小さな違和感
「さすがです!!私の目に狂いはなかった!!」
ゴブリンの巣穴が冒険者たちによって除去され、町民や行商人たちに安堵のため息が溢れる頃。
乙葉は再びギルドマスターの元へ呼ばれていた。どうやら、今回の巣穴討伐での出来事の発端が乙葉であるとエルダーに知られたようだ。
ちなみにあのときの作戦は、小規模のゴブリン巣穴討伐の成功例として歴史に刻まれるらしい。発案者として名前を刻んでいいかと聞かれ、即答で乙葉は断った。
討伐の日に向けられた好奇心や嫉妬心にまみれた視線をまた向けられるのはごめんだったのだ。
「この件を本部に連絡して、ランクをーー」
「あげなくていいです!!!!」
また恐ろしいことを言い出しそうなエルダーを乙葉は必死に止めた。
今のランクより上になると、薬草採取はないに等しくなる。今でもすでにビクビクしつつ仕事をこなしているというのに、これ以上になれば心臓が持たない。
「ランク上げは違う機会に見送ってください。さもなくば冒険者を引退します」
「なんですって!?」
「引退します!!!!」
「どれだけランク上げたくないんですか!?吃驚ですよ本当に!!」
捨て身の主張に、エルダーは若干引きつつやめておきますと素直に頷く。
咳払い一つした彼は話題を切り替える。今日ここへなぜ乙葉を呼んだのか説明を始めた。どうやら、昇級の件で呼ばれたわけではなさそうだ。
「別に報奨金がでる??」
「えぇ、死者0はそれだけ凄い事ということです」
死者0という功績に、達成報酬とは別にギルドから報奨金が支給される。それを話を聞いた乙葉は素直に喜べないでいた。
正直言うだけ言って、やったのは自分ではないからだ。方法は伝えたが、自らの手で何かをしたわけではないので独り占めは気が引けた。
「その報酬は、あのときの参加していた冒険者の方たちの飲食費に回してください。私は何もしてませんし、貰うのは気が引けるので」
「はい⁉」
「ではこれで」
じゃっと片腕を上げ、早々に乙葉はギルドマスターの元を去る。その背を追うようにエルダーの叫び声が聞こえたが、聞こえないふりを決め込んだ。
冒険者達は打ち上げが好きな人が多い。というよりも酒が好きな人が多いため、きっと喜んでくれるだろう。自身の策にのって頑張ってくれた人たちへのささやかなお礼として受け取ってもらえると嬉しい。
そんなことを思いながら足取り軽やかに、乙葉は薬草採取の依頼を受け森へとやってきていた。
エルダーに呼ばれたついでに依頼を受けたのだ。
今日の採取は、アハルリ草という白百合のような花だ。アハルリ草は森の深い部分に自生しているが、場所は昔から変わらないため探すというよりは向かうという表現が正しい。
モンスターを警戒しつつ薬草などを探すというのも、神経をすり減らす事なのでその点は有り難い。
そうそうにアハルリ草をGETした乙葉は、ふと、顔を上げあたりを見渡す。森に入ってからずっと違和感を感じていた。今日は少し森全体が静かな気がするのだ。
微妙な差であるため、感じる人によっては「そうか??」と首を傾げるだろうが、ほぼ毎日この森に来ているとわかる。
それに、モンスターとほとんど出会うことなくここまで来れた事にも違和感を感じる。
「小雪、なんか今日は森が変だよね??」
そばに控える小雪に声をかけると、肯定するように吠え、しっかりと頷いた。やはり、乙葉の勘違いではなさそうだ。
森が静かということは、異常事態が起きているパターンが多い。
本来モンスターたちはそれぞれ縄張りを持ち、そこに侵入されると侵入者を襲う。
そうなれば、逆に森は騒がしくなる。しかし、例外は存在する。自分たちより格上のモンスターが現れたとき、彼らは息を潜めそのモンスターがいなくなるのを待つのだ。
ということはである。今、モンスターたちは恐ろしいモンスターから身を守るために息を潜め隠れているということになるのだ。
そうなれば、モンスターと出会わなかったことにも納得がいく。
ーー早く、町へ戻ったほうがいいかも。
