へっぴり腰な冒険者
流れるように宿泊の手続きをすませ、乙葉は部屋へと案内された。こじんまりとした一人部屋だが、掃除は行き届いているし落ち着いた雰囲気でほっと息がつけるような空間だった。
乙葉を迎え入れてくれた女性の名前はヘレン。元冒険者で、今はこの宿を一人で切り盛りしている。
「冒険者と言ってもEランク止まりだけどね」
元冒険者だと話した彼女は、少し照れくさそうに頬をかいた。
ヘレンの話は、この世界一日目の乙葉にとっては貴重な情報の玉手箱だった。
ロザクローは人間の国【ベルデルフィア】にある町であるためあまりお目にかかれないが、この世界には獣人やエルフ、妖精なども存在するらしい。
ベルデルフィアをでて、東に進めば獣人の国【リスターナ】、西に進めば妖精族やエルフの住む森【ヴェルディナ大森林】があるらしい。
どちらも冒険者ガード、あるいは商業者カード所持者なら、行き来は可能らしく夢が広がる。
ともあれ、今は目先の目標を達成しなければ。
翌日の天気は昨日と同じで快晴。準備万端の乙葉は、北門からでて広い草原に切り開かれるように伸びた一本道を歩いていた。
遠くに見える森は、歩いても歩いてもたどり着けず途中で幻覚でも見ているのだろうかと慄いたが無事に到着した。
本とにらめっこしつつ、依頼の薬草を採取し町へと引き返す。
低ランクの依頼なだけあってそれほどの金額にはならなかったが、これはこれで良い。無事に初依頼を達成した。
達成感にひたりつつその日はぐっすり眠り、その翌日から本格的に活動を始めた。
それからしばらくは、順調に簡単な依頼を受けていた。特に問題に巻き込まれる事も、怪我をする事もなく毎日黙々としっかり仕事をこなしている。
といっても、冒険者とは思えないへっぴり腰な乙葉は森の中心部へ行かなければ達成できない依頼は弾いていた。
森の中は隠れる場所も多く、必然的にモンスターの数も増えるのだ。
最初の依頼と同じような、森に入ってすぐ見つけれるような薬草採取などを中心に依頼を受けていた。
しかし、そんな依頼ばかりが存在するわけもなく。ついに森の中心部に行かなければいけない依頼ばかりになった。
いつかはそうなると思っていたがと乙葉は依頼ボードの前で愕然と肩を落とす。
「ビビらずやれと言う神のお告げか」
しぶしぶ、依頼ボードに張り出されて中で簡単そうなものを選んだ。今回も内容は薬草採取である。
お金になる依頼というのは、やはりモンスター討伐なのだが乙葉は見向きもしていなかった。
というのも、依頼には日数制限というものがあり、決められた日数を越えると自動で依頼は失敗という扱いになる。
依頼が失敗すると、自動で依頼書は依頼ボードへと戻っていくように作られているようだ。
仮に、モンスターを討伐したとしてもその期限がきれていると報酬はまったくない。悲しいことに。
モンスター討伐は、依頼達成の報酬が多く人気なことや、急を要する事が多いためその期限は短く設定させているようだ。
逆に薬草採取は報酬が少ないことや、急ぎでない場合が多いためその日数は長い。というか依頼ボードに残りがち。
モンスター討伐の期限は、討伐対象のモンスターにもよるが依頼を受けてから一週間から一ヶ月ほど。
薬草採取の期限は、急ぎでなければ期限はほぼない。
そんなこともあり、ゆっくりのんびりやりたい乙葉は毎日依頼ボードの薬草採取を選び続けている。
依頼が失敗しボードへ依頼書が返ってくるのを待っている大柄な男たちは、そんな乙葉を腰抜けだと指を指して笑った。
事実なので言い返せない。
しかし、乙葉はそいつらの顔をしっかりと覚えていた。乙葉は執念深く、怒らせてはいけない存在だと彼らが知るのはまだ先の話だ。
本日も北門から森へとやってきた乙葉は、意を決して森の中へと入っていった。
いつも薬草採取をしているエリアを通り過ぎ、前へ前へと足を進める。
薄暗い場所をイメージしていた乙葉だったが、実際の森の奥は思いの外明るく動きやすい。これ幸いと採取目的の薬草が自生している場所へと足早に進んだ。
ちなみに、町から出た瞬間に影から姿を現した小雪は、ピッタリと乙葉のそばに引っ付き辺りを警戒するように耳を立てている。
「なにか聞こえたら言ってね」
恐る恐る声をかける乙葉に、小雪は力強い返事をした。