空を飛ぶ
どうするべきかと考えた。このまま、襲われたらひとたまりもない。
死にたいか、死にたくないかと問われたら大体の人は死にたくないと答えるだろう。乙葉も後者だ。
実際一度死んでしまった。その時は、生き返らずそのまま静かにと思っていた。
しかし、再び命を手に入れると厄介なことに死の恐怖は感じる。本当に人間という命ある生き物は厄介だ。
再び命を落とすことに、全身が嫌がり怖がっている。
だが、動揺する乙葉とは裏腹にグリフォンはどこまでも穏やかだった。視線を乙葉から逸らし自身の体へと向ける。
(……傷が。これを癒やしたのはお前か??人の子)
じっくりと自分の体を観察したグリフォンは、特に荒ぶる様子もなく。ただ静かに、乙葉を見据えた。
「えっと、はい。どこかまだ痛みますか??」
(いや、まったく痛まぬ。……礼を言う)
頭を下げるようなグリフォンの仕草に、乙葉は首が取れるのではないかと心配するほど首を振った。
「いえいえ!困ったときはお互い様ですし!!では、これで!!」
バクバクと心臓が動くのが妙にはっきりと感じていた。緊張からか、うまく歩けている気がしない。じんわりと額に汗が出てくる。
ゆっくりと歩くのは、相手を刺激させないためだ。逃げ出すものを捕まえたくなるのが動物の性質だと昔どこかで見聞きした気がする。
とりあえず何事もないように装って、この場から立ち去らねばと歩く乙葉の手と足は同時に出ていた。
どう見ても動揺しおかしな行動をとっている彼女に、グリフォンが待ったをかける。
ドキリと心臓が跳ね上がった。生きた心地がしないとは、この事か。
「なんでしょうか??」
ギギギっと油の切れた玩具のように、ぎこちなくグリフォンへ向き直る。
(まぁ、そんなに早く行かなくてもいいだろう。少し話をしないか)
こっちへ来いと呼ばれ、乙葉は聞き間違いかと自身の耳を疑った。
自身の近くに座るように促すグリフォンに、人間が近づくことを嫌い襲ってくるって話はどうした??と脳内がフリーズする。
「話、ですか??」
(昔から、人と言葉を交わしてみたく思っていたのだ。少しだけだ少しだけ)
グリフォンは、話をするだけだと獲って食いはしないと言い足した。
全然関係ないのだが、少しだけ話さないか??と笑顔で近寄ってくる話し好きの親戚のおじさんが脳内に思い浮かんだ。乙葉の父の兄にあたる人で、悪い人ではないがとりあえず話が長い。
おじさん、元気かなぁ。と乙葉は遠い目をした。
何を話せばいいのかと視線を泳がせる。グリフォンとは普段何の話をする生き物なのか皆目見当がつかない。
あの辺の木の実はちょー美味しいとか、あそこの人間は美味いとかだろうか。ついていけるかなと乙葉に一抹の不安がよぎる。
(人の子よ、お前は我が怖くないのか)
「え??…………怖いか怖くないかで言うなら!!めっちゃ怖い!!」
素直に、それは素直に大きな声で宣言する乙葉にグリフォンは目をパチクリとさせた。まさかそこまで素直に言われると思わなかったため、驚きが隠せないようだ。
フリーズして動かないグリフォンにやばい!!言ってしまったと乙葉は震えた。しかし、すぐに静まり返る森に笑い声が響いた。
笑い声の主は、もちろんグリフォンだ。
(ハハハッ!!そうか、そうか、怖いか!!)
これはどっちだ、どっちの笑いだ。豪快に笑うグリフォンに、乙葉は動揺して視線が泳いだ。
(怖いのに、助けたのはなぜだ??)
