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星の時  作者: tori
3/3

霧雨

「お父さん・・・・」


 霧のような雨が降り続ける、真昼の街道。ちょっとした旅にでたシュテルンは、街を出たとたんに見知らぬ少女に呼び止められて硬直していた。


 子供がいるかもという心当たりが全くないわけではないけれど、少なくてもその少女は10は越えてる。いくら何でもこんなに大きな子供はあり得ない。


 霧雨の街道で、すがるような瞳の少女と硬直したエルフが無言のまま見つめ合う・・・。端からみたらかなり妙な想像をしてしまいそうな状況でしばらく、ふたりは立ちつくす。


 (そうか・・・・)


 少女の右手の指に小さな安物の指輪がされているのを見つけ、シュテルンは気づいた。この少女が街で噂に聞いた子なんだ、と。


 


 シュテルン=シュトゥデが教会に連れてこられたとき、彼は「大きな赤ん坊」だった。


 外見は20を越えた青年にもかかわらず、言葉を話すことはおろか自分で食事をとることも、歩くこともできない。教会はそんな彼を暖かく受け入れた。


 その年最初のたんぽぽが咲いた日、シュテルンは教会の「子供」としての生を受けたのだった。


 


 「だからね、私はあなたの父親じゃないんですよ?わかります?」


 街道を北に進みながら、ついてくる少女に何回同じ説明をしただろうか。そして、何回同じ反応を見ただろうか。


 少女・・・フォン・・・は不思議そうに首を傾げ、シュテルンの事を見上げる。


 そして、右手の指輪を左手でくるくると回す。


 ・・・・噂だと、彼女の母親の形見だという指輪を。


 シュテルンは小さくため息をついて空を見上げる。あいかわらず、細かい雨が降り続けている。


 ・・・今回は危険な旅じゃ無いのだから、まぁ、いいかなぁ・・・・。


 


 シュテルンの最初のはっきりした記憶は、教会長に旅に連れて行かれた時の事だろう。


 連れて行かれたのは、一つの廃村だった。その後毎年行くことになった場所。焼け落ちた家とおびただしい数の墓が並ぶ所。


 そして、町はずれの小屋とそのそばにある一つの墓。


 なんだか怖くなって、悲しくなって泣き出したのを覚えている。


 そのときは、そこが何なのかシュテルンには分からなかった。


 


 雨に濡れないようにマントの中にフォンを入れ、シュテルンは歩き続ける。


 街で聞いた噂。


 町はずれの一軒家を襲った山賊たちのこと。乱暴を働かれ無惨に殺された夫婦と、それを目の当たりにしたその夫婦の子供。


 生き延びたのは乱暴をはたらかれ、気が触れた一人の少女。


 未だに父親を捜し続け、男たちにおもちゃにされる一人の少女。


 同じ様な境遇でも、環境が違うとこんなに違うものなのだろうか・・・。知り合いの少女を思いだし、シュテルンは想う。


 マントの下で、少女はシュテルンにしがみつく・・・。


 


 教会長は何を知っていたのだろうか・・・。シュテルンはそれから毎年、雪が降る前にその廃村を訪ねた。


 なにがあっても、それだけは欠かしてはいけないという教会長の教えを守って。


 今でこそそこで何があったのか、どうしてそこに行かなければいけないかということも想像がつくようになってきた。


 それでも、まだ、シュテルンは何も知らない・・・。


 


 街道からはずれ、人が通らなくなって久しい細道を進みながらシュテルンはフォンに話し続けた。自分のこと、仲間のこと、教会のこと、好きな人のこと。今日の天気の話、明日の天気の話。旅をしていた間に見てきた街や人の話、いつか行こうと思っている街の話。


 たあいの無い話が少女の壊れてしまった心に少しでも栄養になるように。


 その甲斐があったのだろうか。話を聞く少女の顔に時々笑みがこぼれるようになり、しだいに、少しずつ自分から口を開くようになり始めた。


 (この子は、まだ大丈夫だ・・・)


