仮初のハッピーコンティニュー
レイは久々のレイモードに困惑していた。
しかも心の底からの破壊衝動が湧き上がる。
これがデズモア・ルキフェの役だと直ぐに分かった。
そりゃ、ラスボスなんだからそうなるだろう。
そんな冷静な判断は、あっという間に衝動に呑み込まれた。
(全部壊せばいいんだ。だって俺は悪役じゃないか。)
「ご主人‼」
最初に声が聞こえたのはラビだった。
こんな状況なのに「ご主人、ご主人」と言っている。
ここにいるのは、破壊の悪魔なのに。
勇者どころか世界を破壊する役目を授かった者。
(成程、世界の破壊者か。過去の俺の願望を叶え、この世界の意志も尊重している。しっくり来る筈だ)
「レイ!」
「レイ!しっかりして!」
ラビに続いて、仲間たちが押し寄せてきた。
でも、今は近づいて欲しくない。
すぐにこんな衝動は収まる。
(破壊衝動。これが俺の根源にあったもの?アズモデはこんな役を強いられていたのか。でも、俺は……)
最初は気楽に考えていた。
でも周りの様子がおかしい。
「レイ、レイ」
ソフィアが強引に口の中に手を入れた。
彼女の血の味がする。
味わいたくないのに味わってしまう。
それを美味しいと感じてしまう。
破壊の喜びだと感動してしまう。
「レイはこれから僕といっぱい話そうって言ってくれた!」
キラリの意志が伝わってきた。ミサイルと爆風も一緒だったけれど。
(あれ、レイモードが終わらない?……終わったって、どうしたらいいか)
大変な状況なのだと判断できた。
そういえばさっきまで居たラビがいない。
魔族、人間族関係なく、全員が仲間、その仲間もいない。
自分自身が次々に薙ぎ払っている。
だから、周りに誰もいない。
けれど、実際のところ。
(俺はイベントをコンプリートしたんだよなぁ……)
彼にも、どうしてよいか分からなかった。
どのみち世界は救われないのなら、自分の脇にいる男の気持ちも理解ができる。
エミリもマリアもみんなが跳ね飛ばされては止めに来ている。
これをどう思えば良いのだろうか。
レイだった何かは言葉にすることが出来なかった。
そんな時、声が聞こえてきた。
「これでいいのさ。これで全部うまくいく……」
今までこの男の言っていることは、今の世界を終わらせる、という意味では理解が出来た。
だが。
この言葉は違う。全然違う、明らかな間違いだ。
この男はイベントに詳しかった筈なのに。
(アズモデとはまだ話し合ってもいない。破壊してやり直す。それはまだ……百歩譲ってだが、理解できる。俺だってそう思った時がある。運が良ければ次があるってな。……でも、ガッカリだよ。)
彼は分かっていなかった。
それが故にレイの破壊衝動の熱が冷めていく。
この先に臨んだ答えはない。
ただ、聞き間違いかもしれない。
だからもう一度聞いてみようと思った。
(俺と同じ考えに辿り着いているかもしれない。そういう意味で全部うまく行くと言ったのかもしれない。)
レイは一つだけ、とってもシンプルな解決方法を思いついていた。
でも、それはあまりにも簡単すぎて、正解か不正解かと問われたら、不正解かもと言ってしまうくらい、自身のない解決方法。
だって、それが正解だとしたら、今までの自分たちの苦労に釣り合わない。
だから、彼は本当に分からないので、破壊の道を選ぼうとする彼の真意を聞いてみた。
「ねぇ、ねぇ、今どんな気持ち?」
すると彼は不思議な顔をした。
びっくりしているのかもしれない。
だとすれば、レイというプレイヤーも舐められたものである。
アズモデは分かっていない。
このゲームは恋愛メインだと、知っている筈なのに理解していない。
こんなカオスな展開をプレイヤーが、世界が期待している筈がない。
こんな簡単な手で、何百、何千と苦労してきたこの世界が壊せると思っている?
