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8話

「そう…」


それが始まりだったなんて、すっかりディスカッションのことなんて忘れていた。

アーサーがやたら絡んでくるようになったのは記憶してるけど。


「僕はただ黙々と研究をし続け、色んなものに向かいぶつかるミカを尊敬しているんだ。僕にはそういうものがなかったから…あの時ミカに出会えて救われたんだよ」

「そんな…救うだなんて」


アーサーにとっては大きなことだったようだ。

彼はその後、色んなものを経て、研究という道を選んだと…私はそんな大事な時に一緒にいたのか。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


私は何をどう応えていいかわからず、適当な相槌と共にそのまま研究室を後にした。

自室に戻り、窓から空を眺めると、月が綺麗に見えた。


「…眠れない」


そして今この有様だ。

文字通り衝撃だった。

アーサーの選択は彼だけのもの。

それでも私が何気なく過ごしていた学生生活の傍らでアーサーが救われただなんて思いもしなかった。


「私…」


窓を開けて夜空を見る。

ここからでも海の音が聞こえる。

その音を聞いて平静を取り戻す。

決してふざけていなかった。

ただ私への思い出を話していただけ、それだけで普段彼が軽薄とはいえ、真摯に私を見ていることは分かった。

彼はいつだって真面目に私に向き合っている。

ここまできたら私は研究同様、彼と向き合わないといけない。


「…どこまでも研究脳ね」


1度突き詰めると決めればこうだ。

アーサーの言う通り、ただ黙々とやっていこう。

やり遂げた先に答えがある。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


「ミカ…大丈夫ではないよね?」

「至っていつも通りよ」

「君のバイタル表示は全然いつも通りじゃない」

「…エラーかしら」


呆れ顔のアーサー。

日中はうだるように暑いのに、夜は割と冷える。

昨日も昨日でブレスレットを外して5分間外の空気を味わった。

とてもじゃないけど、それだけで体調を崩すとは考えづらい。

ということは、おそらく考えすぎ…知恵熱というやつだ。

それが理由でほんの少し体調がよろしくない。

悪寒、鼻詰まり、頭痛、倦怠感……症状として認識があるのはこのぐらいだ。

身体は動くし、伝染の危険はブレスレットが回避してくれるから、正直誰といようが施設内を動こうが問題はないはずだ。


「……熱はないわ」

「それは言い訳にならないよ」


アーサーは少し怒り気味だ。

昨日の今日で彼はいつも通り…こういう彼のスマートさは羨ましいし素敵だと思う。

私は少しの事で動揺してこの有様、正直今さっきまでアーサーに会うのが気まずくて仕方なかった。

それでも私のバイタル変化が施設内に伝わって真っ先に先回りしてきたのは彼なのだから、もうなんて言ったらいいのか…いけない、思考力もだいぶ落ちてる。


「…わかったわ。いつものチェックを一通り終えたら今日は帰るから」


お願いよ、と懇願する。


「…ミカの仕事バカ」

「なんとでも…今、楽しくて仕方ないのよ」

「知ってるさ」


お願いしても彼は私に研究室の敷居を跨がせてくれない。

私より大きい彼に阻まれたら私はそう先へは進めない。


「アーサー…」

「……そんな顔しないで」


反則だと困ったような、実に苦々しい顔をしている。

珍しい顔だ。

もしかしたらチャンスなのかもしれない。

痛いところついてなんとか研究に着手したいし。


「君たち、何をしてるの?」

「サイード!いいところに!」


アーサーの表情が途端明るくなった。

私は振り向いて確認しようとしたら、それをアーサーに阻まれた挙句、研究室にも入れないよう手を掴まれ補足される…抜かりない。


「サイード!頼みがある!ミカの具合が悪いんだ。今日のチェックをお願いしたい」

「…あぁ、かまわない」

「ありがとう!ミカを送ったらすぐに戻る!頼んだ!」


矢継ぎ早に行って私を引っ張り歩き出す。

何を焦っているのか。

けど、彼の焦る速さは今の私には毒だった。

すぐに息が切れて足がもつれる。

ついていけない程だなんて。


「あ、アーサー…待って…!」

「!…ごめん、焦った!」


歩けず膝をついてしまう。

慌てて止まったアーサーが屈んで私を覗きこんできた。


「ミカ!?」

「…大丈夫よ…ちょっと、歩くの…速かっただけ……え?」


顔を上げようとしたら、一瞬で視界が高くなった。

そしてこの安定感。


「あ、アーサー!」

「部屋まで我慢して」


抱え上げられている。


「重いでしょ!下ろして!」

「いいじゃないか。ほら、カベドンに続いて……なんだっけ?」

「……ふざけないで」


歴史の研究中じゃない。

断じて言わないわ、お姫様抱っこなんて。


「うん、でもいいねこれ」

「え?」

「ミカが近い」

「アーサー!」


具合が悪い私に叫ばせるなんてどうかしてるわ。

誰かに見られてないからいいものの、こんな恥ずかしい格好続けたくない。

けど私にはこの時、体力を奪われて体が思うように動かなかった。

仕方なしに、このままの姿でアーサーに部屋まで連れていかれることにした。

やっぱり体調が万全であることは大事だわ。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


「どうする?着替える?」

「……今はいい」

「タオルは?」

「いらないわ」

「…水だけは飲んで」


与えられたコップの水を飲み干す。

思いの外、喉が渇いていたようだった。

バイタルチェックをされた上で出てきた水だし、私の今の身体に相応しい栄養分が配合されてるのだろうけど…人の身体は面白い作りになってるわね。


「……」

「後で食事と薬持ってくるから、今日は寝てて。ドクターにも話通しておくから」


施設内唯一の対人の医者…優しいけど、結構手厳しいとこもあるから、私がブレスレット外してたことまた怒られるかしら。

以前も同じようにブレスレット外した結果、風邪気味になった時もこっぴどく怒られた記憶がある。


「……」

「ミカ?」

「…アーサー意外とうるさい…」

「…ミカ?」


言うとアーサーの笑顔が引き攣った。

あぁ、軽く怒ったわね。

その姿が面白くて小さく笑う。


「ふふ、嘘よ………ありがと」


私の言葉に彼は絶句していた。

いくら私でもきちんと感謝ぐらいするし、普段でも言ってるというのに、その顔は何なのかしら。

固まったまま、なかなかアクションを起こさない。


「…アーサー…?」

「……あぁ、もうミカって……いや、いい。早く寝た方がいいんだ」

「そうね、寝るわ」


そのままベッドに入った。

するとすぐに意識が遠のく。

ほんのり彼の耳が赤く染まっていて、それを言おうにも声は出なかった。

彼は私を見て、大きな手で私を撫でた。

少し冷たくて心地がいい…熱はなかったはずなのだけど。

彼が何か言った気がしたけど、聞こえないまま。

次に起きた時、私はベッドに入ってからの事をすっかり忘れていた。

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