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星の時  作者: tori
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星の時

ふと、足を止め、あたりを見渡す。小鳥の羽ばたきと、木々の葉が語り合う音以外には何も聞こえない。


 自分が、何から逃げているのか彼にはまだ分からなかった。それでも何かから逃げるように彼はまた、走り始めた。


 起伏の激しい森の道無き道を、木々の切れ間から漏れてくる陽の光と冷たい風をわずかに感じながら、どこに向かっているのかもわからないままに・・・。


 


 


 「星の炎」。彼にその名を与えた村は、もう存在しないのだろう。


 妖精の血を引くエルフ達はその滅びの運命を知りながら、甘んじてそれを受け入れていたのだから。


 緩慢な滅びの中にただ存在するその村でうまれた彼は、ある意味、滅びそのものだったのかもしれない。


 何も語らぬ大人達。笑い声を知らない子供達。


 風と陽の光だけを話し相手に、「星の炎」は大人達と同じように緩慢に「滅びて」いった・・。


 


 彼が村を出たのにも、大した理由が有ったわけではなかった。


 わずかな情熱を残した仲間達が自らの生きる場とする人間の世界。それがどういうものなのかを見てみよう。そう、何気なく思っただけなのだ。


 


 人と言うものを、彼はまったく理解することができなかった。


 わずかな時間の中で泣き叫び、笑い狂い、滑稽なほどあっさりと居なくなる。


 愛だの戯言を語った次の瞬間に、その手を血に染める。自らがここに居るために命を奪っていることにすら気づかない。


 何を、どうわかり得る方法が有るのだろうか?


 だから「星の炎」は、人の中で、ただそこに居るだけの生き方を選んだ。


 


 いつの間にか、彼のそばには一人の少女がいた。


 人里からつかず離れずの位置に小さな家を構えた彼のところに、彼女が来るようになったのはいつのことだったのだろう。


 物言わぬ彼のそばから彼女は離れず、カラスよりうるさくさえずり続ける。


 それでも星の炎は、ただ、そこにいるだけであった。


 


 「星の炎」にとって短い時間でも、少女にとっては長い時間が過ぎ、少女は大人へとなっていく。


 なぜ、彼女がそばにいるのか。彼にはとても理解できなかったし、それはもう、どうでもいいことだった。


 ただそこに有るだけの彼にとって、彼女は些細な変化でしかなかったのだから。そう、すぐに居なくなるのだから。


 「あなたって、少しかわいそうだと思うの」


 ただ、ある日そうつぶやいた彼女の言葉が、なぜかいつまでも忘れられなかった。


 


 だから、彼女が「星の炎」の妻になるとは、思っても居なかった。


 彼にしたらいつの間にかそうなっていた、という程度にしか感じなかったのだが。きっと、村では色々あったのだろう。


 わずかな荷物をもって押し掛けてきた彼女を、何も言わずに受け入れたのはなぜだったのだろうか。


 まだ、彼には分からなかった。


 


 結局、彼女は「星の炎」が思っていたより早く居なくなった。村への買い出しから彼女は、その背に醜い大きな傷跡を背負って帰ってきたのだ。


 なにがあったのかを聞くいとまもなく腕の中で冷たくなる妻を、彼には呆然と見送ることしかできなかった。


 最後にこう言い残し、彼女は去っていった。


 「お願い。忘れないで」 と。


 


 不思議だった。


 初めて味わう本当の喪失感を、彼は理解できなかった。


 それが何か分からないまま、彼は村に向かった。なぜ、そうしたのか彼には分からない。


 彼は村人を殺した。なにか分かるかもしれないから。だが、それでも彼には分からない。


 子供も殺した。あのころの彼女に似た少女も。やはり彼には分からない。


 彼は傷ついた。怒りおびえた村人の手で。自らの血を見てもなお、分からない。


 そして、村に火をつけた。ただ一人も生き延びることのできない魔力の炎を。


 しかしそれでも、彼には分かることができなかった・・・。


 だから走り出した。そのわけすら分からなかった。  


 


 


 気がつけば、走り疲れた「星の炎」の前に一人の男が立っていた。


 常闇の色のマントを羽織り、同じ色の帽子をかぶったその男は、静かに、強く彼に告げる。


「過ちを犯したものよ。自らの心を封じ続けた炎よ。もう、お前はその火を隠し続ける必要はないのだ」


 やっと、何かが分かってきたような気がした。


「悲しみを知る星よ。悲しみから逃げ続けた星よ。おまえはその涙を流すことが許されたのだ」


「だが、その罪は消えない。そしてお前は、その罪の意味を今知った」


「星の炎」は、そっと天を仰ぐ。月の滴は、全てのものに等しくふりそそぐ。


「お前の罪を、私が遙かな時の果てまで預かろう」


「そして、それがお前に与えられる罰なのだから。」


 マントの男が静かにかざしたその手の中に、小さな明かりが灯り、「星の炎」から何かが抜け落ちるのと共に大きくなっていく。


「お前の罪は人を殺したことではないのだ・・。全てを・・もう一度はじめから・・・」


 薄れゆく「星の炎」が最後まで手放さなかったものは、妻の、最後の言葉だった・・・・。


 


 


 「どおも~。こんばんわぁ~~」


 いつも通りの間の抜けた声をあげながら、シュテルン・シュトゥデ・・・・「星の時」は愁宴亭の扉をくぐる。


 人とふれあうことを教義にする神に仕える僧として、今日も彼は笑い続ける。昔に居た妻のことなど何一つ知らずに。


 それが、彼に与えられた救いと、罰なのだから。

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