上とお母上。」
そんな感じで、二人はフィーネの両親を引き剥がし、周りの村民を集めた。
レイを気を遣ってか、見える場所で話し合いをするつもりらしい。
そんなことはしなくて良いと言える筈もなく、今はただ二人に任せることにした。
口出ししたところで村人から石を投げられるだけだし、気になって仕方ないことがある。
——この村は無い筈の村
でも、今は別の違和感を抱いている
無い筈の村が存在した。けれど、それなら必ず在るものがこの村にはない。
これから生きる彼らにとっては必要が無い。
でも、今は必要がないというだけ。
ただ、それをどう伝えるべきか。
面倒くさくなった彼はだったら作れば良いじゃん、と安直に考えた。
「今はアルフレドとフィーネの帰郷がテーマ。俺もその一人だけど、まだ村人の方が受け入れる準備が出来ていない。それなら、先に在るべき状態を作っておくか。」
魔王軍幹部専用魔法・転送魔法はとても便利で、その材料はすぐに揃った。
村を見渡せる小さな丘の上に立ち、そこから村を見下ろす。
目を瞑ってでもできる作業だった為、アルフレドとフィーネが村人への説明を終える前に戻ってきた。
「このゲームは恋愛主体でそれ以外は描かれていない。世界の事なんてどうでも良いまである。滅んだ村は出てこない。だから細かい設定はアルフレドとフィーネ周りしかない。フィーネとアルフレドは『お父さん』とか『フィーネのお父上』なんて言い方をしていた。……そういえばフィーネの両親って名前の設定無かったんだっけ。そういう意味でレイモンドは優遇されていた?別の意味でだけど。」
陸の孤島となっていた村に外部の者は入って来れない。
目の端に追いやっている夫婦以外は、あの時生き残った村の人々だ。
あの時、女と子供を中心に助けたと言っていたから、残っている中に男は少ない。
この世界観的に、男が役職についていたのだろうから、役職で呼ぶ相手がほとんどいない。
「アルフレド、フィーネ。できるだけ村の人自身に気付かせてくれ。頼んだぞ。」
レイはこめかみに手を当てて、伝言魔法を使って、二人だけに伝える。
魔王クラスになると誰にでも送れるらしい。
ゲーム内でどこからともなく魔王の声が聞こえる、流石は魔王様。
そして伝えたのは、自分で考える力を持たせろという難しい課題。
ただ、時間が掛かったとしても、やっておくべき重要な課題だ。
だから時間はたっぷりある。
魔王は首肯する二人を見て頷き、在るべきものを作り始めた。
「さて、場所は……」