三兄妹の絆の物語
「可愛いーー」
「ねぇ、触って良い?」
「――僕が先だろ!」
「いや、僕が――!」
私がこの世に生を受けたときから、兄二人はこんな調子だったそうです。
――本当に現在と全然変わらない。
◆ ◆ ◆
知識を豊富に持つ『知恵の国』という国があります。
私はその国の姫として生まれました。
生まれたときから、いや、生まれた瞬間から、私のすぐ傍には、双子の二人の兄がいました。
ちょっとぶっきらぼうで、剣術が好きな、優しい上の兄。
ちょっと抜けていて、魔術が好きな、優しい下の兄。
私が泣いているとき、すぐに慰めてくれるのは二人の兄でした。
私が転んだとき、すぐに立ち上がらせてくれるのは二人の兄でした。
王と王妃である両親はとても忙しく、あまり構ってはくれませんでした。
でも、寂しくはありませんでした。
まさにお姫様扱いしてくれる優しい二人の兄、私の王子様がいましたから。
二人の兄は競い合うように、私を助け、また守ってくれました。
ただ、その競い合いは段々とヒートアップしていきました。
ある日のことでした。
些細なことから、二人の兄は言い争いを始めてしまいます。
「俺が妹を守るんだ!」
「いや、僕が妹を守るんだ!」
上の兄と下の兄が私を守ることをそれぞれ主張します。
そんなやり取りを聞いて、私も主張します。
「私はお兄ちゃん二人に守ってほしいの!」
言い争いを止めさせるために言ったのではありません。
二人の兄を大好きな私が本心で言った言葉でした。
私は二人の兄を交互に見つめます。
私の言うことに、私を大好きな二人の兄は反対しないはずです。
二人の兄は一度私の顔を見てから、再度お互いの顔を見て、言いました。
「じゃあ、……二人で妹を守ろう!」
二人の兄は頷き合い、約束しました。
そして、私が言葉を足します。
「それじゃあ、二人は私が守るね!」
私も二人に対して約束をしました。
その日以降、二人が争うことはなくなりました。
――ちょっとした競い合いは変わらず続きましたが。
二人の兄と私はいつも一緒でした。
お城の至る所を三人で探検しました。
盗んできた鍵で禁書庫に侵入しました。
門番の目を盗んで、牢屋の見に行きました。
両親の部屋に侵入し、カエルを机に並べたりもしました。
当然、両親含め大人たちからこっぴどく叱られましたが、私たちは懲りていませんでした。
三人一緒ならば、怖いものなんてないと思っていたのです。
ある日のこと。
私たちは発見した隠し通路で城外へ出ました。
通路の先は、森へと繋がっていました。
そこには図鑑でしか見たことのない木や草やキノコなどが沢山ありました。
私は嬉しくなって、二人の兄へとそれらを説明していきます。
二人の兄は知識を得る勉強があまり得意ではありません。
ですから、私が代わりに勉強していたのです。
調子に乗って、どんどんと森の奥へと進んでいたときでした。
森の茂みから突然大きなオーガが現れ、襲い掛かってきました。
私たちは逃げました。
しかし、私は躓いて転んでしまいました。
オーガが私に迫り、棍棒を叩きつけてきます。
そのとき、上の兄がオーガに吠えて突撃して行きました。
「妹に手を出すなー!!」
上の兄が持っていた木剣をオーガに力いっぱい叩きつけます。
木剣はオーガの右目を潰しました。
しかし、上の兄はオーガの一撃を受けて吹っ飛ばされてしまいました。
同時に下の兄も吠えます。
「妹に近づくなー!!」
下の兄は使用の禁止されている氷の矢の魔術をオーガに放ちます。
氷の矢はオーガの左肩に突き刺さります。
ただ、下の兄はその場に倒れてしまいました。
思わぬ反撃を受けたオーガは、よろけつつも森の奥へと消えていきます。
私は急いで二人の元へと駆け付けます。
上の兄は肋骨が折れ、口から血を流していました。
気を失っていて虫の息です。
下の兄も気を失っていて、体温が徐々に低下している状態でした。
――私は知っています。
魔力を限界以上に使用した場合、このような状態を得て死に至るということを。
私は泣き叫びたくなりました。
でも、ぐっと我慢をしたのです。
泣き叫んでも、二人の兄は助けられないと分かっていたからです。
二人の兄を見つめ、泣きそうになりながらも言います。
「二人は絶対に私が助けるから!!」
上の兄には、服を破って作った布で骨の固定をしました。
下の兄には、自分が着ていた服を被せて体温の低下を防ぎました。
でも、こんなものではまだまだ足りません。
私はすぐに元来た方向へと駆け出します。
確かこの辺りに――。
しばらく森を進んだところで、周りをキョロキョロと見渡します。
……見つけた。
そこには、怪我の治療に使う薬草と魔力を回復させる薬草がありました。
二人の元へと戻り、採取した薬草を二人の兄へと飲ませます。
しかし、薬草は少量しかありませんでした。
もっと採ってこなくてはなりません。
他の場所からも薬草を採ってきて、再び二人の兄へと飲ませます。
それを二度、三度と繰り返します。
もう一度と思ったところで、足が動かなくなっていることに気付きました。
足を見ると、紫色に変色しているのが分かりました。
どうやら薬草を探すうちに、毒草に引っかけてしまったようです。
毒が全身に回りつつあるのを感じます。
意識が遠のいていきます。
「ごめん、お兄ちゃん……」
二人の兄の手を握ったところで、私の意識は途切れました……。
