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良い文学?悪い文学?

作者: John
掲載日:2020/10/16

講義中の構内を扇風機が首を振っているようにぐるりと見渡しながら冷酷な眼差しを向けて熱弁を振るっている男。その眼差しは放射線治療機器が悪性腫瘍を撃退するレーザー光線のように自分の講義に入り込んでいる敵対分子に向かってじりじりと照射されていた。居眠りしている者、空想に耽っていて上の空の者、くだらない落書きをノートに書いて回し読みしている者などにその光線が照射され嫌味の一言を言い放ち敵対分子のハートを焦げ付かせていた。少しずり落ちた眼鏡を眉間のフレームに人差し指を当て上に上げると奥歯に挟まった食べかすを舌先で取り除こうとする仕草。いかにも神経質そうでしかつめらしい表情。エドモンド ダウニング、54歳。妻と二人の娘を持つ僕の受講している文学部の教授だ。彼には文学において好き嫌いの趣向が大いに見て取れた。シェイクスピア、ダンテ、トルストイなどを絶賛し大いに持ち上げ賞賛した。一方でケルアック、バロウズ、ギンズバーグといった偉大なビートジェネレーションの作家らを「ドラッグ、バイオレンス、セックスを助長する若者にとって何の導にもならない下らん三文以下の低俗小説だ」と一刀両断に切り捨てた。ある日の講義だった。何の小説だったかは思い出せないが、その小説の比較対照となる悪い例にケルアックの『路上』を引き合いに出して扱き下ろしていた。僕はその講義を聞いていて不快に感じた。「何か意見のある人」ダウニング教授が言う。僕は挙手して言った。「教授はケルアックの『路上』をただの狂った男のロードムーヴィーみたいな小説だと仰いましたが『路上』は熱狂的なファンから支持されてビートジェネレーションの金字塔となりました。何か人を惹きつけて止まないエッセンスがこの本には凝縮されているように思います。かのディランもこの本に触発され車での旅に出たと言う逸話もありますし…」「それじゃ、ハートリー君、君はドラッグやバイオレンスを肯定しているという事かね?この小説に出てくる登場人物はある実在の人物がモデルになっているんだよ。その人物を君は肯定しているって事になるんじゃないのかな?ディランがどうとか言っていたけど彼も一時ドラッグに溺れていたんじゃなかったのかね」僕は何も言い返せなかった。その学期の教授の僕への評価はCだった。こうして僕は教授の敵対分子となった。その日の講義で血祭りに上げられたのはヘンリー ミラーの『北回帰線』だった。「この本はミラーの自叙伝的内容で彼の女性遍歴みたいな事が描かれているが私から言わせてみれば低俗なポルノ小説だよ。ミラーはセックス依存症だったのではと思わせる内容だ。発売当初にその過激な内容から発禁にまでなった本だからね」言いたい事はあったが僕は黙って聞いていた。翌日の講義に出ようとしたら構内放送でダウニング教授の講義は休講だという放送があった。それが1週間続きダウニング教授が依願退職したという情報が学生達に出回った。何でもデパートのエスカレーターで女性のスカートの中を盗撮し現行犯で捕まったとの事だった。彼は聴取の際に言ったそうだ。「つい出来心で」僕は彼を侮蔑した。あの講釈は何だったんだ?結局は文学や芸術なんてのは人の物差しで測る物じゃなくて自分がどう感じたかってのが重要なんだってね。

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