◇とあるグリフォンの独白
我は、幼い頃より同族から忌み嫌われ育ってきた。人間がたやすく来れぬような最果ての森の奥に住まうグリフォンの群れの中で、我だけが真っ黒な羽根を持っていたからだ。
同族たちとは似ても似つかないその姿に、みな嫌な顔をしていたのを覚えている。
“暗闇を移した夜の色、気味が悪い”
“闇の色、孤独な色だ。明けぬ夜を、やつはこれから孤独に生きるのだろうな”
“きっと災いを運んでくるぞ、恐ろしい”
口を開けばそればかりだ。明けぬ夜を孤独に生き、孤独に死ぬ。その頃はまだ幼く、言葉の意味をはっきりと理解するまでに多少の時間はかかったが、幼獣ながらに大人たちにとって自分は良くないものだとは理解していた。
そんな我を、唯一忌み嫌わなかったのはその群れの長だった。長寿とされるグリフォンの中でも、かなりの年月を生きた彼女は、我の羽を見て綺麗だと微笑んだのだ。
(違うことを恐れるのは、どの種族でも同じやもしれぬな。人間もそうだった)
(大婆様は、人間にあったことがあるの??)
(そうさなぁ、随分昔のこと。人とともに野を駆け回り旅をしたものだ)
懐かしげに目を細め、楽しそうに話す彼女の様子を見て、我は人間に少しばかり興味が湧き始めた。どんな姿形をしているのだろうか、我とも話しをしてくれるだろうか。
大婆様はなんでも知っていて、彼女から話す人間の話を聞くのがあの頃は楽しくて仕方がなかった。
(いつか、人間と友達になりたい!!!!なれるかなぁ??大婆様)
(なれるさ。きっと出会えるよ坊のその羽をその姿を美しいと褒めてくれる子がね)
ニコニコと笑う長に、我は少々はしゃぎ過ぎてしまったと視線から逃れるように俯いた。ドキドキと胸が踊る。いるだろうか、同族から忌み嫌われた我に手を差し伸べてくれる人間が。
(いてほしいな)
言葉を大事に大事にこぼす。まだ見ぬ人間に思いを馳せ、その日の晩は夢の中に出てきた人間と旅に出る夢を見た。幸せだったのをよく覚えている。たかが夢の話だが。
しかし、楽しい日は過ぎ去ってしまった。大婆様が天寿を全うされたのだ。そうなれば、村で唯一の味方を失ってしまう。結果、我は村を追われ一匹で放浪することになった。
悲しいことはない。
人間との出会いが待っているかもしれぬのだから。そう自分を鼓舞して、世界を放浪した。空を自由に飛び、夜は大きな木の上でひっそりと眠りについた。
友達に、仲間になってくれる人間とは、いつ出会えるだろうか??明日だろうか??1年後だろうか??10年後だろうか??……待ち遠しいな。
しかし、現実は夢物語のようにうまくは行かぬのもだ。人間は聞いていたようなキラキラとし陽だまりのような暖かな生き物ではなかったのだ。
それは人間と初めてあったとき、痛感した。彼らは我と目が合うやいなや、鋭い刃物を向けてきたのだ。どの人間と接触を試みても結果は同じだった。
「このグリフォン、羽が黒いぞ??病気持ちか??でも討伐したらたんまり金が手に入るぞ!!!!殺しちまえ!!!!」
下品な笑みを浮かべた男。
「こんなモンスターが従魔なら、周りとの差がつくわ」
下品な笑みを浮かべる女。
「SS級モンスターなんてお目にかかれるなんてな!!でも、羽が黒いぞ??気持ち悪いな」
「グリフォンは羽が茶色だろ??なんだこれ変異種か??まぁ、どっちでもいいけどな。俺はお前を倒してSS級冒険者になってやるんだ!!!!」
出会う人間すべてが、我を殺そうと、無理矢理従魔として従えさせようとする。なぜ??なぜだ??人間とは、こんな生き物だったのか??