◆ ◆ ◆
目が覚めたのは、城の自室でした。
ベッドに寝かされていて、両手を誰かに握られていました。
――手を握っていたのは、二人の兄でした。
右手を上の兄が、左手を下の兄が痛いくらいにしっかりと握っていました。
私が思う最も嬉しい目覚め方でした。
「もう目覚めないかと思った……」
二人の兄は泣きながら言いました。
私は両手を握り返しながら、涙しました。
「生きていてくれて、ありがとう……」
そんなことがあって、私たちの冒険は終了しました。
それとともに、私は一つの決意を胸に秘めたのでした。
◆ ◆ ◆
月日は流れ、二人の兄は『知恵の国』を出て行きました。
上の兄は『剣術の国』へと、下の兄は『魔術の国』へと行ったのです。
成人した私は『知恵の国』の女王となりました。
身に付けた知恵により、交易で多くの人を惹きつけ、肥沃な土地で多くの作物を実らせました。
『知恵の国』はとても豊かな国となりました。
あるとき、豊かな『知恵の国』を妬んだ『蛮族の国』が攻めてきました。
交易で来ていた人はいなくなり、土地の作物は燃やされました。
同時に、私を妃にしよう目論む『土の国』が攻めてきました。
『土の国』は、ゴーレムを作って建物を破壊してきました。
私は女王として国を挙げて必死に戦いました。
しかし、二つの国の侵攻を止めることはできませんでした。
もうこれまでかというときでした。
『剣術の国』から沢山の騎士が現れました。
騎士たちは、蛮族をもの凄い勢いで蹴散らしていきます。
蛮族は負けを悟り、兵を引き上げていきました。
同時に、『魔術の国』から沢山の魔術師が現れました。
魔術師たちは、魔術であっという間にゴーレムを土へと帰していきます。
『土の国』は負けを悟り、兵を引き上げていきました。
『剣術の国』を率いていたのは上の兄でした。
上の兄は『剣術の国』で王になっていたのです。
『魔術の国』を率いていたのは下の兄でした。
下の兄は『魔術の国』で王となっていたのです。
二人の兄は私に向かって言います。
「妹を守ると約束しただろう」
二人の兄は、子供の頃の約束を守ってくれたのでした。
あるとき、上の兄の『剣術の国』が飢饉に襲われました。
同時に、下の兄の『魔術の国』が疫病に襲われました。
私は飢饉に対しての食料の援助をし、更に『剣術の国』での痩せた土地でも育つ作物を探し出しました。
同時に、疫病に対しての治療法を探し出し、更に『魔術の国』で病院を建立しました。
私は二人の兄へ向かって言います。
「私が二人を守ると言ったじゃない」
更に言葉を重ねます。
「死にそうになったあの日に決意したのよ。もっともっと力を付けて、もう二人を絶対危険な目には合わせない。今度は二人を簡単に助けてみせるって」
それを聞いた二人ともがキョトンとした顔になりました。
私は何か変なことを言ったでしょうか?
「それは俺も……」
「それは僕も……」
二人が揃って返事をします。
(ん? 俺も?? 僕も??)
そこで鈍すぎる私は初めて気付きます。
二人とも同じでした。
私と同じように、あの日の二人は「守るための力を絶対に手に入れる」という決意をしていたのでした。
三人ともがそんな決意を固めていたのでした。
三人で顔を見合わせます。
そして、大きな声で笑いました。
それからも私たちには沢山の試練が降りかかり、その度にお互いを助け合いました。
私の国がオーガの群れに襲われたとき、上の兄が前衛で戦い、下の兄が後衛で戦ってオーガを撃退しました。
上の兄の国が翼人ハーピーの群れに襲われたとき、ハーピーがうまく飛べなくなる方法を探して支援しました。
下の兄の国が魔法封じのキメラの群れに襲われたとき、魔法封じを跳ね返す秘術を探して助けました。
その他にも沢山の敵が現れ、沢山の苦難や困難がありました。
しかし、三国は他の二国を見捨てることはしませんでした。
相手の国が困っているときは必ず助けましたし、自国が困っているときは相手の国が必ず助けてくれました。
やがてどんな敵にも負けず、どんな苦難や困難も乗り越えることができるようになりました。
ある人が言います。
「三国は、剣術と魔術と知恵があるから強いのです」
それを聞いた私は答えます。
「ええ、その通りです。素晴らしい分析ですわ」
真面目な表情を作り、適当に答えます。
……別に人に理解してもらう必要はありませんでした。
剣術と魔術と知恵はおまけにすぎない。
私たちの国が強いのは、私たちに絶対の絆があるからに他ならない。
――なんていう真実を言っても仕方のないことです。
そのため、私は宣言しました。
「では、これにて終了といたします」
どうでも良い会議をさっさと切り上げます。
本日はこの後に、もっともっと大事な用があるのです。
ドレスを選んで、髪を整えて、お化粧をして、アクセサリーを選んで、髪飾りを身に付けて、香水を付けなくてはいけないのです。
上の兄は、綺麗系が好きなのです。
でも、下の兄は可愛い系が好きなのです。
きちんと二人に気に入ってもらえる恰好をしなくてはいけません。
それが妹としての責務なのです。
――本日は大好きな二人の兄とのデートの日。
いっぱい甘えさせてもらわなければいけません。
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