ドラゴンステーションワゴンに謝ってほしい。
だからプレイヤー・レイは彼に言ってやるのだ。
「アズモデ。これ、恋愛がメインなんだよ。」
「な、何を言ってのですか、邪神様。違います!邪神様はこの世界を——」
レイは深く反省をした。
今更ながら、色々と履き違えている自分自身に失望した。
エルザと入れ替わった時に見たムービー差し込みは、ムービーではない。
あれは、アルフレドの視点。
つまり、自分の過去。
『どうしてだ! 彼女は役を終えている。殺す必要なんてないじゃないか‼』
その勇者の、アルフレド役だったレイの言葉に、彼はキョトンと呆けた顔をした。
『やだなぁ。君の口からそんな言葉が出るなんておかしいじゃないか。だって君はこの意味を既に理解しているよねぇ?』
この時、レイ自身の言葉もおかしかった。
勿論、勇者の言っていることは正しいが、この時の彼は間違いなく一度記憶を失くした彼だ。
だからこの時、アズモデが冷たい顔をしたのもキョトンとしたのも、どれもこれも全部、昔の自分が悪い。
でも、過去の自分。
過去の自分は他人?
他人のせいにしたくないから、今の自分が悪い。
昔の自分がこの世界にクレームを入れ、その結果としてアズモデも過去の自分もこのゲームの良さを忘れてしまっている。
これは連帯責任である。
つまりは今のレイが貧乏くじを……、いや、それは流石に申し訳ない。
全部自分だ、今のレイが責任を取らなくてはならない。
「そうだな。俺が責任をとるか……」
◇
元レイ、元魔王、そして現邪神の彼はとても乱暴に暴れていた。
そしてアルフレドたちは途方に暮れていた。
彼のために彼を殺す必要があるのか。
アズモデの言う通り、世界を終わらせてもう一度やり直すべきなのか。
正しい判断が出来るのは、やはり全てを知っているレイだけ。
でも、あのお腹にくっついているやつがいる限り、レイは邪神として行動をする。
負ける気しかしない。
運良く勝てたとしても、彼らにとってはレイを三度目の死に追いやったことになる。
「そんなこと、できるわけがない……」
周りから同じ言葉が聞こえてきた。
みんな考えていることは同じなのだ。
自分もそうだが、皆は先ほどまでは楽しそうにしていた。
だのに、今はただ絶望しか見えない。
ここまで来れたのが彼のおかげならば、ここでダメになっても彼のせいにはならない。
でも……、なんだか悔しい。
その時。
「あ……、今レイが何か言いました!」
ソフィアがぽつりとそんなことを言った。
彼女は一度も彼を見捨てたなかった。
だから彼女には聞こえたのかもしれない。
そして、倒れていた白兎の耳がぴょこっと動いた。
「ご主人の声!ウチにも聞こえました!でも、これって……」
「えー、そうなってしまうのら?」
「先生、それはどういう……」
「え……そ、それって……」
アイザもエミリもマリアもリディアも気がついたらしい。
アルフレドに聞こえなくて、彼女たちに聞こえた理由は明らかだった。
レイだけを信じていたか、それともこの先を考えていたか。
だから、どっちが正しいというわけではない。
——だからアルフレドが驚嘆したとて、彼の察しが悪い訳ではない。
ズドンと音を立てて巨大な邪神の体になってしまったレイ。
彼は何故かアルフレドの前に降り立った
彼の手に何故か花束が握られていた
そして彼はその花束をアルフレドに差し出した
こんなのサプライズが用意されていたとは、勇者アルフレドは考えてもいなかった。
「アルフレド、俺が責任をとる。だから俺と結婚してくれ。」
▲
アルフレド「レ、レイ?どうしたんだ。こんな急に……」
レイ「急にで悪いか?っていうか、今までタイミングがなかったんだ。……それに平和になってからじゃないと、絶対にはぐらかされるだろ?」
アルフレド「——‼そ、それはそうだが。でも、……俺なんかでいいのか?」
レイ「俺なんかとか言うなよ。俺はお前が好きなんだ。俺は本気なんだ。」
爽やかな風の中、そして伝説の木の下で、レイはアルフレドに告白をした。
そこで結ばれれば、永遠の幸せを手にすると言われている。
アルフレドは困惑してしまった。
まさか、レイがそこまで考えていたなんて。
自分を選んでくれるなんて。
アルフレド「参ったな。……俺の方からプロポーズしようと思っていたのに。でも、嬉しい。俺も——」
だから、彼はその花束を受けと——
フィーネ「その結婚!ちょっと待ったぁ‼」
エミリ「同じく待ったです!」