 シュテルンは、少しだけ救われた様な気がした。


 


 教会にはシュテルンの他にも数人の孤児がいた。年齢も人種もばらばらな孤児たちの中でもシュテルンは特に目立った存在で、街の子供たちや心ない人たちにいじめられる事も多かった。


 青年の姿をした子供は、子供として扱われない。それでも、一人だけシュテルンを守ってくれたのがエレンだった。


 シュテルンの「小さなお姉さん」は、いつも彼の事を守ってくれた。エレンがシュテルンを守ったのは子供心からくる優越感によるものだったのかもしれない。それでもシュテルンにとってエレンは大切な存在だった。


 そして、年月が過ぎエレンは大人に近づいていった。エルフであるシュテルンの外見は昔のままにもかかわらず。


 自然につきあい始めた彼女と別れたのは、怖くなったから。「小さなお姉さん」はシュテルンに追いつき、いつかは追い越していく。


 いつかくるはずの日を見たく無かったから。逃げてしまえば、少しはその恐怖が薄らぐような気がしたから。


 人を好きになる事を怖れているのに、また人を好きになっていく・・・。今回旅に出たのは、いつもの決まり事だからだけではなく、なにかから逃げ出したかったからなのかもしれない。


 


 夕暮れ前に、シュテルンたちは森の奥にある廃村にたどり着いた。


 「・・・ここが目的地なんですよ・・。」


 不思議そうな顔をしてフォンはシュテルンを見上げる。


 「なにもないよ?お父さん」


 「ええ・・・・なにもありません・・・。」


 毎年ここを訪れたという事以外には、想い出すらない人の住まぬ村。すでに民家のあとすら判別するのも難しいほど荒廃してしまっている。


 教会長とシュテルン以外にここを訪れる人はいるのだろうか・・・?


 (そいえば・・一度だけエレンを連れてきたことがありましたね・・・)


 あたりの草むらに埋もれた墓に祈りを捧げ、さらに村跡の奥へと歩を進める。


 「奥の方にまだ、一軒だけ小屋があります。今日はそこで休むことにしましょう」


 暗くなり始めた荒れ地に最後にさしこんだわずかな光が、濡れた草をかすかに光らせた。


 


 自分が教会に連れてこられる前、自分は何者で何をしていたのだろうか。失われたおそらくは200年分はあるだろう記憶。シュテルンも昔はそれを悩んだ。


 知っているのは、春のはじめのある日、教会長が自分を教会に連れてきたと言うことだけ。


 教会の僧侶たちが連れてきた色々な医者や術者が自分の記憶を取り戻させようと試みたこともあったらしいのだが、分かったことはシュテルンには思い出す記憶すら無いことだけだった。


 どういう力が加わりシュテルンの昔が失われたのか。それすらも分かることは無かった。


 なにかを知っているはずの教会長は誰にもなにも語らず、いつしかシュテルンもそのことについて問いかけるのをやめた。


 ここに、なにかがあるということに気がついたから。


 


 夜半すぎ、何かの気配にふと、シュテルンは目を覚ました。


 消したはずのろうそくが赤い光を発し、人の住まなくなって久しい荒れた小屋の中をゆらゆらと照らし出している。


 「・・・フォン?」


 ゆっくりと上体を起こしながら少女をさがす。


 目に映ったのは、シュテルンのそばに立つ全裸の少女だった。


 安物の銀の指輪が、蝋燭の光を反射して妖しく光る。


 「シュテルンさん・・・。」


 まだ大人になりきれていない体をすりよせるようにしながら、シュテルンの首に腕をかけ抱きついてくる。その瞳は、気の触れた少女のものではなく、女の色を帯びていた。


 一瞬動揺しかけたシュテルンは、やっと気づいた事実によって冷静さをとりもどした。


 (・・・・そうか・・・・。)


