楽園
何の声もしない・・・。何の香りも無い・・・。目に映るは永遠に続く翠の闇だけ・・・。
足下に感じるはずの大地すらなく、ただ、自分を抱きしめる腕の感覚だけが私を保つ・・・。
時間を感じる術もすでに失い、ただそこにあるだけの存在となった私に、どうしてまだ私が残っているのだろうか?
消えてしまうことも、蝕まれることもかなわぬままに。
永遠に続く翠の楽園で・・・。
幼い頃から感じ続ける叫び。
どこか遠くで。どこか近くで私を呼ぶ声。それは次第に狂気の叫びとなり、いつか静かになった。
でも、まだそこに居るのを私は知っている・・・。
母がいつそこに行ったのか、私は知らない。
父の時、私はそれをこの右目で見つめていた。
私を拾ったあの人は、私の右目を見て逃げ出し、そして両親と同じ所に旅だった。
人をペットの様に扱ったあいつは、未だに笑い続けている。
もう、聞きたくない。私の中で壊れていく声を。もう、見たくない。私の中で蝕まれていく姿を。
もう・・・・知りたくない・・・。私を置いて私の中で閉ざされる人を・・。
その瞳の意味を知ったとき、私は目眩を感じた。
「楽園の翠晶」。
死も苦しみもない永遠の楽園。
神すら逃れられぬ、永遠の牢獄。
生まれながらにそれを持つ少女。
楽園からの声は、それを持つ者には聞こえるという。彼女は、それを聞き続けたと言うのだろうか?
私はそれを封じた。恐ろしかったのかもしれない。
瞳がではなく・・・。それが少女を壊して行くことが・・・。
姉が教会に来たのは、私が6つの頃の話。
朱の文字により封じられた右の瞳と、何も見ていないような暗い左の瞳。
幼心に、恐怖を覚えた。
「ねぇさん」と呼べるまで、どれほどの時間がかかっただろうか。明るくなった姉の胸に、ずっと沈んでいる物がある事に気づいたのはいつだっただろうか。
私が姉を守ってあげないといけない。いつか彼女を守る人が現れる時まで。
恋に限りなく近い、姉への愛で。
もう・・・まともでいる時間の方が少なくなっている。楽になってきた。
こみ上げる笑い。それが自分を感じさせる。
私の赤ちゃん・・・可愛い赤ちゃん・・・・
ふふ・・ふふふふ・・・・
死ねない・・・まだ死ねない・・・・
舌を噛みちぎり、自らの手で自らの胸を引き裂き・・・
血は流れ、痛みを感じることが出来ても・・・・まだ、死ねない・・・・
娘の顔だけを覚えている。自分の名すら忘れたというのに。
空白の心に、娘の顔だけが踊る・・・。
ずっと、さみしさを感じていた。
ずっと、寂しさを感じている。
一人で居る苦しさが、右の瞳から伝わり続けるから。
一人で居る私が、左の瞳に映るから。
だから、誰かにいてほしい。ぬくもりを感じ続けたい。
それが、今このときだけの幻でも・・・・・。
レイナが旅に出た日、彼女は一人だった。
そう、彼女もまた、遠い捜し物を見つける旅に出る・・・。