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悪あがき

 銀髪の悪魔が本だった灰を見ながら語る。


「内容に覚えがあった。これらは俺が最初の頃に書いていた女神への要望なんだろう。この世界を満喫していた頃、調子に乗っていた頃にそういうことをしていたんだ。途中で飽きて、逃げたくなったから無限地獄だと騒ぎ出した。その後記憶を無くすんだから、ほんと……、自分で自分が嫌になる。そんな俺の無茶で幼稚な要望を叶え続けてくれたのが、アズモデなんだ。」


『もうちょっと歯応えがあるように、メビウス様に頼んでみた。これでちょっとは刺激が増えるといいな。』


 このゲームはいつかも話したようにゲーム終了前に女神が現れる。

 おそらくはそこで頼んだのだろう。

 自分だけの世界だと思い込み、自分勝手に世界を変えた。

 そしてその結果、ここから出たいなんて考えるんだから、我ながらどうしようもないクズだ。


「だから……アズモデ。本当に悪かった。昔の俺でも、俺のしたことには違いない。」


 けれど、やっぱりレイの言葉は理解されなくて、茫然とされる。


 ——前ならば、そう続いたかもしれない。けれど今は違う。


「つまりー、レイが全部仕込んだってこと!?」

「いや、俺は神じゃないから!魔王だけど!邪神の器を奪ったかもしれないけど、世界を作るような、もっと別の意味で得体の知れない何かっていうか神様じゃない。俺がこの世界を作った神様にお願いしたってこと。敵を強くしちゃたり?スムーズに恋愛が出来るようにしたり?」

「成程。俺が苦労していたのも、レイがこの世界の設定を難しくしてしまったからか。本当に世話が焼けるマイハニーだ。俺は散々振り回されたってことだ。」


(今、マイハニーと言った?ここは真面目な話だから!……真面目な話ってこと⁉)


 もう、ここはゲームベースの世界じゃない。

 ちゃんとその先も考えられる人々、魔族が住む世界だ。


「でもー。ご主人が主役ってことですよね!」

「いや、違う。みんなは自分の言葉で話している。これはもう俺が主役って言えない。普通の世界だよ。だから、俺はこの世界を終わらせたくない。因みに、俺は全てのイベントを回収した。後はこの世界の終了イベントだけだ。そしてその後、女神が出てきて世界(ゲーム)が終わる。俺のせいでみんなの世界が終わってしまうのだけは避けたい。それがせめてもの罪滅ぼしだからな。」

