4話
私は荒れ狂う海へ足を運んだ。
私の専門は海洋生物、海の様子の変化に割と早く気づける。
同時に現研究の外調査では、ある特定の魚が必要だ。
今日捕獲できるかは分からないけど、外に出るなら全部やってしまいたい。
浜辺を遠目から見やる。
荒れてはいるが、波は島を飲み込むレベルではない。
雨具の目元部分に装備された拡大機能を使えば、遠くまで鮮明に見ることが出来る。
砂浜に異常はないし、生物の影もないか。
岸壁はどうかと確認するが、そこを見ても波が打ち付けて白く飛沫を上げているだけ。
もっと間近で観察しよう。
ブレスレットから警戒音がでないということは、身の危険に及ぶ災害は起きないということ。
「……」
海の遥か向こうは微かな光が下りてきていた。
もしかしたらスコールが終わる?
予測ではまる2日しか経ってないから予測まで3日あるけど。
「?」
ここにきて荒れた海がいつもと違うことに気付いた。
海面が不自然に輝いている。
かすかな光が下りてる場所よりもおおよそ200~300m島側の海面。
光が跳ねている。
なんだろう、あれは。
もう少し性能のいいものを持って来て確認すればわかるけど、生憎持ち合わせていない。
思い付きで行動するのはフットワークの面でいいけど、やっぱりある程度の準備は必要のようね。
目を凝らせば、光が動いているのがわかった。
「…魚?」
動きと光の具合…鰯とみて間違いないだろう。
けど、こんな嵐の日に鰯が海面上にあがるか。
鯨の情報もない。
そもそも、もう野生は10頭未満、残りは遺伝子保存の末、人工的に繁殖を行った種がいるが、ここに現れるのも考えにくい。
野生の10頭は管理下にあるから、どこに生存してるか分かっている。
かといって海鳥が狩りをしてるわけでもない。
海面に目を凝らして確認しても嵐特有の荒れ方をしているだけで、渦ができるといった現象もない。
海面上に虫の大量発生もないから、魚が虫を目的に海面上へ出てきてる可能性もない。
このタイミングで遊びがあるとも考えにくい。
「……」
なんだろう、あれは。
気になってより近くで観察したくなる。
解明したい。
少し浜辺に出てみようか。
そう思って踏み出した途端、それを阻まれた。
右の手首を誰かに捕らわれたからだ。
「ミカ!」
「……アーサー」
振り向けば切羽詰まった顔をしてアーサーが私を阻む。
「やっぱり…」
君ってやつはと苦く笑う。
嵐で聞き取りづらいはずなのに、彼の声は私の良く届いた。
「こっち」
アーサーは有無を言わせず私を連れていく。
海が、浜辺が離れていく。
「アーサー、私」
届いてないのか、届いているけど敢えて無視しているのか…アーサーは黙ったまま私の手を引いていく。
連れていかれたのは浜辺から少し離れた調査用の物置。
中に入ると風がなくなり身が軽くなる。
いくらコートをきていても、ある程度の負荷はかかる。
これだけ身軽さを感じるということは、大型台風と同じ程度の規模か。
「…まったく…そんな気はしていたんだけど」
アーサーはフードを外していたのか、濡れた髪をかき上げて、一息ついた。
「よくわかったわね」
持って来ていたタオルを出して彼に渡す。
「君が出ていった後、ふとね…ミカは割と無茶なこと平気でやってのけるから」
でもあれ以上は駄目と諫められる。
「……わかってるのよ」
「知ってるよ、ミカのそういうところ。けど、僕も心配なんだ」
わかってとアーサー。
アーサーは基本私が何をしようにも放っておいてくれる。
頼れば助けてくれる。
意見をきけば議論へつなげてくれる。
彼は本当に危ない時だけ私を止めてくれる。
私が突っ走りすぎてる時だけ。
彼のこういう所は本当優しいと思うし、だからこその腐れ縁なのかもしれない。
「少しここにいようか」
「えぇ」
窓から雨の状況を見るけど、変わりはない。
「ミカが出て行った後、止む予測が出たよ」
「そう」