ひとしきり笑ったグリフォンは、特に怒る様子もなく
乙葉を見下ろした。純粋な疑問で、威圧などももちろんない。ただ気になって聞いた、そんな様子だ。
「貴方の声が聞こえたんです。もう一度飛びたかったって。なにかしたかったって思いながら死ぬのは辛いじゃないですか」
乙葉自身はそんなことすら思えないほど、あっという間に死んでしまったけど。きっと倒れて、自分が死ぬんだと悟る時間があったのなら、何も思わないとは思えない。
“あんな会社さっさと辞めて、新しい道を歩めばよかった。”
“親に相談すればよかった。一人で抱え込まずに、誰かに助けを求めれば違う未来があったかもしれない。”
“諸悪の根源である上司の顔を一発ぶん殴ってやれば良かった。”
“どこで、選択肢を間違えたのだろう。悔しい、悔しい”
そう感じながら、死んでいくのは辛い。
(だから、我を助けたのか)
「そうです。ただそれだけです。大層な理由もなにもないです」
ただの自己満足に近い。乙葉は、へらりと笑う。
(とどめを刺せば、お前の手柄になったかもしれんぞ??人から見れば、我らはSS級のモンスターだと聞く)
「いえ、そんなの求めてないので。私の目指す未来は、自分の畑を持って農業をしつつ、縁側で茶をすすることなので」
そう、それが目指す未来だ。この世界に来て、乙葉はある目標をたてた。前世は社畜として命を削ってしまったが、今度は何にも縛られずスローライフなんていいのではないかと。
何にもとらわれず、急かされず、ゆっくりのんびり生きる。現代社会で生きている人は一度くらい考えたことがあるのではないだろうか。
しかし、現状そんな資金はないため泣く泣く冒険者を続けているが資金が溜まったら農業とかしてみたいと思っている。
体力は冒険者を始めて前よりついたし、今なら疲れずにクワでもカマでもぶん回せる自信はある。
そういうわけで、凄腕冒険者枠なんてものは彼女には必要ないものだ。
そもそも、依頼にないことはしない。悪い事をする魔物は倒すが(小雪が)そうでないのなら、倒す必要はない。
それに、SS級のモンスターを狩りました!!なんてことになれば、危険地帯に送り出されそうだ。
本音を心の内で吐露した乙葉は、恐ろしいモンスターに囲まれる未来に顔を歪めた。
(ふむ。では、礼に従魔になれと??)
「いや、言いませんが??どこの命知らずですか、それは??」
乙葉は光の速さで返答した。
何度も言うがグリフォンは気性の荒く、そしてプライドの高い生き物だ。
そもそもこうやって話をしている事自体レア中のレアで、グリフォンに向かって従魔になれなんて恐れ多いことを言えるはずもない。
むしろ、そんなやついるなら見てみたい。乙葉はそんな馬鹿なことを言った人間が頭からパクリといかれる想像をして身を震わせた。
(……おい、人の子よ)
「なんですか??」
(人に借りをつくるのは嫌なのでな。礼をしたい)
「礼、ですか??」
(あぁ)
言われたことを繰り返す乙葉に、グリフォンが頷く。確かに、ここで借りを返したほうが後々なにか言われる心配もない。
後で、あのとき助けてやっただろ??なんてここぞというとき言われるのは確かに嫌だろう。
と言ってもだ、何も頼むことはないのだ。残念なことに。
んーとしばらく考え込んだ乙葉は、いいことを思いついたと立ち上がった。
「では、お礼をしてくださいグリフォンさん」
意気揚々と歩き出す乙葉に、小雪もグリフォンも首を傾げながら大人しくついていく。
彼女は草をかきわけどんどん前へと進んでいく。そしてついた先には、クリスタルボアと対峙したときのような拓けた場所があった。
(何をするというのだ)
辺りを一通り見渡したグリフォンは、首を傾げ乙葉に問いかける。それに返事をする彼女の目はキラキラとしていた。
「グリフォンさん飛んでください‼私飛んでる姿が見たいです!!」
グリフォンが羽ばたく姿など見ることは、前世の世界なら不可能、この世界でも珍しい事だ。見れるなら見てみたいと思う。
「空を飛んでもらうだけでいいですから!!」
食い気味に言う乙葉に、若干引き気味にグリフォンは了承した。その顔には“変った人間に助けられたものだ”と言う気持ちが滲み出ている。
(まぁ、良い。ではゆくぞ)
大きな羽が、空を羽ばたく準備を始める。羽を動かすことによって、辺りに強い風が吹き荒れる。そしてゆっくりとグリフォンは、空へと登っていった。
乙葉は風に揺れる髪をおさえながら、空を見上げた。きれいな青空の中、太陽の光を背にグリフォンは自由に羽ばたいていた。
黒い羽は、太陽の光を浴びきらめいている。美しく雄々しいその姿に、息を呑んだ。
空を自由自在に飛んでいたグリフォンは、少しするとゆっくりと地上へと降りてきた。そこへ駆け寄る乙葉の目は変わらずキラキラとさせていた。
(そのように喜ばれるとは、思わなかった)
ふっと笑うグリフォンに、我に返った乙葉は顔どころか全身が沸騰したように熱くなった。