絶望と言えばいいのだろうか。信じていたものがグチャグチャに黒く塗りつぶされたような思いだった。暗闇の中に放り出された気分だ。
その時、ふと乾いた笑い声が溢れ出た。
………いや、そうではないな。勝手な理想で人間を美化していたのは他でもない自分ではないか。ブツリと自分の中で何かが切れる音がした。
もう、一匹でいい。
仲間などいらぬ。
そうやって絶望の中で生きていたら、100年も200年もあっという間に経っていた。
どこにいようと人間は嗅ぎつけてくるようで、何度も奇襲を受けた。とはいえ、人間が来れぬほど森の奥にまで行けば同族と遭遇する可能性も高くなる。逃げ場もない。
何度も、何度も、何度も、襲いくる人間を返り討ちにしてやった。楽しくもない、嬉しくもない、ただただ苦しく感じた。
滑稽な話だ。結局、大人たちが言っていた通りになったのだ。我はこの先も孤独に生き、孤独に死ぬ。ドロリとした感情が、重たく胸に溜まった。
そんなある日転機が訪れた。
人間から身を隠そうとするあまり、同族のテリトリーに入ってしまったようだ。複数の同族から攻撃を受け、深手を負った我はなんとか逃げ出し森に身を隠した。
ここで人間と出会ってしまったならば、今度こそ死ぬだろう。いや、もうそれでいいのかもしれない。暗闇の中で藻掻くのはもう疲れてしまった。
(ただ、もう一度あの空を飛んでみたかった)
自分の命が尽きるのを待つように目を閉じる。しかし、我が死ぬことはなかった。目を覚ますと眼の前には、ひどく顔を青くした人の子がいた。
手酷くやられた傷は見事に全て治っていて、聞けば人の子が直してくれたと言う。裏があるのかと探ってみたが、どうやらそうではないらしい。
変わった人間だと我は思った。今まで出会ってきたどの人間とも違う。
変わった人間は、治療の礼に空を飛ぶ姿が見たいといった。やはり変わった人間だと思いつつ、空を飛んで見せれば彼女はそれはそれはキラキラした目をして走り寄ってきたのだ。
そして彼女は言うのだ「すっごく綺麗でした!!」と。美しさについてひとしきり語り、はしゃぎすぎたと恥ずかしそうに視線を俯かせる彼女を見て、自然と笑みが漏れた。
この人間は、いつもの人間と違うのではないか。ふとそう思った。敵意は感じないし、先程の言葉も嘘とは思えなかった。この者となら……。
これで最後だ。これで最後にしよう。我ながら諦めが悪いと思いながらも、その人間に歩み寄ろうとした。幼獣の頃からの憧れは、やはり簡単には捨てきれなかったようだ。
ただ、話はこれでは終わらなかった。この人間は、それはそれは不健康な生活をしているそうだ。自己申告で語られた内容は、我でもわかるほどの不健康さだった。これはダメだ、こやつは一人にはしておけん。傍らにおる従魔は幼獣だ、彼女の不健康な生活に喝をを入れることはできまい。
我は流れるように彼女の、主の従魔になっていた。不健康な生活を送らせないためにも、しっかり見張らねばならぬ。それにこのお人好しな主があの汚く醜い人間どもの餌食にならぬように、我がしっかり守ってやらねば。
主は剣術は素人以下。魔法もよちよち歩きの幼獣よりも下手くそで、ゴブリン一匹見ただけで半泣きになりながらあたふたする。
頼りない主ではあるが、彼女の傍らにいるのはひどく心地よかった。今も魔法の特訓を行って伸びている主を見下ろす。
「し、東雲さん??スパルタ過ぎない??死ぬ」
(主よ、これでもかなり手を抜いているのだが)
「嘘だろ!?嘘だと言ってくれ!!」
彼女から贈られた我の名“シノノメ”と言う。その聞き慣れぬ少し変わった響きの名は、彼女の国で“夜明け”を意味するらしい。
明けぬ夜を孤独に生き、孤独に死ぬと言われた我に贈られた夜明け。暖かな陽だまりのような人間は、たしかに存在し出会うことができたのだ。
(………主よ、ありがとう)
「え??なんですか??その綺麗でツヤツヤの黒い羽をモフモフさせてくれるんですか!?」
(…………お主は筋力が足りておらんな。どうやら人間は筋トレなるものをするらしい。腹筋から始めるぞ主)
「う、嘘でしょ!?今から!?無理無理無理無理!!!!」
頼りなく、お人好しで、多少やかましくもあるが、それでも我は彼女の従魔になって良かったと心から言えよう。
◇とあるグリフォンの独白◇




