過去の魔術師たちの研究
それほど大きくない部屋には、ところ狭しと書物や緻密にメモされた紙の束。
部屋の中心に置かれた机の上には、柔らかい布に包まれた卵が1つ。
そしてそれを取り囲むように、椅子に座った3人の白骨遺体を発見した。
3人とも着ている服も周りも目立った汚れもなく、椅子に腰を掛けて、まるで卵を囲って談笑しているようにも見える。
普通ならありえない光景だ。異臭などはないし、肉が朽ちていく過程で服が汚れないなんておかしい。そもそも骨になった人間が綺麗に座った状態で発見されるなんて聞いたことがない。恐らくこれも魔法の影響なのだろう。
「この人たちは連れて帰ったほうがいいよね」
アイテムボックスに入れるのもどうかと考えたが、このままの状態をキープして遺跡を出るならばその選択肢しかない。
白骨遺体に合掌した乙葉は、その人たちをアイテムボックスへと送った。
「さて、後はこれだな」
積み上げられた本や資料に視線を向けた彼女は、重いため息をついた。積み上がったそれらの圧迫感がすごいのだ。
手当たり次第に本に目を通す。どうやらここでは宗教活動をしていたようで、信者の名簿やお布施金の金額まで事細かに記載されたノートが出てきた。
あの3人の内1人は教祖で残り2人は側近のようだ。
が、問題はここからである。
どうやら宗教活動は隠れ蓑で、その裏では人工的にモンスターを作る研究がされていたようなのだ。
彼らの目指す最終目標は、ドラゴンとブラックサーペントを結合させて最強のモンスターを作ること。
ポーションが一般的に流通している現在とは違い、当時はかなり高価で容易に手に入れられるものではなかった。
加えて回復魔法師もまたかなり少なかったようだ。となれば、ブラックサーペントを含め毒などの状態異常を起こすようなモンスターは当時かなり脅威だったことだろう。
彼らはもしかすると兵器のような最強モンスターを作り出し王様へと献上する気だったのかもしれない。
他国に攻め込むにせよ、他国から自国を守るためにせよ、かなりの脅威になるのには違いないからだ。
しかし問題なのはどう作るか。個体を手に入れるのは至難の業だ。そこで彼らは卵を盗み出し、それを結合させたキメラを孵化させようとしたのだ。
彼らのうちの1人の手記にはこう記載されていた。
1000.8.20
高額な資金が貯まった
時が満ちたのだ
我々の実験が日の目を見るのが待ち遠しい
1000.10.21
手始めに低級モンスターの卵で実験を試みた
結果は成功し、双方の特徴を残したキメラが完成した
しかし孵化して数日後に死亡が確認された
改良の必要あり
ペラペラとページをめくり読み進めていく。改良され実験は成功し、今度は孵化後に亡くなるという事もなくなったようだ。
ただこのキメラが外に出ると問題になると成長が確認できたモンスターはどれも処分され、なかったことにされた。
非情な話だ。生まれたモンスターにとっては彼らが親だ。ある日突然そんな親から刃物を向けられたモンスターの気持ちを考えると涙を禁じ得ない。
処分という表現に、乙葉は顔を歪めて目を閉じた。
その後も実験は成功し、ついに彼らは最終目標である実験に踏み出した。
ドラゴンの卵はたまたま行商人から高値で手に入れることが成功した。しかし資金が底をつき始め、困った彼らは信者のお布施金の金額を上げ始める。
しかし、話はそう簡単には進まない。実験に没頭するあまり今の今まで宗教活動を疎かにしていたことと、今回の突然金額を上げられたお布施金。ついに信者たちの長らく募らせていた疑心が確信に変わってしまった。
彼らは次々に退会してこの建物を去っていったのだ。
自分たちの犯してしまったミスに気づいたのはすべてが終わってからだった。後悔先に立たずもはよく言ったものだ。今さら後悔したところで意味はない。
1002.5.20
全ての信者がここを去った
資金が貯まらず思うように実験が進まない
後少しだというのに!!!!