「でも、でも私たちは魔王様のこと、責めたりしてないわよぉ?」


 マロンも魔族も会話に参加してくる。

 いつの間にか闘技場の中に全員が集合している。

 もはやゲームとしては破綻しているのだ。

 だから何かが起きる。そんな予感がレイにはあった。


「そうだな。俺たち人間側、その……、お、お嬢さんたちの魔族側で世界を終わらせない方法を見つけ出しましょう!」

「は、はいぃ!ゆ、勇者さま、初めまして、ラビと申します。」

「俺も挨拶が遅れました。アルフレド、光の勇者をやってました。」

「自己紹介してる場合じゃないんでしょう?レイ、その最後のイベントってのは何なの?」


 皆がレイの罪悪感を消そうとしてくれている。

 今までだったら、そんなこと言われても知らないと一蹴されていた。

 けれど、今はちゃんと話を聞いてくれる。

 だからレイは気軽にその話をした。


「ヒロインがアルフレドに愛の告白をする。これが最後のイベントの発生だ。だから……えと。」

「それをしなければいいってことね。なんかアルフレドには申し訳ない展開だけど……」

「いや、俺だってそんなこと言われてもって感じだぞ!?」


 アルフレドもいつの間にか、すごく人間味が出てきている。

 まさかこんな展開になるとは思っていなかった。

 今の彼らなら、同じく世界が始まったとしても、ちゃんと正しく世界を楽しんでくれるだろう。

 でも、それは無理なのだ。

 彼らは記憶を引き継げないのだ。

 それはレイ自身にも言えること。

 もしかすると、以前の自分は同じ気持ちで一からスタートしていたのかもしれない。

 自分だけ記憶を引き継いで、同じことをするのは想像以上に辛い人生なのかもしれない。


「記憶を失くして、再スタート……、ダメだ。やっぱり、そんな選択肢は選びたくない。」


 だからこそ、レイは苦しんでいた。

 トロコンのメッセージを見たのは、間違いなく彼だけだった。

 つまり、この世界は周回することでしか、存在できないのかもしれない。

 もしかしたら、過去の自分が間違っていたのかもしれない。

 この世界は実績をコンプリートしても、繰り返すように出来ているのかもしれない。

 ゲームだったら、それが当たり前。

 寧ろ、トロコンした後、起動できなくなる方が炎上・・ものだ。

 だとすれば本当に無間地獄。

 いや、定期的に記憶を消せば、それはそれでいいのかもしれない。

 でも、今のみんなは帰ってこない。


「何か、ないのか……」


     ◇


 皆が悩んでいる中、ただ一人諦めきれない男がいた。


 彼の名はアズモデ、デズモア・ルキフェとも言う。

 今しがた全てを奪われた男だ。


 彼は彼で必死に生きてきた。

 意味不明な要求を解読し、ずっとこの世界が在るべき姿になるようにと考えて生きてきた。


 では、この時間は何なのだと彼は思う。

 この世界は、自分の今までの頑張りは何だったのかと思う。

 自分の役目が終わった?意味が分からない。

 勝手に罪を負わされ、勝手に罪を許された、甚だ気に食わない。

 それに役を奪われたのかは分からないが、あの男からは邪神のオーラが見える。

 それに今、アイツらは何と言ったのか。


「ご主人が主役」


 あの白兎が確かにそう言って、あの銀髪魔王が一瞬だがそれを肯定した。


 ——そういうことだ!


 その瞬間、彼の中で全てが繋がった。


 今回は終始、勇者の動きがおかしかった。

 あの本にあった通りに誘導しても、力が全然足りなかった、リアクションが全然違っていた。

 行動も最初からずっと不安定だった。

 何か別の思惑があるのかと思っていたが、結局最後の最後まで、あの本の内容とは違う。

 あれを作った人物とは思えなかった。


 でも、あの男は別だ。


 いつも先回りをしていた。

 だから最初はバグだと思った。

 バグというものが存在すると、本にも載っていた。

 思い通りにいかないことを、勇者の言葉でバグというらしい。

 だから、あの男もバグだと思っていた。


 でも、全てが逆だった。


 だったら、円滑にこの世界を終わらせられる。

 それが本来の邪神の役割だった筈だ。


 そして彼も知っている。

 今までの勇者のコメントがあの本には書かれていたから。


『俺の体は、おそらく脇腹なんだとおもうが、そこを刺激されると、勇者に相応しい行動を取ってしまう』


 つまり脇腹に刺激を起こせば、あの男が『役割』に相応しい行動を取る。


「役、今のアイツは……」


 それに気がついた時、彼は立ち上がっていた。

 そしてこの世界を正しく終わらせるための悪あがきを開始する。


      ◇


 レイはずっと考えていた。

 この世界を終わらせない為にはどうすれば良いのか。

 そして仲間も同じく考えてくれる。


「レイ、あのネクタの現象は起きないの? あの時間が急にぐるぐるなるやつ。マリアたちが世界平和に向かわないと、ああなっちゃうんだよね?」


 マリアが空を見ながら、ソワソワしている。

 確かに、それは彼も一度考えていたことだ。

 ちゃんと一度考えて、しばらくは大丈夫だろうと結論を出していた。


「今すぐではないと思う。今はゴール目前の状態だ。ヒロインからの告白待ち状態だけど……。どうだろうか……。あまり時間が経過してしまうと、ヒロイン無しエンドと見做されるかもしれない。だから、何とかしたいんだけど、例えば誰かにゆっくりと告白をしてもらうとか……」


