秋
すっかり涼しくなった山間の駅。
周りの木々の葉っぱが色づいてきた。
綺麗、と思って見てたら……カサッ、と落ち葉を踏む音が。
トラ君?と思ったら、
わ、鹿だ!
うわー、まだ小鹿だよ。小さい……するとその横をトラ君、われ関せずでテチテチ歩いて来た。
珍しくもないよって顔で。
秋。紅葉の季節。
そして食欲の秋でもある。
さぞや美味しいものが沢山とれるんだろうなあと思ってたら、まだその季節は先ですって。
だよねー。柿の木が駅から見えるけどまだ少し青い。
あれ、食べられるんですか?と聞いたら、駅員さん、全然いけますよって。
猫君、柿の木をじーっと見てる。さては狙ってるな?
柿の実が、少しずつ綺麗な色に。トラ君待ちきれないのかホームにテチテチ。
器用に首だけあげて見てる。
うーん、まだまだ早いよ。今齧ったら渋いぞう。トラ君。
やがてトラ君、どしっ、と駅のホームの上に寝っ転がった。ん?ここでお昼寝?
まさか柿を見張ってるとかっっっ。
そんなトラ君の鼻の上に、こつん、と何かが落ちてきた。
トラ君、びょん、と飛び起きる。
あ、どんぐりだよトラ君、ほら。
トラ君、キョロキョロしてる。上だよ上。
するとまたどんぐりが降ってくる。ぽすん、とふかふかの茶色の毛皮に、黄金色のドングリ。
よく見ると駅のホームに一杯、宝石のように散らばっていた。
秋だなあ。
涼しくなってきた駅の構内。
トラ君、いつもの指定席でウトウト。
まー、肉球伸びきって油断しきっとる。よほど夏の間のセミ攻撃が疲れたと見えるナ。
と、そんなトラ君をじーっと見つめる女性の姿が。
手にスケッチブック持ってる。
絵描きさん?
「あ、はい。まだ無名ですけど゛」
はにかんだように言う彼女。現役美大生なのだそう。
ほほう、ちょっと描いた絵見せてくれます?
恥ずかしそうに見せてくれたスケッチ。
そこにはたくさんのトラ君の姿が。
沢山描きましたねー。
「はい、ここの猫が面白いって聞きまして」
確かに面白いですね。
と話していたら、トラ君覚醒。
はっ、とした顔でこちらを見た。
あ、起きた。
寝起きの顔だ……そんなトラ君がスケッチブックを持つ彼女を見た途端、きりっとした顔に!
前足をもそもそと体の下に押し込んだ。
はい、描いて!って感じ。おめめもぱっちり。
私も、その彼女も思わず笑ってしまった。
秋が深まって、少し朝晩冷えるようになってきた。
となると、
やってくる。果物狩りの季節。
ミカン狩りやら栗拾いやら。
となると、
学校の遠足の季節。
狭い駅のホームには、黄色い帽子がわんさか。
はーい、今からいきますよーって先生が声をかける。
――君ら、どこから来たの?
「麓の街からー」
「今日は栗拾いいくねん」
「ちがうで、ミカン狩りやで」
う、うん、まあどっちでもいいけど、
小さいリュックはまだぶかぶかしてるけど、これが帰りにはバンッパンになるんだろうな。
そんな子供ら、トラ君に気付いて、わー、茶色のがおるーっとワラワラ。
子供達、トラ君を抱っこしたり撫でまわしたりっ。
トラ君、にゃにするだ!きやすく触るニャ!とシャーしたりぐるぐる唸ってたけど、
子供達ぜんぜん応えてない。
そんなトラ君を見て、駅員さんの背中が震えていた。もしかして笑いをこらえてる?
あとで話を聞くと、この時期はずっとこんな調子らしい。
トラ君も逃げよーとするみたいだけど、いつもつかまっちゃうんだって。
その日の夕方。
ふてくされたように眠るトラ君の横に、美味しそーな栗がたくさん入ったカゴが。
「ネコ君が貰った栗のおすそわけです。ご自由にどうぞ」ってメモがちょこんと乗っかっていた。
トラ君のシマシマの尻尾がゆっくり揺れる。
黄金色の葉っぱが同じように揺れて、木々から離れて。地面に柔らかく落ちてくる。
それが地面を暖かく包むころ、真っ白な雪が降り始める。
また、冬がやってくる。