遺品
三題噺もどき―ひゃくよんじゅうご。
お題:蕾・ティーポット・空き箱
梅雨は明けたというのに、いまだジメジメと鬱陶しい湿気が蔓延るのは、何なのだろう。
毎年こうだよ、ホント…。
梅雨明け宣言した次の日から、毎日雨が降る。
夏の暑さも相まって、晴れた日にすらジメジメ、じとじと。嫌な気配がしている。
「……」
まぁ、今はもっと、湿気の多い場所にいるから、尚更。ジメジメしている。肌がべたべたしている。
さっさと事を終わらせて、風の通る部屋に行くことにしよう。昔ながらの日本家屋のようなこの家は、縁側に座っているだけで、案外涼しい。
ジメジメなんてどうでもよくなるぐらいに、風が通る。
涼しく、優しい、風が。
「……」
今は、広い敷地の中にある、一つの倉庫に来ている。そこの片づけ中だ。
もちろん風なんか吹いていないし、それなりの重労働をしているので、汗もかいてる。そして、湿気がすごい。
まぁ、ここ何年か開けていないみたいだったから、仕方ないのかもしれない。
「……」
所狭しと、ものがあるこの倉庫には、たくさんの遺品が残されている。先祖代々受け継がれた―というと少々堅苦しいのだが。しかしまぁ、それに近い感覚だろう。私の祖父母や、曾祖母、さらにもっと先の代から。一人ひとり、この倉庫に遺品を残している。
もっと言うと、この家自体が、先祖代々受け継がれている、大切な、一族の、今も生きる遺品である。
「……」
言うのを忘れていたが、この家には、今は、私1人しか住んでいない。
先日、ここに最後まで住んでいた祖母が亡くなった。その後、この家をどうするのかという話になった。どうするも何も、誰かが住むのだろうと私は勝手に思っていた。この日本家屋は、私の好きな場所だったから、あってほしいと望んでいた。
しかし、そういうわけにもいかず。
祖母の子供たち―ようは私の母とか、叔父叔母とか―は、もう自分たちの持ち家があるし、他の親戚もそう簡単には引っ越せない。だからもう売ってしまおう―と、話が進みそうになった。
「……」
けれど、私が待てをかけた。
大切なこの家を売るなんて、他人に渡すなんてことは、絶対にならないと思ってしまった。是が非でも、大切に繋げていくべきだと、母達に伝えた。
そのままの勢いで「誰もすまないなら私が住む!」とまで言ってしまって
「……」
今に至る。
今日はようやく晴れたから、倉庫の片づけついでに、祖母の遺品を片そうかなぁ…という軽い気持ちで来たのだが。
もう既にくじけそうである。ある程度ものは整理したものの、暑さと湿気で、体力とメンタルがごっそりと、持っていかれる。某パンヒーローにでもなって気分だ。 水に、湿気にやられて、力が出ないー。
ガタンー
なんてふざけてたのがよくなかったのか。
少し高い棚の上から、何かが落ちてきた。多分絶妙なバランスで置かれていたそれが、私の与えた小さな振動で、均衡が崩れたのだろう。 それで、私に、まじめにやれと言わんばかりのタイミングで、頭に落ちた。
「あたっ――!」
とっさにそう叫びはしたが、そう言うより痛くない。落ちてきたモノの角が、いい感じに当たったせいで、必要以上に痛く思ってしまった。
「……?」
そのまま、私の足元に転がり出たそれは、小さな空き箱のようだった。
―と思ったが、持ってみると何か…?