マリア「レイ、もっとよく考えて!マリアの方がずっと可愛いよ‼」
ソフィア「大丈夫。私はレイを信じています。」
キラリ「僕もそれは違うと思うよ?僕とも話し合うべき、色んな相性とか試してみるべき。」
アイザ「わらわも混ぜて欲しいのら!わらわが先なのら!」
リディア「出会いの時間が違いすぎです。私には不利じゃないですか?セリフも少なくないですか?」
ラビ「ご主人!ご主人!ウチもヒロインだったのではないですか⁉既に嫁だったのではないですか⁉」
イーリ「俺っちは別にどうでもいいすけど、お祝い金とか払えないっすよ!」
エルザ「レイは魔族よ。だから重婚もありじゃない?だったらあたしとも……」
三姉妹「それはそれで良いとは思うけれど、一人占めはだーめ。私たちも嫁入りさせてもらいます‼」
そうだった。
ここは闘技場。
実はその木は伝説でも何でもないただの木で、レイはただ手に持っていた、どこかの誰かから強奪スキルで奪い取った花束を、ただ渡そうとしただけだった。
そしてそこに偶然大勢の仲間たちが集まり、そしてレイから花束を取り上げた。
レイ「……んーこれって。フィーネの言葉、マジだったなぁ。これはあらかじめ作られたムービーなんだぞ? お前たちほんとすげぇな……。でも、いいか。壊すより、この方がずっといい。よし、このままの勢いで行こう!俺はな!本当に……、本当にみんなのことが大好きだ。だから俺は全員と結婚する‼」
彼女たちは彼の発言で彼を揉みクチャにはしたが、それはそれで楽しそうだった。
▲
「どういう……ことだ?」
アズモデは一人、困惑していた。
でも、その言葉にレイが即座に答える。
「お前なら知っているだろう?これは強制ムービーイベントだ。ゲーム上は邪神を倒したところでフラグスイッチが押されている。だから、単にアルフレドの前に誰かが行けば良かったんだ。」
「馬鹿な……、そんな。僕の計画は……」
ただ、ここでレイはとある事実に気が付いた。
デズモア・ルキフェは本来、倒されている。
彼はここに強制ムービーが来ることを知らなかったのだ。
だから、もっと簡潔に伝えることにした。
「話が終わったってことだよ。っていうかすげぇぞ、今回の世界。多分だけど一番だ。ムービーをねじ曲げるとか!あいつら、世界の意志を変えやがった。お前も肩の荷をおろせよ。もう全部終わったんだ。バッドエンドかグッドエンドかの違いだけ。今から始まるのはエンディングだ。」
「ねぇ、どういうこと?これっていいこと?悪いこと?」
フィーネが不思議そうにレイに話しかけた。
「レイ、これって女神様がくるってことですか?」
ソフィアがそう言った。
そして青年は静かに微笑み、そしてこう言った。
「大丈夫、ちょっと見てて。」
そしてしばらくすると空から、あれは間違いなく女神様という雰囲気の女が降りてきた。
そしてとっても無責任にこう言った。
『よくやりました。勇者アルフレド、そしてプレイヤー・レイ。其方たちの働きで世界が平和になりました。ありがとう。ほんとうにありがとう。なにか望みはありますか?』
◇
レイは鏡の前で自分のながーい犬歯を見つめていた。
一体これはどう歯を磨いたら乾燥しないのか。
それを気にしていた。
めっちゃ涎が気になるのだが。
それも気にしていた。
「邪神の肩書も無くなったし、魔王の肩書も無くなった。でも、魔族のままとは……。もともと、魔族は何なのかって設定もなかったしなぁ。これから作らないといけないのかなぁ。」
「ご主人!これからアーマグ王国の法律を作るのでしょう? まだ、こんなところにいたんですか?」
「ちょっとレイ、いつまで待たせるのよ。今日はアルフレド王国との条約を決めるんでしょう?」
「レイならずっと犬歯を磨いてましたよ。」
「全く、これからのことは全然決めてなかったのかよ。」
「旦那ぁ。とりあえず、徳政令はおねがいしやす!」
レイの周りにはたくさんの人間と魔族がいた。
そしてこのだだっ広い結婚式場を埋め尽くすほどの人間と魔族が待っている。
一応、言っておくが今から結婚式をするなんてことはない。
これからのことを一から決めないといけないのだ。
「うーん、それにしても、なんだよ。『神ゲーって言葉を勘違いしたから、この世界を作ってみた』……なんて、女神がいたなんて。」
「いいじゃんー。なんともなく続いてるんだしー。一応、体裁は魔王なんだよねー、レイってー。」
「レイー。ほねっこ?直ったよー。」
「レイ!サラ、こっちきませんでした?」
