町に到着しました
ぞわりと背筋が粟立った。何かまずいものに遭遇した時のような、体中から逃げろと警告を受けているような。
草を踏みしめるような音が聞こえ、ガサリと草陰から現れたのは見たことも無い生き物だった。ヒッと乙葉の口から悲鳴が漏れた。
鋭い牙を持った黒い毛並みの大きなイノシシだった。しかし、鬣が揺らめく炎のような朱色をしたイノシシを乙葉は知らない。そんな生き物は彼女が生きていた世界ではいなかったからだ。
これは間違いなくモンスターだ。
痛いほどに鼓動が早くなるのが分かった。いやな汗が背中を伝い、目の前のその恐ろしい生き物から目が離せないでいた。
そもそもモンスターだろうが、普通のイノシシだろうが危険な生き物なのには変わりがない。日本でだって野生のイノシシに襲われたというニュースが年に数回はある。
野生のイノシシに対峙した時ってどう逃げればいいんだ。パニックで正常に動かない脳内をフル回転させ、最良の道を導き出そうとする。
そんな中、乙葉の足元で威嚇を続ける小雪が恐れる様子もなく駆け出した。
「え、あ!?ちょ!!待て待て待て!!!!」
考えること一旦やめた乙葉が、小雪を追いかけようと一歩前に出た。あんなの体格差ですでに勝敗は見えている。
どう考えても死ぬって待てこの野郎!!と追いかけ手を伸ばした瞬間。小雪は甲高い遠吠えを上げ、黄色みを帯びた白い光に包まれた。
それは一瞬の出来事で、伸ばした手は引っ込みがつかないまま呆然としてしまう。
光に包まれた小雪は、なぜかがっしりとした四肢をした大きな狼へと姿を変えていたのだ。体長はおおよそ馬より少し大きいくらいだろうか。イノシシよりも大きな体へと変化した小雪は、野太い鳴き声を上げイノシシを攻撃し始める。
それからは早かった。
もう本当に一瞬だった。光の速さで、小雪はイノシシを仕留めた。
息絶えたイノシシの巨体が、横たわるのを見下ろしながら思う。あの恐怖に慄くシーン必要だった??
「小雪、改名するか??」
乙葉の横で、お利口にお座りする小雪はくぅ??と首を傾げペロペロと彼女の頬をなめた。小雪と言うか、今の姿はどっちかっていうと大雪。
小さくてふわふわなひよこにぴぃちゃんと名付けた後、凛々しいニワトリになったってあれ??なんか違うなと感じるようなあんな気分だ。
「ま、いいか。小雪よくやったえらいぞ~」
わしわしと頭や胸毛を撫でると、甘えるように擦り寄ってくる。大きくはなったが、可愛らしさは健在のようだ。
「さて、このイノシシはどうするか。アイテムボックスに入れる??やってみる??」
しこたま小雪を撫でまわした乙葉は、とりあえずアイテムボックスを紙に書かれていた手順で使ってみることにした。
浮かんだ魔法陣に、イノシシを入れる。文字だけにすると簡単そうだが、簡単ではなかった。重い。
「そんな筋力ねーよ!!これ持てる奴ってなんだ??人間やめてんのか!!」
片足を持ってみたが、動かすことも困難だった。そりゃそうだ、運動なんて昔からしたことがない。筋力は一般的成人女性よりもないだろう。
アイテムボックス使えなーーーい!!とやけくそで魔法陣をはたき倒した。すると何かが作動したように魔法陣がすっと動き、横たわるイノシシを回収し何事もなかったかのように戻ってきた。
え、成功した??
「使い方が理解できん!!異世界人間一年生なんでもっとわかりやすい説明を求む!!」
とりあえず回収が終わったので、やけくそついでにそのまま進むことにした。その道中に同じようなイノシシが数匹現れたがすべて小雪の一発KOでイノシシは大量にアイテムボックスへと吸収されていった。
人生イージーモードか!!ありがとうございます!!
乙葉は小雪を従えて道を進んで行く、そして歩くこと体感一時間やっと町が見え始めた。やけくそで進んでよかったようだ。
目的地が見つかると自然と歩く速度も上がっていく。あっという間に町の門の前にたどり着いた。
「うわぁ、凄い立派な門」
門の前には鎧を身にまとった門番が二人立っている。その横を通り抜け、ロザクロー(仮)に到着。と言う流れにはならず止められた。
「お、おいこのスノーウルフはなんだぁ!!」
騒ぎを聞きつけた数人の兵士に囲まれ、乙葉は困ったように頬をかいた。紙には行けとしか書いてなかったのでその通りに来たが、どうやら間違っていたらしい。
「小雪、お前スノーウルフなのか??」
初耳なんだが、なんとなく思ってはいたが子犬じゃなくて子狼だったのか??と首を傾げれば、乙葉の真似をするように小雪をも首を傾げた。
「こ、これはお前の魔獣か!?テイマーなのかお前は」
"テイマーなのか??私は"乙葉は考えた。
主従契約云々は確かに女神マリーナが言っていたが、貴女の職業はテイマーです!!とは言っていない。でもこの場合そういった方が良いのか、いやしかし……。
「あ、そうです」
いろいろ考えたが面倒くさくなったので頷くことにした。
「冒険者の身分証明書はあるのか??」
「いえ、あのこれから冒険者ギルドへ登録へ行こうかと」
一通りの説明を終えると、門番兵は持っていた書類にいくつか記入をし頷いた。
「なら一番最初に冒険者ギルドで、登録を行った後またここまで来てほしい。場所はこの大通りをまっすぐ進め、大きな建物だからすぐにわかるだろう。それから――」
テキパキと説明を終えた門番兵に渡されたのは、首輪とリードだった。冒険者ギルドの発行するギルドカードの提示がなかった場合、魔獣への首輪とリード使用は必須らしい。
小雪が暴れた場合、このリードと首輪で制御できるのかいささか疑問ではあるが必要な事かと頷く。確かに巨大な魔獣がリードなしは怖い。
皆さんすいませんとおとなしい小雪に首輪とリードを付け、門をくぐる。中世ヨーロッパ風の街並みが広がるロザクローに一人と一匹は無事到着した。