先へ進む
ブラックサーペントは元々細い瞳孔をより細め、二匹と一人の様子をうかがっている。
己の攻撃をいとも簡単に跳ね除けられたことに、警戒を強めたようだ。
互いに睨み合う展開となった中、乙葉は必死に最善の逃げる策を考えていた。
ブラックサーペントにはこれといった急所がない。どんな生物も首を切り落とせば死ぬ。それはブラックサーペントも例外ではないが、あの丸太よりも何倍も太い首を一刀両断できるものはそうそういない。
逃げるにしてもあの巨体から逃れるのは骨が折れそうだ。
「ど、どうにかして逃げないと」
パニックになって同じ事を何度も呟いてしまう。そんな乙葉に東雲は呆れたように振り返った。
(主よ。先ほどから思っていたが、何故逃げようとする)
「何故って倒せないでしょ!!あんなの!!」
Aクラス冒険者が束になってやっと倒せるようなモンスターを2匹と1人。いや、1人はカウントすることすらできないようなメンバーで倒すなど不可能だ。
乙葉の主張に、東雲はやれやれと首を振った。
(何を言うかと思えば、我ならば倒せるぞ)
「そうでしょッ!!倒せッ……え、倒せる??」
乙葉はポカンと口を開けたまま間抜けな顔をさらした。今、彼は何と言っただろうか。倒せる??ブラックサーペントを??冗談だろ??
東雲に後ろで主を守れと指示された小雪は、鼻先で呆けたままの乙葉を誘導した。
(さて待たせたな。お前がおると主が騒いで仕方ないのでな、早々に退場願おうか)
離れた場所に避難したのを確認した東雲は、ブラックサーペントに向き直った。その表情には不安など全くない。
じっと様子をうかがっていたブラックサーペントが攻撃を再び仕掛ける。ただ、東雲の風魔法でまた軌道を変えられ壁が犠牲となった。
またも攻撃をかわされた事に腹を立てたのか大きな口を開けて牙をむき出しにし威嚇するブラックサーペントとは、尻尾を動かし攻撃の準備を始めた。
勢いで押せとばかりに単純だが威力のある攻撃が一方的に続く。
しかし、それでも攻撃を受ける側の彼から焦りを感じることは微塵もない。
子供がじゃれつくのを軽くいなしている親のようにさえ見えてしまう。どう考えても東雲が優勢な状況だった。
(先ほどから単調な攻撃ばかりでつまらんな。そろそろ終いにしよう)
その一言を最後に、守りに専念していた東雲が動き出す。地を震わせるような雄叫びをあげ、魔法陣を展開させた。作り出された風の大きな刃が、ブラックサーペントの喉元に喰らいつく。そしていとも簡単に首を斬り落とした。
それはそれはあっさりと、まるで豆腐のような柔らかい物を切るようなほどあっさりと。
ドスンと頭が床に転がり落ち、司令塔を失った体が次いで床に転がり落ちた。まさかの展開に、乙葉は開いた口が塞がらないでいた。
いや、そもそSSランクのモンスターの彼からしたら、ブラックサーペント一匹を倒すことなど造作もない事なのかもしれない。
なんてことない顔で戻って来る東雲に、「お疲れ様です兄貴ッ!!」と雑魚な舎弟のような振る舞いをしてしまったのは無意識だ。
乙葉は横倒る巨体をとりあえずアイテムボックスにしまい込むと、顔を歪ませながら先に進むことにした。
「この先に、もっと恐ろしいモンスターがいたらどうしよう」
(いたらなんだと言うのだ??不安に思う気持ちが分からん。我がいるのだぞ、何が出ようとも主には指一本触れさせん)
男前な東雲に不意に撃ち抜かれたハート。乙葉はグハッと胸を押さえた。何処のイケメンだ、相手は獣型ではあるがトキメクではないか。いや、多分グリフォン界でも彼はイケメンだきっと。
「……まて、イケメンって死語だろうか??」
ブラックサーペントが破壊した扉や壁の所為で出来た瓦礫の山を慎重に登る。その先には石造りの部屋があり、床には魔法陣が薄っすらだが描かれていた。
ところどころ消えていて、もはや意味をなさない魔法陣は、その様子から恐らくブラックサーペントが床を這ったときに擦れたのだろうと考えた。
そもそもあのブラックサーペントはいつからここに存在していたのだろうか。謎は深まるばかりだ。
石造りの部屋は擦れて消えた床の魔法陣くらいで、とりわけ目立つものは他に何もない。なにかの儀式に使った部屋なのだろうかと消えかけた魔法陣を見下ろして、乙葉は首を傾げた。
その部屋にはもう一つ奥に部屋があり、警戒しながら扉の前まで移動する。今までの扉と違いかなり綺麗で、破損や劣化なども見受けられない異様な扉だ。
「ここだけ新しいの??それとも魔法でもかけられてるんだろうか」
(恐らくそうだろう。なにかの魔法のようなものを感じる。残念ながら今は効力を失っているようだがな)
乙葉は「いくよ」と小雪と東雲に声をかけ、意を決してドアノブに手をかけた。ひねると案外あっさりとドアノブは回った。
「……これって」
扉の先、目の前に広がる光景にゴクリと乙葉は生唾を飲んだ。