「……」
重さはさほどない。手のひらに収まるぐらいの小さな箱だ。細い紐のようなものでしっかりと蓋が開かないように閉じられている。
横に軽く振ってみると、からからと音がした。
「……?」
なんの音だろう。空き箱ではなかったようだが…。
このサイズの箱に入るものというと、かなり限られてきそうだ。
いっそのこと―と、思いきりその紐をほどく。案外あっさりとほどけたその紐は、今にも千切れそうだった。それなりに古いモノなのだろう。箱もかなり褪せている。
「……」
紐が千切れないように、ズボンのポケットの中にそっと入れる。
そっと、箱の蓋に手をかけ、ゆっくりと、開いていく。
「…はな…?」
正確に言うと、花の蕾らしきものがいくつか入っていた。
まだ開くこともなく、小さな、未成長のままに置かれている、小さな蕾。
「……」
ころころと入っていたそれは、静かに眠っていただけのように、色鮮やかで、生き生きとしていて、今にも花開きそうだった。
それが入っていた箱と違って。朽ちることなく、枯れることなく。
ただ静かに、そこにいただけのようだった。
「……これ―」
ふと、私は、その蕾が入った箱を持ったまま、倉庫をでる。
庭を横切り、縁側から家の中へ。
そのまま、私の足は、台所へと向かう。
「どこだっけ……」
箱を台所の上に置き、その下の戸棚を漁る。
「んと…」
―あった。これだ。
それは、透明のガラスでできたティーポットである。
それを箱の隣に置き、私は、お湯を沸かす。電気ケトルの電源をいれ、沸くのを待つ。
「……」
お湯が沸くのを待つ間、私は、蕾をティーポットの中に入れる。
一個でよかったんだっけ。
「……」
頭の中では、昔、祖母に言われた、この家に伝わる「お話」が思いだされていた。
祖母は、私に言って聞かせるように、滔々と聞かせた。
曰く―
『遠い昔。 まだこの世に、化学で証明できないモノがたくさんあったころ。
私たちの先祖は、この国ではない、もっと遠くの国に住んでいた。
彼らは、花を操り、草木を生かし、動物たちと共に生きた、魔法使いだった。
何不自由なく、幸せに暮らしていた。けれど、歴史にもあるように、魔法使いは排斥された。
国を追われ、居場所のなくなった彼ら。命からがら、数名がこの国に逃げおおせた。
ご先祖様は、この国に来てから、その魔法を使うことはなくなった。
けれど、それまでの歴史と悲劇を失くしてはいけない、と、その記憶を残すことにした。
後世に語り継ぐことにした。言伝ではなく。記憶を。
花を操るものらしく、花の蕾に、その記憶を託した。それが最後に使った魔法だった。
「―それは今もどこかにあって、その蕾を、お茶のようにお湯に溶かして飲むと、記憶を見ることができるんだよ。」』
「……」
にわかには信じがたいが、これが、そうだとしたら―
カチ―
ん。お湯沸いた。
電気ケトルを持ち、そぉと、ティーポットの中に注いでいく。
「―ぅわ―」
瞬間、ふわりと花が咲き、赤く染まる。
「……」
好奇心に負け、鮮やかな赤をしたそれを、一緒に持ってきていたカップに注ぐ。
すると、ティーポットの中の色が、紫に変わった。
驚きつつ、とりあえず、一口。
「―――」
流れ込む、悲劇の歴史。
悲しみの、記憶。
「――
それらをすべて飲み込んで。今度は紫になったそれを、カップに注ぐ。
―次は緑色に変わった。
「――
一口。
一口。
一口。
…そうしていくうちに、私はいつしか泣いていた。
一口飲む度に、悲しみ。苦しみ。痛み。
こんな、これを、誰も知らなくていいわけがあるだろうか。
彼らの、美しくも、悲しい悲劇を、忘れていいわけがない。
歴史に消された、ホントの歴史が、あっていいはずが、ない。
「――」
こぼれていた涙をぬぐい、こくりと、すべてを飲み干す。
そして私は、手近にあったメモを引っ張り出した。
これは忘れていいモノじゃない。
消されていいモノじゃない。
「――」
ならば今。
この歴史を知った私が、伝えるべきだ。
この一族だけではない。すべての生きる人間に。
「――」
簡単ではなくとも、伝えてやる。
嘘だと言われようと。
フィクションだと言われようと。
これが真実だ。
これはノンフィクションだ。
そう言い続けてやる。