文字の荒々しさから怒りや焦りなどが見え隠れしている。
彼らは焦ったことだろう。見るにお布施金に資金を頼り切っていた様だし、こうなれば後がない。
失敗すれば次の実験を行う資金はないのだから。
成果を出さねばと焦り、彼らは無理に行動を進めた。
資金の関係で手に入れることのできないブラックサーペントの卵を自ら取りに行こうとしたのだ。
しかし普段モンスターとの戦闘経験のない彼らが、冒険者でも危険視するブラックサーペントの卵を盗み出せるだろうか。
結果として、彼らは卵の入手に失敗した。それどころか毒の攻撃を受け重傷を負ったのだ。
そして不幸は重なる。逃げ出す彼らをブラックサーペントは執念深く追いかけ、転移魔法陣で逃げ帰ろうとした彼らとともにこの遺跡に転移したのだ。
絶望的な展開だ。彼らは何とか命からがら現在乙葉の居るこの部屋へと逃げたが、部屋の外にはブラックサーペントがいるのだ。
ここで毒によって死ぬか、外に飛び出してブラックサーペントに殺されるか。彼らは究極の2択を迫られていた。
1002.6.20
毒にやられ手の感覚もなくなりはじめた
このまま我々が死ねば、今は魔法で外に出れなくしているブラックサーペントが外へと出てしまい甚大な被害が出る恐れがある
我々は残り少ないこの命を使って、ここを封印することにした。神殿とブラックサーペントとこの卵と共に永遠に眠りにつく
手記はここで終わっていた。読み終わった乙葉は、アイテムボックスにその手記をそっと送り込んだ。
(自業自得だな)
掻い摘んで乙葉が伝えた内容を聞いた東雲はそう切り捨てた。
「……そう、だね。でもこの人たちにも良心があったんだね。最後は被害を出さないために自分たちの命を捧げたんだもの」
モンスターの命を軽んじた行いをしたのだから、自業自得だと言われても仕方ない。ただ、関係のない人を巻き込まないように最後の力を使い切った彼らを乙葉は自業自得だと切り捨ててしまえずにいた。
しかし、その考えを東雲は即座に否定する。
(本当にお主は、お人好しだな主よ)
「え」
(そいつらは本当に、関係のない人間を巻き込まないようにその選択をしたのか??考えてもみろ。そいつらは人を騙して金を集めていたのだぞ??大方自分たちの成果を横取りされるのが口惜しかったに違いない)
なんてことだ。そんな考えに至らなかった。
確かに彼らは自分たち中心の考えだった。どんな場面でも。
ならば、横取りされたくないと考える可能性もある。ここには膨大な量の実験結果の数々や高価に取引されているドラゴンの卵だってあったわけなのだから尚更だ。
自分たちの死後にそれらが他者に奪われ我が物顔で世に広められるくらいならと考えてもおかしくない。
乙葉は渋い顔を浮かべた。彼らは非道なだけではなくてちゃんと良心もあったのか!!と思った気持ちを返してほしい。
人間の汚い部分が顔をのぞかせている。見たくないがそういう部分が事実あるのが人間という生き物だ。
もしかすると、そういう嫌な人間の部分を彼は見てきたのかもしれない。
乙葉は何も言わずそっと東雲の背を撫でた。
被害を出さないためにしたのか、自分たちの研究を横取りさせるのを嫌がったのか。彼らがここを封印した理由は今となっては分からない。
ただ、彼らがここで必要以上の殺生を行ったのはまぎれもない事実だ。
それから作業はおおよそ1時間ほどかかった。それくらい膨大な資料の山に、乙葉は悲鳴まじりに手を動かした。なんとか終わった頃には疲労困憊していたのは言うまでもない。
「……よ、よし、終わった。……資料も全部OK、忘れ物なし、よし帰ろう」
資料を全部アイテムボックスに仕舞い込んだ乙葉は、机の上には置かれた卵をそっと抱き上げた。
「さぁ、帰ろう」
彼女たちが立ち去った後。あれほど圧迫感のあった部屋は、ガランとして物寂しい部屋へと変化していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
帰ったその足で冒険者ギルドへと向かった乙葉は、持ち帰った資料や手記をエルダーにすべて渡した。
どれも世に出すべきではないと勝手に判断したが、どうやらそれは間違いではなかったようだ。
「血肉を使った封印魔法ですか。……あれもこれも、どれもこれも禁術を使用してますし。それにこれは違法研究じゃないですか。およそ500年前ですから規制が緩かったんですかね」
重々しいため息をつきながら、額に手を当てるエルダーは苦虫を潰したような顔をした。
当時彼はこの地に生まれていたが、まだ母国に居て幼かったこともあり、当時のこの国についてあまり詳しくはないようだ。
ただ現在であれば極刑に処されるほどの犯罪で、昔のこととはいえ、この辺を管理する冒険者ギルドのギルドマスターとして彼はこれから報告書地獄が待っているようだ。
ぺしょぺしょと泣くエルダーに乙葉は少しばかり同情した。
封印魔法は術者の血肉を命を捧げることによって発動する魔法。
対象物の時間を止めて眠りにつかせる呪とも呼べる魔法で当時がどうかはさておき現代では禁術だ。
卵を結合させる魔法ももちろん禁術で、モンスターを結合させるのは違法研究というわけだ。
そもそも彼らは人を騙してお金儲けをしていたわけで、これは普通に詐欺だ。
となれば彼らの罪の数はどのくらいだろうか。数えたらきりがない。
「報告書のことはさておき、問題はこの卵ですね」
エルダーの視線が資料の山から柔らかい布に包まれた卵に向く。つられるように乙葉も視線を向けた。
「これ過去の乱獲によって今や絶滅したドラゴンの卵ですよ」
乙葉は卵を二度見をした。




