5話
雲が多いが、空が明るい。
最新の予測通り、スコールは終わりを告げた。
アーサーと共に外に出れば、海岸は一変。
私が先までいた所とは別の場所のようだった。
「なに、これ…」
海岸にはたくさんの魚が打ち上げられている。
さっき見た鰯に加え、多くの回遊魚が砂浜に打ち上げられていた。
すぐに記録をとる。
静止画から動画までとって、回遊魚の種類を確認すべくデータ照合に回す。
アーサーとここを離れていたのは、1時間半程度。
その間にここまで変わるとは。
傍らでアーサーが研究所と連絡を取り合っていた。
この一面の調査は2人では到底できないし、多くのサンプルを回収しないといけない。
なかなか骨が折れそう。
海岸線に打ち上げられる海洋生物の話はなにも今に始まったことじゃない。
大昔からあることだ。
解析に回せば程なくして、気象、海洋状況、生物の分布と行動から原因が割り出される。
ここで異常があれば、それを追求するために私達が追研究すればいいだけの話。
それにしても目視できる限りで多種多様なことがわかる。
新種は見た限りではいなさそうだけど。
深海魚もいない。
ほぼ死骸のみだが、3割ほど生きている。
嵐が終わってすぐだからか。
連絡を取り合うアーサーをしり目に私はさらに先へ進んだ。
海岸と島にある唯一の小さな山をつなぐ道の境目まで進み、いつもの外調査範囲終了というところ。
「…?」
海岸をだいぶ内陸に進んだ砂浜に生きている大きな生物が見えた。
その形、色…データと書籍でしか覚えがない思い当たる生物に急に焦燥感が増す。
いるはずがない、いるはずがないのに。
あれはまだ遺伝子保管までで繁殖に至ってない研究段階の生き物。
絶滅してるはずなのに。
足取りが自ずと早まった。
まさかという思いと、やっぱりという思いが混じり合う中で、遠くから解析に回す自分の作業の慣れ具合に失笑した。
「!」
心臓の鼓動が早い。
緊張、興奮、どれも当て嵌まる。
詩人ならこう言うかしら。
夢でも見てるようだ、と。
「……嘘でしょう」
私が近くに来ても逃げなかったその生き物はゆっくりと後ろ足を動かして、深さ50cmぐらいの穴を掘っていた。
確かに生きている。
簡易なバイタルチェックするに、その生物にどこにも悪いところはなかった。
本物だ、本物の。
機械じゃない。
生きている、確かに生きている、本物。
「…ミカ」
アーサーが連絡を終えて私に追いついた。
私の視線の先を見たのだろう、息を飲むのを背中から感じた。
「ミカ、これは…」
「アカウミガメ…」
数百年前に絶滅したはずの生物。
あまつさえ、そのアカウミガメは産卵を始めた。
時間帯もおかしい。
今現在で分かる情報では日中に産卵することは書いてなかった…夜間だ。
人の持つ人工的な光にさえ敏感で少しの事で産卵を止めて海に戻るはずのアカウミガメが、どうして私達の前で産卵をしているのだろう。
何の条件が揃って産卵に至ったのか。
隣に並んだアーサーが動画で記録を残している。
私も併せて静止画を記録し、転送にかける。
同時に簡易解析を続ければ、甲長1m2cm、体重130.6kg。
背甲も扁平で幅広く、色彩は赤褐色、データベースにある通り。
個体変異が激しいとあったが、今回の個体は平均的なものといえる。
あぁ、だめね。
冷静に観察し、早々に個体保護の為にやらないといけないことがあるのに、そうもしていられない。
ただただ、眺めていたい。
触れてみたい。
これがかつて、生きた化石と言われる生物の多くを発見してきた人間の気持ちなのだろうか。
自分とアカウミガメそれぞれに危険性の伴うウイルスも寄生虫もないことがわかっている。
それならと。
興奮冷めやらず、してはいけないことだとわかっていたけど…アカウミガメにゆっくり静かに近づき、その甲羅に触れた。
「……」
なんとも言えなかったけど、たぶん私は感動している。
父の論文を読んで大陸に思いを馳せた時や、古書や秀でた研究結果を読んで満足感に浸ってる時と同じ、言い様のない震えが全身に駆け巡る。
目の前にいる。
なんとか遺伝子保管には辿り着いたものの、損傷がひどく、今になっても繁殖の段階を迎えてない種の1つが私の目の前に存在している。
あぁ、だから。
父は望むのだろうか。
解析できない、記録にも文献にも残らない、幻と呼ばれる大陸だからこそ、見つけて触れてみたいのだろうか。
「ミカ」
「…アーサー、私」
アカウミガメから離れ、彼の傍へ戻る。
私は一体どんな顔をしていたのか、私を見てアーサーが微笑んだ。
ほら、と両腕を広げる。
「嬉しい時は喜んでいいんだよ」
「…アーサー!」
「うん」
思わずアーサーに飛びついた。
「やった、やったわ!大発見よ…!」
「そうだね。僕も嬉しい」
柄にもなくはしゃいでる。
ただただ黙々と続ける中で多くの発見も喜びもあった。
その中でも今回は誰かと分かち合いたいと思えるような大きな発見。
「ミカがまめに外調査に出てた甲斐があったね」
「アーサー、」
「アーサー!ミカ!」
遠くからの声にはっとして彼から離れた。
はしゃぎすぎた挙句、抱き着いて喜ぶなんて。
離れて、声のする方を見やれば、遠くから十数名の研究員とさらに奥に研究運搬用の大型移動装置が見えた。
ここの異常事態を回収するにはちょうどいいだろう。
「あ、アーサー、さっきの…」
「うん?」
「み、皆には黙ってて」
はしゃいで抱きつきましたなんて恥ずかしいわと。
そんな私の声はアーサーに届いたようで、イエスと静かな返事が返ってきた。
「役得ってやつだね」
「え?」
「ミカの可愛いところ、僕だけが知ってる」
「…あ、アーサー!」
文句の1つでも2つでもぶつけてしまおうとした所で、皆と合流。
これは別の機会にとっておこう。
今は目の前の研究…解析対象の多くをどうにかすることが1番なのだから。