落ち着かないエンディング後
誰かから手が差し伸べられたから、彼はその手を握った。
そして、手を差し伸べた誰かはこう言った。
「お願い……、見捨てないで……」
彼はその手を——
「ご主人!ぼーっとしてる時間なんてないですよ!」
少女の声に彼は我に返った。
魔王は眠ることがない。
だが、微睡むことはある。
「そうだった。さて——」
このゲームのシナリオは終わりを迎えた。
でも世界はto be continued扱いで、まだまだ世界は続いていく。
アレで良かったと思っているのに、茫洋とした恐怖だけは残っている。
「さて、じゃないですよ。あれですか、燃え尽き症候群ですか。」
彼らはこれから向かうべき国の形をざっくりとは決めている。
二つの大陸を別々の国に見立てて、魔族と人間を分けようという話になっている。
全てが終わったとしても、人間、特に勇者パーティに殺された魔物も多いし、魔族に殺された人間も多い。
簡単に和解はできない。
「でもさ、一体どうすりゃいいんだ? 基本的にハッピーエンドなんて、その後の展開考えるとグダグダなんだよ。」
「ではご主人が圧倒的な力で恐怖政治を布いてはどうでしょう。ウチたち魔族はそっちの方が性に合ってます!」
「俺っち的にはお金をばら撒けば良いって思うっすけどね。」
元・魔王であるレイは旧魔王城というかチャペルの一室で、イツメン・ラビとイーリの三人で話し合いを行っていた。
「圧政布いたら、それこそリスタートじゃん!俺、狩られるじゃん!ゲームシステムが残ってても、ラスボスは復活しないからね? いや、するゲームもあるけれども!……っていうか、イーリはまた金の話を!……って言いたいところだけど、それな。そもそも、なんで魔族と使っている通貨と人間族が使っている通貨が同じなのかって話はある。設定だからの一言で済ますことはできるけど、今からはそれも通用しない。」
言ってみればエンディングを放棄した。
だから、今から色々決めなければいけない。
ただ、既に作られた世界だから、今までの設定を利用できなくもない。
「ってことは、ウチたちと人間たちの通貨を変える必要があるってことですか?」
当面はアーマグと人間達に大陸を分ける予定だから、ラビの言葉通り通貨を変えても良い。
そうすれば、人間がモンスターを退治する必要もなくなる。
だが、その前に疑問がある。
レイは通貨であるゴールドを指でつまみながら、くるくると表と裏を見比べる。
「これ、本物の金だよな。いや、多分だけど。本物の金貨なんて見たことないから分からないけど、魔王鑑定眼によると金だ。この金の出所が分からない状態で軽率な行動は出来ない。」
「ん?どうしてですか?ウチたち、いっぱい持ってるじゃないですか。」
「そっすよ。だから、その金貨、俺っちにくださいっす!」
イーリが手を伸ばし、その腕をラビが手刀で打ち払う。
「ゲーム上、その方が分かりやすかったってだけだ。本来、荒廃した世界なら金なんてほとんど価値が無くなる。金ってのは富の一つの形だからな。出所が分からないと、平和になった途端、金の価値が下落する可能性だってある。だから、まだふわっとさせた方がいい。それより先ずは人間の定義を見直して——」
社会全体を作り上げる、それが最終目標ではある。
お金については分からないことが多すぎる。
ただ、レイは別のことを考えていた。
何か他に重要なことが欠けている。
いや、重要ではないかもしれないが、何かが欠けているような気がしていた。
「ていうか、魔王様ぁ。俺っち的に魔王様が今現在やらなきゃならねぇことがある気がするんすけど。ってか、ラビもそれに気がついていながら、わざと思い出させないようにしてるっすよね?」
「ぎくぅぅぅぅぅぅ!う、う、う、ウチはその辺、よく分からないんだもん‼」
明らかに動揺の色を見せるラビ。
そしてズバッと指摘したイーリ。
そのことから、一番逃げているのはレイ自身である。
(っていうか、どうすんだよ。このハーレム状態! あれか? 一夫多妻制とかいう制度を作るべきなのか? 他人から見ればすごーく羨ましい状況なのは分かるけれども、実際問題、俺ってあんまその辺分かってないんだよなぁ。もう、生きるのに手一杯だったからっていうか……。アルフレドも合わせて全員吊り橋効果だろうし、魔族の一部に至っては魔王という肩書きでそうなっている可能性が高い。っていうか俺は洋画のラストのこういったシーンが気になって仕方ない。例えばこんな感じ……)
「そう、例えば——」
♤
ジョージ・ウィンストンは情けない顔で、鏡の前で無精髭を適当に剃っていた。
彼の着衣はとても着崩れていて、普段から大雑把な性格をしているのが分かる。
ジョージ「痛っ!!」
彼はぶっきらぼうな性格をしているのか、適当に剃っていた髭剃りで皮膚をちょっとだけ切ってしまったらしい。
ジョージ「シッーートゥ!!なんだよ、この髭剃り。ったく痛いじゃないか。」
そう言って、彼は寝ぼけ眼で寝癖がつきまくっている髪をぼりぼりと掻きながら髭剃りをゴミ箱に放り投げた。
その瞬間、玄関のドアからけたたましい音が聞こえた。
その音の発生源に心当たりがあるジョージは面倒くさそうな顔をして、その音を止めにかかった。
ジョージ「そんなに強く叩かなくても聞こえてますよ、グワンドさん。それに鍵はかけてないんで、そのまま入ってきてください。」