「予測が二転三転したから、特殊予測として解析回してる」
「そう」
なら、様子を見ながら戻るタイミングを決めればいい。
「…それで、どうだった?」
「?」
「外調査の結果」
私は鰯の群れの話をした。
アーサーは興味深そうに私の話を聴く。
彼の専門分野は多岐にわたる。
生物学ももれなく彼の分野の1つだ。
「スコールが終わったら、早く浜辺へ行きたいわ」
「はは、ミカは本当に研究好きだね」
「そう?きっと父譲りね」
「世代を跨いで研究を続けるっていうのは歴史の中でも割と多いよ」
アーサーは研究職を選ばないと思っていた。
彼の家は実業家だったはずだ。
それを継ぐなら研究職を選ばない方がいい。
しかも彼は数える程しかいない騎士の称号を得ている人間だ。
イギリスという国の中枢の…それこそ政治的な仕事だって担える。
そもそもイギリスの王もよくこの南の島で研究することをお許しになったものよ。
「それで、ミカ」
「何?」
「君のお父様は何の研究を?」
学生時代、父の話はしなかった。
アーサーなら私の父の研究論文を読んでいるだろうと思ったから言うまでもないと思ってはいたけど。
「絶滅種の遺伝子保管と復古だとか、絶滅原因調査がメインだったかしら。私が最初に記憶しているのはラブカだったわ」
「あぁ、その論文なら読んだよ」
さすがアーサー、父の著名な論文は網羅していた。
表向き生物学が主な研究だった父だったけど、本来のやりたいことは別だ。
複数同時にこなしながら、いつも行き着く場所は同じだった。
「……でも、本当は、」
「ん?」
「…父はずっと探していたのよ」
「何を?」
「レムリア…アトランティス…ムー」
「大陸か」
幻の大陸。
この科学が発達した現在でも見つからない、正体不明の大陸、文化。
そもそも大昔に否定された話だ。
父が何を思って大陸について研究してたかはわからない。
何か発見したわけでもなく、確固たる証拠もなく…父が亡くなった時の遺品整理にも大陸について核心に迫るものはなかった。
ただ唯一記憶にあるのは恥ずかしそうに夢だと語る父の姿しかない。
大陸を見つけること、存在を証明すること。
「…成程」
アーサーはどこか納得した顔をした。
腑に落ちたらしい。
ということは今までの父の論文や研究成果から、大陸に至る可能性を見いだせたのだろうか。
「海洋生物にフォーカスして、その歴史、生育、繁栄歴から大陸が見つかると考えてもいるわね」
私は父の大陸研究の方法としてこれを採用した。
そう、私も父の夢を追っている。
小さい頃からきかされてきた幻の大陸。
今、誰も目にとめられてなくても、私がこの研究をしたいと思った。
私がここにいる理由はそこにある。
「ミカにとって、ここでの研究が理に適っているのか」
「そうね。日本の海上だし、父の研究対処の多くは太平洋に生息しているものだから」
手っ取り早いと言えばその通り。
父の研究結果は発表されてないのも含めて割と綺麗な形で残されていた。
その中に、太平洋に生息する生物たちの分布と大陸で生きていたとされる生物たちの照合データもあった。
ぼんやりと父の事を思い出していると、アーサーはくすりと微笑んだ。
彼もまた過去を思い出しているような表情をしていた。
「だからミカは真っ直ぐ研究出来るんだね」
「…どういうこと?」
「姿勢のこと」
「……そう?」
今一つ理解できないけど、からかってるわけでもなさそうだった。
割とはっきり分かるように言葉を発するアーサーには珍しい言い方だ。
彼の視線が窓の向こうにもっていかれ、同時に笑みが深くなる。
「ミカ、良い兆しだ」
「え?」
言われ、追うように目線を窓の向こうに向けると、そこに嵐はなく、晴れ間は見えないけど弱くなりつつある空が見えた。
アーサーに視線を戻すと私の言いたいことをもうすでに分かっているようだった。
「アーサー」
「うん」
「行きましょう」
「あぁ」