抵抗虚しく
重症だった一人も渡した薬によって一命をとりとめたようで、冒険者たちは頭を深く下げた。四方八方から有難うございましたと何度もお礼を言われた乙葉は困ったように笑みを浮かべる。
こうして、成り行きでクリスタルボアを討伐した乙葉は翌日冒険者ギルドの応接室にいた。
正面に座るのは、金髪碧眼の美丈夫。謎の緊張感の中で自然と目が泳ぐ。ここへ呼ばれたのは恐らく昨日の件だろう。
「改めまして、お初にお目にかかりますオトハさん。私はこのギルドのギルドマスターをしておりますエルダーと申します」
絵画のように美しい笑みを浮かべるギルドマスターエルダーに、乙葉はぎこちなく頭を下げた。
「……あの、なぜ私はここへ呼ばれたんでしょう??」
「あぁ、そんなに警戒なさらないでください」
なぜと聞きつつ、乙葉の脳内には心当たりしかなかった。明らかに動揺を隠しきれない彼女に、エルダーは苦笑いを浮かべつつ落ち着くように促した。
「昨日のクリスタルボアの件ですが」
一旦落ち着こうと手を伸ばしたお茶のカップを盛大にひっくり返してしまった。ガッシャーンという効果音が付きそうなほど盛大にぶちまけられたお茶は、エルダーの魔法によって綺麗に片づけられる。
「すいません、すいません」
今しがたの粗相の件か昨日のクリスタルボアの件かもはやどちらの件に対して謝っているのか乙葉自身にもわからなかった。
なぜここまで乙葉がビビっているのかと言うと、昨日のクリスタルボアの討伐がもしかするとギルドルールの一部に違反している可能性があるからだ。
冒険者は依頼を受けモンスターを討伐したり、薬草を採取したり、護衛をしたり、あまりないが飼い猫の捜索や調査などをしたりする。
依頼遂行中に依頼を受けていないモンスターを討伐することはもちろん違反ではない。
しかし、他人が依頼を受け狙っていたモンスターを悪意を持って討伐してしまった場合、違反に当たる。端的に横取り行為とみなされるのだ。
昨日のあの状況から、その違反には該当しないだろうと考えていた乙葉だった。しかし今日ここに呼び出しを食らったため、違反と判断されたのではとビビりまくっているのだ。
ちなみに横取り違反は、依頼の報酬×二倍の金額の支払いが命じられる。それがものすごく嫌なのだ。
「やはり横取り違反に該当してしまったのでしょうか??」
「そのことを気にされていたんですね!!違います違います」
やっと乙葉の挙動不審の原因に気がついたエルダーは、慌てて首をふった。
どうやら罰金の話ではなかったようで、乙葉はようやく息ができる心地だった。
「では、なぜ??」
「まずは、今回のクリスタルボア討伐お疲れ様でした。今回の討伐のこともあり、冒険者ギルド本部に貴女のランク昇級を打診いたしまして」
「え??いや、でも倒したの私じゃないんですが??」
いいです万年Gランク冒険者で、という心の声が乙葉の表情に現れる。しかし、エルダーは気にすることなく話を進めた。
「本部から昇級の許可がおりましたので、貴女のランクをGランクからEランクに昇級されるためにお呼びいたしました」
「私、冒険者としての実力全然ありませんが??今回の討伐に関しても私ではなくこの子がやっつけてくれただけで」
影から様子をうかがうように顔を覗かせた小雪の頭を撫でつつ、乙葉は自分は昇級する実力はないと今一度つげる。
そもそも、今回の一件だけで二ランクも昇級などおかしい。
しかし、エルダーは今だににこやかな笑みを浮かべていた。
「では、昇級させますので冒険者カードをこちらへ」
「あ、やっべ話聞かないタイプの人だな」
乙葉は、真顔でツッコミをいれた。エルダーにさぁと手を出されるが、目をそらしそれを拒否する。
彼女が何故そこまで昇級を拒否したがるのか。実力がないと思っていることもだが、もう一つ困る事があるのだ。
依頼ボートにある依頼では、推薦ランクが自分のランクより下のものだと受けられない決まりがある。
簡単な仕事を高ランクの冒険者が取ってしまうと、駆け出し冒険者たちの仕事がなくなってしまう。それを防ぐための処置だ。
仮にここで乙葉が昇級すると、彼女は今後降格でもしない限りいつもの薬草採取ができなくなるのだ。
普通の冒険者は上を目指し、Gランクの薬草採取なんてやってられるかってんだーと早々に昇級したいと思うのだが、乙葉はGランクの危険が少ない仕事を毎日コツコツしたいタイプなため昇級に乗り気ではないのだ。
安全を考えるのなら、そもそも冒険者などやめてしまえばいいのだが、冒険者でもない人間が魔獣を連れているといろいろと面倒なことが多いのだ。仕方がない。
乙葉の小さな抵抗虚しく、冒険者カードのランクがGランクからEランクへと変更された。そのカードを見下ろす乙葉の目は死んでいた。