 フォンは狂ってなんかいない。ただ、生きるためにこうしてきたんだと。ぬくもりを与えてくれる両親を失い、ぬくもりを求めてこういうふうに生きているのだと。  


 自分の行っていることの意味すらよく分かっていないのだろう。ただ、こうすれば食べ物を得ることができると。こうすれば一時でもぬくもりを得ることができる。そういうふうに覚えてしまったのだろう。


 頬を こびるようにすりつけてくる少女をシュテルンは思わず力一杯抱きしめた。


「フォン・・・。もう、こんな事はしなくていいんだ。」


 驚いたような少女の顔をシュテルンは見ることができない。


「いいんだよ。フォン・・・。私が君のお父さんになってあげるから・・・」


 自然にその言葉が出てきた。


 頬をつたう涙に少女は気がついただろうか? 


「だから、もう・・・いんだよ・・・」


 虫の声すらしない廃村に、少女の泣き声が響き渡った・・・。


 


 「失うことがイヤなら、絶対に手放すな!!」


 あの日、あの店で、誰かが言った言葉。自分に投げられかけた言葉では無かったが、シュテルンの胸を突き刺した。


 でも、いつかは失うのですよ・・・。シュテルンには、手放さないでいる方法が解らなかった。


 逃げるのは卑怯だと、逃げてはいけないのだと思っても、人として育てられてきたシュテルンにとって無限に近い寿命は重荷になっていた。


 だから逃げた。そして、今も逃げようとして旅にでた。


 逃げ続けてはいけないとわかっているのに。


 


 「シュテルンさん!!もう朝!!」


 ゆさゆさと揺さぶられて目を覚ます。いつの間に眠ってしまったのだろう。寝ぼけまなこで、そばにいる少女に話かける。


 「・・・お父さんでいいですよぉ。」


 「だって、逆に恥ずかしくなっちゃったの・・・」      


 微笑みながらフォンは言う。この少女が本当に明るさを取り戻すまではまだまだ時間がかかるのだろうが、それでも、昨日より自然で明るい笑顔を見れたことがシュテルンには大変うれしいことに思えた。


 「まぁ、ゆっくりでいいですよ。フォン。」


 壊れかけのベッドからおり、フォンの横に立つ。「顔でも洗いに行きましょうか。確か、ここの裏に井戸があったはずです。」


 「は~い!!・・えっと・・お父さん・・・」


 ぎこちなく答えるフォンと並んで小屋をでる。雨こそ降っていないものの、今日も曇りの様だった。


 (この子連れて帰ったら、みなさん驚くでしょうねぇ・・)


 はしゃぎだしそうなのを押さえながら前を歩くフォンをゆっくり追いかけながら、帰った時のみんなの反応を想像してシュテルンは少し微笑んだ。


 (・・・・なんか・・絶対にひどい言われかたもするんだろうなぁ・・・・)


 絶対に「自分の好みに育てる気なんだろう」とか言われるような気がして、頭を掻く。そういえば、確かに将来美人になりそうな顔立ちをしている。


 (まぁ、しょうがないよなぁ・・・・)


 ぼっと考え事をしながらゆっくり歩いていたシュテルンより先に、井戸を見つけたフォンが大きな声で呼び声をあげる。


 「そんなに大きな声を出さないでも聞こえますよぉ~!」


 「娘」の元に駆け寄ろうとしたその時・・・・。


 銀色に鈍く光る何かが、フォンの背を貫いた・・・・。


 


 シュテルンが旅にでたのは、戦乱の世界で人々が何を考えているのかを知ろうと思ったからだった。戦い続ける敵も味方も、巻き込まれる人々も、何かを感じ、なにかを考え、何かのために戦う。


 それを知ることで自分にも人々のためにできることが見つけられるのではないかと思って教会を出たのだった。


 だから、戦いの場で、昨日まで平和だった村で、人々が死んでいくのを見なければいけない時が来るのも、覚悟していたはずだった・・・。


 


 「!!!」


 駆け出すシュテルンの視界の中でゆっくりとフォンが倒れていく。


 (どうして!!)