 その時、周りの声が止んだ。

 レイは一瞬、自分の案に唖然とされたのかと思った。


 けれど彼らの視線を見て、そのことではないと悟った。

 全員の視線はレイの後ろに注がれている。

 レイはドラグノフに役を返していた、だから今は後ろが見えない。

 けれど彼らのざわつきから、何が起きたのかは理解ができる。

 だからレイは彼にも協力を求めた。


「アズモデ、お前にも……」


 レイは単純に彼にも、イベントの心当たりがないかを聞こうとした。


 この世界のキャラクターの中で最もシステムに近い存在には違いない。

 彼も一緒に考えてくれるなら、これ程心強いことはない。

 そして彼もそうあるべきと思っていたらしい。


「お任せください。私に考えがあります。」


 恭しく頭を下げた彼はとても紳士的に見えた。


 それに今更だが、彼はもう役を降りている。

 だから、申し訳ないけど何の脅威もない。

 レイは今の今までレイモンドの道を突き進んでいたので、忘れていたのかもしれない。

 だから彼の両腕の動きに対して、まるで無警戒だった。


「おい、お前。そこは!」

「あんた、何を……!」


 そんな言葉が聞こえても、レイにはピンときていなかった。

 だが、その後の彼の言葉には明らかな悪意があった。


「共に世界を導きましょう。邪神様?」


 その瞬間、レイの脇腹が刺激され、心臓が激しく脈を打つ。

 脊髄、延髄の神経回路が暴走する。


「お前……、そんなことをしても……」

「共に世界を滅ぼすのですよ。魔王様、いいえ、邪神様!」


 その言葉と同時にレイは身を低くした。

 牙が青く光り輝き、彼の様子がおかしくなったと皆も気が付く。


 今のレイは魔王と邪神の力を併せ持つ存在だ。

 この世界の誰よりも世界を破壊に導ける。


 無力になったが、そこに辿り着けたアズモデの執念の勝利だ。

 だから彼は右手を上に突き出した。


「やっと……。僕の思い通りになった。大逆転だね!」


 邪神レイの体が大きく跳ねる。

 彼の中で邪神の力が暴れ回っているのだろう。


「ぐ……がぁぁぁぁぁぁぁ」


 そして彼の背中から4本の腕がドシュッと音を立てて生えてしまう。

 しかも、魔王と邪神の力を持つ、だから普通の邪神ではない。

 アレはとんでもない力を持っている。


 だから、その圧力だけで力ない魔族は吹き飛ばされた。

 アルフレドもラビもフィーネもエミリもマリアもチューリッヒもレイの急激な変化の意味を即座に理解した。


「これ、レイが邪神化したってこと?」


 その言葉にアズモデは笑いが止まらない。


「そう!その通りさ。でも、やることは変わらないよ?張りぼての勇者様が邪神を倒してフィナーレを迎える。今まで通りだ。」


 ラビが6本の腕を生やしたレイに飛びついた。


「ご主人!ご主人!しっかりしてください!」

「魔族の君かぁ。君は彼の味方じゃなきゃおかしいよねぇ?なら、僕たちは運命共同体だぁ。邪神側が勇者、その仲間の誰かを倒せば、魔族の勝ち。それも一つの終わり方だしね」


 アルフレドたちが邪神の体を抑えに行く。


「そうはさせるか!レイは——」


 皆、あの現象は知っている。

 効果も知っている。効果時間も分かっている。

 そこまで長時間ではない筈なのだ。


 けれど、その一瞬で全てが終わる可能性だってある。


「レイ!レイ!しっかりしてください!」


 ソフィアが彼の牙を持って顔にしがみ付く。

 ただ、反射的に噛まれたのか、彼女の手が鮮血に塗れる。


「きゃ‼」


 ラビも投げ飛ばされて、地面に叩きつけられる。


「レイ!俺が分からないのか?いつだってお前は‼」


 勇者アルフレドさえ、掴まっているだけで精一杯だった。


「どう……して?」


 エルザも彼の変貌ぶりに膝をついていた。


 力が圧倒的に違いすぎるのだ。


 ただでさえ、過去のレイによって強化されていた邪神。

 そこに今のレイが加わり、過去最強の存在となった。


「アズモデだよ!あいつがレイを刺激し続けている!あれを止めなきゃ!」


 キラリがスコープでその姿を確認していた。


 でも、今は誰が敵で誰が味方か分からない。


 それに……、邪神であるレイは敵に認定されてしまうから彼女のミサイルが当たってしまう。


 でも……、このままでは仲間も死んでしまう。


「僕には分からないよ!もっといっぱいお話ししてくれるって言ったのに‼」


 だから彼女はミサイルを発射した。


「あ、ほんとに撃っちゃった。不味い!魔族のみんな、逃げて!」


 キラリは必死に叫んだ。

 でも、キラリ自身はその爆風に逆らって、アズモデに向かって走り出す。


「旦那!なんでラビを!」


 イーリも邪神を止めようとして、跳ね返された。

 彼は強い衝撃を受けたせいか、コウモリんになって、ぬいぐるみのようにポンっと地面を跳ねていく。


「レイぃぃ!!あたしが分からないの!?」


 エミリもソフィアと同様に顔にしがみついた。


「私と一緒に語り合うんじゃないの!」


 マリアも懸命にレイの足にしがみついた。


「あんた、いい加減にしなさいよ!」


 フィーネがアズモデを剣で攻撃するも、邪神がその動きを避けてしまう。


「最強だよ。僕たちは最強のコンビなんだ!」


 アズモデはずっとくっついていれば良いだけだ。

 すでに最強はこの手にある。


「世界はあるべき姿になるべきなんだよ。倒せないの?君たちぃぃ。じゃあ今の勇者は勇者じゃないんだねぇ。だったら僕らはやり直すべきなんだよぉぉぉぉ!」



 アズモデは笑っていた。

 全部台無しにしてしまえば、自分のミスが無くなる。




「これでいいのさ。これで全部うまくいく……」




 みんな仲良く一からやり直して、正しい勇者で正しいルートを歩めばいい。




「僕は正しいことをしている」



 彼だって人間や魔族同様、ちゃんと考えている。

 どうすれば良いかを考えている。

 ただ、考えていた方向が逆だっただけ。


 どうすれば、——より良い終わりを迎えられるか



 これで、僕は正しい役目を



 果たせるんだ。



 彼の口から笑顔が溢れた。

 頬も緩んでいるに違いない。



 大逆転勝利に勝る喜びはない。

 ねぇ、今どんな気持ち? 本当は聞いてまわりたい。



 ただ、今はちゃんと刺激し続けなければならない。

 だから、世界が終わる前に聞いて回るのだ。




 だからだろう。

 そんな彼の耳に、彼と同じように考えていた魔族の声が届いた。





 ……ねぇねぇ、今、どんな気持ち?


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