春
山間の駅。周りの木が芽吹いて来る。
駅員さんの話だと、桜の木なんですって。わー、楽しみ。
線路に沿って植えられた桜の木。満開になったら見事だろうなあ。
新学期が始まって、駅に学生さんがやってくる。それに混じって、茶色の姿が。
学生さんたちがおはよ、とトラ君に話しかける。
それにしても初々しい―。新学期となると、新入生もいるんだよね。
緊張してるの分かる。分かるぞ。制服が真新しい。
「あ、猫だ」
珍しいところにいるからトラ君目立つ。
緊張ほぐしたいのかな。トラ君ナデナデしていく子が多い。トラ君嫌がりもせずに撫でられてる。
でも尻尾べしべししてるからちょっと迷惑なのかもね。
そんなある日。
トラ君、いつもの通りそのまま定位置に……。すると駅員さんが飛んできてトラ君をブロック。
駅員さん、なぜかトラ君を抱っこしようとする。
抱っこされてたまるかニャとばかりに逃げるトラ君。
にゃ、にゃにゃにゃと両者しばらく攻防戦!
結果は駅員さんの勝利。トラ君あっけなく御用。
よいしょと抱っこされ、ふかふかの肉球ぷらぷら。
――どうしたんですか?
「あ、いや、こいつの足拭かないと」
――え?
「泥だらけなんですよ。畑で遊んでいたらしくて」
あ。ほんとだ。
あらあらあら、よくよく見たら茶色の頭の上に黄色い菜の花。
同系色だから気づかんかった。
さては菜の花畑で遊んできたな? トラ君。
ほう、どんどんあったかくなってくなあ。
桜のつぼみがもうだいぶ大きくなってきたみたい。
あったかくなってくると、ついつい日向でウトウト……あれ?
トラ君何処に?
と思ったら、ホームのベンチにいた。
おりょ?いつもの定位置にいるんでは?
「この季節になると、こいつの定位置はここになるんです」
へーえ、どうしてですか?
すると駅員さん、トラ君を少しどかせてそこに段ボール箱を置いた。
「こうしないと汚れるので」
ますますなんのことやら。
ちょっとしばらく花冷えの日が続いたけど、春の暖かさはすぐやってきた。
満開の桜。
トラ君の駅の近くには名所があるらしく、この時ばかりはお客さんも多い。
駅員さん大忙し。
で、トラ君はと言うと……
あ、いたいた。
あのベンチの場所。駅員さんが箱を置いた隣に座ってる。
あったかそー。トラ君ウトウト。時々、お客さんがトラ君の背中に桜の花びらを置いてく。
トラ君。え?何何何って感じで飛び起きる。
それにしても何でここにいるんだろう。
何があるんだろうか。
お客さん目当て?
有名になりたい?
猫駅長!とか言って?
そんなトラ君、ずっと上を見上げてる。
首痛くない?
それからずっと何日もトラ君そこにいた。
――あのー、何であそこにいるんですか?
すると駅員さん、笑って空を指さした。そろそろ来ますよと。
パタパタパタ、って何かが飛んできた!
あれ?もしかして
燕だあ……。
しかも2匹。仲良くピーチクパーチク囀り合ってる。
あ、分かった!
ここに巣をつくるんだ。だからかあ。段ボールの意味わかった。
トラ君がここに陣取ってる意味わかった
これが見たかったんだね。
トラ君、くわかかかか、と大きなあくびをした。
燕の夫婦が巣作りを始めると、
桜の花びらから緑の葉っぱが顔を出し始めた。
日差しが強くなってきて、空気が濃くなっていく。
駅のホームに、緑色のアマガエルがやってくるようになる。
夏がもうすぐやってくる。