ギルドで指示を仰ぐべきと判断した乙葉は、できるだけ音をたてないように足を動かす。
音によってそのモンスターに位置がバレるとまずい。
あたりを警戒する乙葉の耳に、どこからともなく声が聞こえた。
(………あぁ、もはやここまでか)
少し低い男性の声は、今にも命が零れ落ちてしまいそうなほどか細い。
「い、い今の声聞えた??」
びくりと肩を震わせた乙葉に、小雪はくぅんと小さな声で鳴き立派な耳を垂れさせた。
乙葉の言う声というものが、小雪には聞こえたかったようだ。
(どうせなら、もう一度空を羽ばたいてみたかった)
空耳かと疑った乙葉に、再び声が聞こえる。どっちだ??どっちから聞こえる??と辺をぐるぐると視線を動かす。
諦めたようで、諦めきれていない声。声の主は今どういう状況なのかわからないが、一刻を争う状態なのは声からわかる。
しかし、それが罠でないとも限らない。
「あぁああ、どうしよう。罠だったらどうしよう。死ぬかな??私ここで死ぬかな!?あぁああ!!いやでも行こう!!」
声は先程聞こえたものを最後に、何も聞こえなくなった。探す手がかりが聞こえなくなったが、何故か向かう場所がわかる気がした。
直感のようなもので、言葉では言い表せないがこっちだと誰かに呼ばれるように足が自然と動いた。
しかし、罠であった場合すぐに逃げれるように小雪のそばを離れない。前にもこんなとこあったなと遠い目をしつつ、こちらだと思う方へと進んだ。
いつも活動しているエリアよりももっと奥。長い草が行く手を阻むような場所。草をかき分けた進んだ先に、その声の主はいた。
長い草をなぎ倒すように倒れ込んでいたその正体は、傷だらけのグリフォンだった。鷲の顔と羽を持ち、ライオンの下半身を持つとされるモンスターだ。
しかし、本でよく見る茶色い羽とは違い、倒れるグリフォンの羽は夜の空を移したように真っ黒だ。本来なら美しい姿をしているのだろうが、今は赤黒い血が滲んで、痛々しい有様だ。
グリフォンの怪我の様子を見る乙葉の側で、小雪が唸り声を上げた。
忙しなく動く耳と、微かに聞こえる草を踏む音。
どうやら近くで複数のモンスターがこちらの様子を伺っているようだ。森が静かだった原因はこのグリフォンなのだろう。
「確か、この前奮発して上級ポーション買ったよね。それから中級ポーションとあとそれから」
下半身に負った大きな傷を止血するために上着を脱いで患部を押さえる。
ありったけのポーションをアイテムボックスから取り出しつつ、念には念を入れおいてよかったと小心者で心配症の自分にサムズアップした。
ポーションの偉大さに感謝しつつ、遠慮なく使っていく。
大量のポーションを使い、か細い呼吸が安定したのを見てホッと息をついた。とりあえずは大丈夫であろう。
乙葉はあたりを警戒してくれていた小雪にお礼を言いつつ、グリフォンが目覚めるのを待った。
休憩だと、乙葉は膝をついてグリフォンのそばに座った。
木々の隙間を飛び交う小鳥のさえずりに、目を閉じ聞き入る。
柔らかな風が、先程までの緊迫した状況で疲れた心を労うように頬を撫でた。
時折グリフォンの様子を見つつ、しばしの時間を過ごした。
そして、ふと目を開けた彼女は真顔で口を開いた。
「ーーいや、待って。目覚めたときに、いたら捕食されるのでは??」
このまま放っておくのも心配で、じっと経過を見ていたがそもそも相手はモンスターだ。
しかもグリフォンといえば、かなり気性も荒いと聞いたことがある。
どこかの国では紋章にも使われ、聖獣扱いされているらしいが人が側によることを酷く嫌い、近づくものには容赦しないとか。
やばいのではないか??と全身から変な汗が吹き出し、乙葉はさっと立ち上がると静かに後退りしようとした。しかし、時すでに遅し。
閉じていたグリフォンの炎のような赤い瞳と、バッチリ目があったのだ。
もはや、蛇に睨まれた蛙のごとく乙葉は身動一つできない。助けたモンスターに食われるのはBADエンドすぎる。
乾いた笑い声で喉が微かに震えた。