グワンド「全く不用心ね。鍵くらい閉めたらどうなの? まぁ、このゴミだらけの部屋を見たら泥棒もガッカリしてお帰りになるでしょうね。」
グワンド夫人がジョージを心配していなのは明白である。
それに彼女がなぜ訪れたかも、ジョージには分かっている。
ジョージ「そんな怖い顔しないでくださいよ、グワンドさん。家賃ならこないだ払ったでしょう。」
その彼の言葉が夫人のこめかみの血管を浮き立たせた。
シケモクの臭いも家主としてはかなり不愉快だった。
グワンド「あれは先々月の家賃です。先月、今月分がまだですよ。まったく……、私も慈善事業をしているわけではないのですけれど? 」
ジョージ「いやー、そうだったかなぁ。あ、でも、次の面接はばっちりです。そこに受かればグワントさんを海外旅行に連れて行って差し上げますよ。」
するとグワンドの眉間の皺がさらに深く刻まれた。
グワンド「その話はもう二十三回目ですよ。はぁ……、もういいからさっさとその面接とやらに行ってきなさい。」
そう言って壮年の女は、ジョージのネクタイの位置を直してあげた。
彼女は本当に気の良い淑女であり、口ではああ言っているが、ジョージのことが心配でならないのだ。
そして尽くジョージは彼女の期待を裏切り続けている。
ジョージ「次こそは大丈夫ですって。んじゃ、行ってきます。グワンドさん、今日もお綺麗ですね!」
調子の良い彼はそう言って、壮年のヒューベル・グワンドの肩をポンと叩いて出て行った。
ジョージ・ウィンストン、彼のこの姿はある意味で日常の姿だ。
怠惰な生活にだらしない人間関係。
酒にタバコに女に博打、本当に人間のクズでしかない。
だが、彼の仕事は特別なモノだった。
そう、ありきたりな展開であるが、彼の裏の顔は『殺し屋』だった。
クリス・マンチェスティはバリバリ働くキャリアウーマンである。
仕事姿もビシッとスーツで固めており、油断も隙もない。
よって、彼女の異名は『鉄の女』。
そんな彼女は最近任されたビッグビジネスに胸を躍らせていた。
クリス「マイク、いつまで数字と睨めっこしてんの? 先方にプレゼンする資料なのよ。今日中にまとめてってお願いしたわよね。」
マイク「いや、まとめたいのはヤマヤマなんすけど、なんか数がよく分からないんすよ……」
職場の人間はクリスが人選した者達だ。
クズなんていない。
そんなクズではないマイクの手が途中から止まっていた。
彼に任せていたのは会社の売り上げやら、利益やら経費やら。
次に立ち上げるプロジェクトが金銭的には全く問題ないこと、この会社が如何に信用に値するかを示す為に数字をまとめているに過ぎない。
クリス「数字が合わないって……。うーん、でもここの数字は一致しているじゃない。ほら、この設備準備品って欄、その中のこの数字がたぶんそうよ。それをここに入れたら……、うん、できたわよ。」
マイク「あぁ、別の資料にあったのか。すみません、全然気付かなかったです。にしても、すごい金額ですね。ここだけ突出してます。……ええっと、ありがとうございます。」
結局、その場はなんとかうまく行った。
ただ、クリスには気になる点があった。
設備準備費の『備品欄』の数字がどうしても頭から離れなかった。
そこで彼女は以前、セクハラ紛いな行為を受けそうになった時に盗み見ておいた、上司のパスワードを使ってみることにした。
——特に何気ないその行動、それが彼女を数奇な運命へと引き摺り込むことになった。
この会社が行っていたのは、いわゆるマネーロンダリングであった。
そしてそれは闇組織との繋がりを明るみにしていた。
クリス「え!?どういうこと? 私のPCが……。まずい、接続を切らないと!これもこれもこれも切って……」
クリスは慌ててパソコンを消して、自宅に変える。
でも、会社の闇はそれだけではなかった。麻薬取引程度ならまだ良かった。
臓器売買から人身売買、外道な商売ほど莫大な利益を生む。
クリスはそこまでは分からなかったが、裏黒い何かがあることだけは分かった。
そして、クリスは広々とした我が家に戻ってきた。
整理整頓が行き届いた彼女の高級賃貸は、ものがなさ過ぎてとても空きスペースが多い。
クリス「はぁぁぁ、疲れた。それにしてもなんなの、あれ。」
そう言ってクリスはキングサイズのベッドにダイブした。そしてそこで電話が鳴った。
(中略……というよりか、かなり略)
クリス「あなた、私を殺しに来たんじゃないの?」
ジョージ「はぁはぁ……、ったく。俺としたことが……、仕事を……ミスっちまった。クライアントが悪いんだよぉ。俺は女は殺さない。クリスって男だと思っちまっただけだ。……クリス、悪いけどタバコ、とってくれるか?」
クリス「だーめ。それはちゃんと生きてここから帰れたらよ。タバコなんて、まるで死亡フラグみたいじゃない。
—— それに、ここからは私が貴方を守るから!」
ジョージ「バカかよ。お前だけは死なせねぇ。そして二人であいつらを木っ端微塵にしてやるぜ。」
……そして二人は最後の戦場に向かった。
(中略……っていうか、最後まで略)
ジョージ「フッ、とんでもねぇ女だな。」
クリス「何よそれ。魅惑的の間違いでしょう?」
ジョージ「あぁ、勿論……」
……そうして二人は熱い口づけをした。
そんな二人の目の前には爆破されたビルの瓦礫と、明日の到来を告げるような朝日を連れて真っ赤に染まる空が広がっていた。
(そしてスタッフロール……)
♤
「——な!分かっただろ? 今はこんな状態なんだよ、特に人間側はな。」