あの後、ちゃんと次の日が来た。
そしてその次の日も、次の日も。
「お姉たまー。あの時、アイザの旦那さまはー、なんて言ったのら?どういう意味だったのら?」
「まだ誰とも結婚してないでしょう? アイザはあっちに行っていましょうねー。」
女神と話せたのは予想通り、プレイヤーのレイのみだった。
彼らに女神が見えていたのかも分からない。
ちなみにまだ誰にも話はしていない。
だって、あまりにも恥ずかしいからだ。
「でも!そろそろ教えて欲しいよ。あたし、またヤンデレになっちゃうからー。」
「なってねぇだろ。もうそういう設定とかが通用する世界じゃないんだからな。ってか、エルザ、アズモデはちゃんと大人しくやっているか?」
「えぇ。あの後は呆然としてましたけど、だんだん自分が何者でもないって分かってきたみたいです。そもそも私たちもこれから何をやって行くのか、全然決まっていませんし。」
あまりにもざっくりとした終わり方だった。
だからこんなふうになってしまったのだろう。
でも、きっと彼ら、彼女らなら、なんとかなる。
レイはそう確信している。
「俺の要求が本当に大したことなかったからだろうなぁ。えっと、じゃあ一週間経ったから、そろそろ大丈夫だと結論を出すか。三日後とかに突然滅んだら嫌だったから、言えなかったんだけど……」
レイはあの日、女神と話したことを彼らに話し始めた。
そしてこれは、あの日の女神の言葉の続き。
「ねぇ、女神様。どうしてこの世界は終わってしまうんですか?」
『またその質問ですか。この世界はそうできているからです。それで、次はどうしたいのですか?』
何千のレイがこの質問をしたのだろう。
女神も飽き飽きとした顔を浮かべている。
ちなみにレイはあの騒動で確信したことがある。
勿論、彼が出した解決策に関係していたりする。
幾度となく勇者でやってきた彼らもこの方法は気がついていた筈だ。
だって、本当に簡単な解決策なのだから。だからレイはこう考えた。
「きっと前の俺だったら、納得しなかったんだと思う。だからやり直したいって思ったんだと思うんだ、女神様。」
彼らは分かっていた。
ちゃんと言っていたのをレイは聞いている。
自分のことを彼らと言うのもおかしいかもしれないが、紛らわしいので、彼らは彼らだ。
彼らは「どうして殺さないといけないのか」ってちゃんと言っていた。
なんだ、そんなことかって、思うかもしれない。
でも、なかなか本当の善なんて見つけられない。
だから、ゲームの中だけでも善を追求したいと思ってしまうわけで。
でも、現実になってしまうと、絶対に悪いやつがいたとしても、そいつらを殺してしまったことが正しかったのか、だんだん分からなくなってしまう。
だから、彼らもちゃんと知っていた。
だから、今度はレイモンドで試そうって思ったんだ。
そして、結果は見事に大成功だった。
ちゃんと皆、笑っている。
都合の良い善でもいい。
だってここはゲーム発の新世界。
これからみんな成長していく新しい異世界だ。
レイは、皆の顔を見渡した。
確かに悪役スタートでなければ、ここには辿り着けなかった。
都合の良いみんなが助かる世界。
人間がいて、魔族がいて、そして元人間の設定だった魔像がいて、そしてレイのように人間が魔王になったりもしている。
この世界がレイは大好きになった。
だから、彼は女神にたった一言お願いをした。
「『Fin』を『to be continued』に変えてください。それだけでいいです。だって俺はこの世界が大好きだから。」
そして今、彼はその大まかな話を簡単に話したのだが、リアクションはやっぱりこんな感じだったりする。
「ええええ!それだけ?」
「それだけも何も、お前たちがこの世界の運命を変えたんだ。こんな奇跡を起こせるんなら、このままでいいと思ったんだ。それに俺はみんなのことを尊敬しているし、大好きだし。」
このゲームには続編がない。
だから本当に何もないのかもしれない。
けれどきっとみんなとなら、新しいゲームみたいな毎日を過ごせるに決まっている。
「私たちも、大好きだよ!」
だから彼はこの世界に来て、本当に幸せだと、心の底から感謝した。
トゥルーエンド改めto be continued
(俺はこれで良いって思ってたんだ。でも……、俺は間違っていた。)
「嘘付き!全部嘘だった!」
「助けて!レイ、助けてよ―!」
本来の本編はここで終了です。
次からはDLC的な何かです。