 何が起こったのか理解できない。


 「フォン!!」


 視界の端に弓を構えたコボルトが写る。


 完全に倒れる寸前でフォンを受け止める。背から、胸から吹き出す赤いものがシュテルンの法衣を染めていく。


 (くそっ・・・・!!)


 フォンを抱きかかえたままコボルとをにらみつける。・・・頭の中の冷静な部分が壊れていく音が聞こえるような気がした。


 「乱牙風撃!!・・・鳳仙花!!」


 空中に現れた無数の光の矢が、コボルトを撃つ。しかし、シュテルンはその結果すら確認せずにフォンをその場に寝かせた。


 矢は完全に背から胸に貫通し、おびただしい量の血液が流れ出してる。


 誰かが言う。もう、間に合わないと・・。


 「・・お父さん・・・・・・?私・・・・?」


 「しゃべるな!!!」


 腕の中の少女の命の光が消えていくのがはっきりとわかる。


 シュテルンはそれにかまわず一気に矢を引き抜き、同時に回復魔法を使った。


 みるみるうちに傷口がふさがっていく・・・。だが、光が戻る気配はない・・・。


 続けて回復呪文を唱える・・・。効かない・・・・・。それでも、もう一度唱える・・・。もう一度・・もう一度・・・・・・・。


 「いいよ・・お父さん・・・・・。無理しないで・・・。」


 フォンは微笑みながら言った。


 「私、シュテルンさんに・・・お父さんにあえただけで、もう、いい・・」


 どこか大人びた、あきらめの微笑みを浮かべながら、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。


 「本当だったら、あのとき私も死んでいたのだもん・・・。きっと神様がお父さんに会わせてくれるために今まで生かせてくれたのよ」


 苦しいはずなのに、そんなそぶりは全く見せずに最高の笑顔を見せながら、ゆっくりと、はっきりと言葉を続ける。


 シュテルンには、もう、何も答えることができなかった。


 フォンは震える手で指輪をはずし、シュテルンの手に押しつける。


 「ね、これお父さんにあげる・・・・・・・・」


 「だから・・・・・・・・・・お父さん・・・・・・・。私のこと覚えていて・・・・・・・。きっと・・・・・・・・・・」


 そして・・・。静かに冷たくなっていった・・・・。


 


 初めてこの廃村に来たときの事でもう一つシュテルンが覚えていることがあった。


 それは教会長の言葉。普段よく話してくれる教会長がここに来たときは口数少なく、それも怖かった様に覚えている。


 村の奥の一つの墓の前で教会長は言った。


 「シュテルン。覚えておきなさい。君にはもう逃げると言うことは許されていないんだ。つらくても、さびしくても、それを忘れてはいけない。


  君はほかの人と違う苦しみを知ることになる。そのかわり、他の人にはできない事もできるんだ。


  それを忘れないで。いつか辛くなった時が来たら思い出しなさい。そして考えなさい。


  そう、この言葉と、私のことを覚えていて下さい・・・・・」


 答えは、ずっと昔に与えられていた・・・。


 


 小屋の横にある墓が二つに増えた。


 フォンを埋めてから、どれくらいの時間シュテルンはその前に座り込んでいたのだろう。


 一晩だけの彼の娘は、あっという間にシュテルンの前から去っていった。思い出すらほとんど残さずに。


 「もう・・・忘れませんよ・・・・」


 そっと、誰かに向かってつぶやく。


 この村もあと何年もしないうちに完全に朽ち果てるだろう。フォンとすごしたこの小屋も、いつかは土に帰るのだろう。


 だから、シュテルンは自分ができることを、自分がしなければいけないことに気がついた。


 帰ろうと思った。自分の帰るべき日常に。全てを自分の内側に刻み込むために。


 ゆっくりと立ち上がり歩き出す。手には安物の銀の指輪を握りしめて。


 彼の妻と娘の墓を後に、今、彼が帰るべき場所に向かって。


 


 いつもより少し早い初雪が、ゆっくりと舞い始めた・・・。

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