3話
「アーサーの言った通りだなー」
「そうね」
翌日アーサーの言う通りスコールがきた。
さらにその次の日も雨は続いた。
2日目の今日、続いてる雨はやみそうにない。
「…長い」
昔の雨季と呼ばれるものは何日も続くし、前線があれば2日連続雨なんて当たり前だ。
ただ昨今のスコールは1日や数時間と言う短いもののことを指す。
アーサーは確かにスコールと言ったのに。
「ミカ、しかめっ面でご飯食べてもおいしくないよ?」
「…確かにそうね」
ランチをとりながら窓を見やる。
昼なのに黒く薄暗い中で雨が降り続いている。
「そりゃ、こういう雨が2日続くのは珍しいけどさ」
「えぇ」
「…ミカ、外調査行きたくて仕方なさそう…」
「その通りよ」
「この分じゃ雨で休日も潰れるもんなー」
「残念だわ…休日に振替で調査しようと思ってたのに」
「いいじゃん、休みなんだぜ?ミカはきちんと休んだ方がいいって」
ルイはそう言うけど、私は今の調査を次の段階に進ませたかった。
サイードから資料や別途研究結果を合わせてある今の状態なら、外調査の結果を積めば次の調査の段階に進めると踏んでいたのだけど。
出来るだけ迅速に、そして確実に研究を進めていく。
その多くの研究の結果が積み重なって、私の父の成し得たかったであろう研究の答えを知ることが出来る。
食事を食べ終え、私はルイを残して立ち上がった。
「ミカ?」
「アーサーにきいてくる」
「え、まって俺も」
「食事を終えてからにしなさい。もったいないわ」
半分も食事を終えてないルイに言って足早にダイニングホールを後にした。
念の為、アーサーの居場所をブレスレットから確認すれば自身の研究室だった。
今はこれのおかげで場所もわかる。
アーサーとルイはしょっちゅうこの機能をオフにしてるから、どこにいるかがわからないのだけど今回はオンになっていた…まぁそういう私もこの機能は常にオフだから人の事は言えない。
そういえば、食事と言う文化は消えていない。
この300年ぐらいの間にカプセル食だの、光食だの色々あったけど、人間の精神という面で食事は形あるものを口腔から摂取することが人間として保たれるものだと現段階では結論付けられている。
もちろんそれに異を唱え、別の食事方法があるのだと研究するものもいる。
新しい研究の定期結果報告が来月出るからそれも読んでおこうかしら。
そんなことを考えていたら、アーサーの研究室に着いた。
私たちは基本1人1部屋専用の研究室が与えられている。
チームを組んで研究をしているから出入りは多いので、あくまで便宜上だけど。
「アーサーいる?」
「ミカから来るなんて珍しいね」
彼の研究室には珍しいことに彼1人しかいなかった。
確かに今はランチ時なのもあるけど、休日でもない限り、彼の周りには大体人がいる。
「雨の事だろう?」
私が言うまでもなく彼の口から聴きたいことを聴けそうだ。
彼は本当に察しがいい。
「どうなっているの?」
「…それがね、予測しづらいんだ」
「え?」
現在の気象学は大方98%は解析可能となっている。
数百年前は異常気象なんて呼ばれた豪雨だの台風だのは形を変えて存在しているけど、その動きも長期化や急な発達も世界で統一された解析機で全世界把握できる。
もちろん急な移り変わりが多くなってしまっている現在では、予測修正は度々入るものではあったけど、予測しづらいという回答は解析機からそう出てくるものじゃなかったはず。
しかも世界統一の解析機に加え、この施設にはその転送データをブラッシュアップして再解析再予測も出来る。
研究のためではあるけど、2重に予測をしててアーサーの発言につながると言うことは、私達研究者にとって難関にあたってるということだろう。
「スコールなら、昨日で終わるはずよね?」
「通常のものならね。確かにスコールで出てたんだよ。降り始めの時刻と雨量は予測通り。雲の動きも風の強さ、湿度気温も誤差なしだったよ」
ただ、終わりの予測が合わない。
修正された予測値を見ても、それを超えてしまっている。
「……終わるの?」
「最新の解析では発生から5日後の午前9時で出たよ」
「随分差が出たわね」
「だから今、原因調査中ってやつさ」
アーサーは苦笑した。
けれどすぐさま、その笑みを失う。
それがこのスコールの異常を物語っていた。
日にちの誤差が4日も出ている。
今頃、本土の研究チームは頭を抱えているだろう。
特に解析機は先月最新の状態に改良されたはず。
それなのに98%の正当を出すものの2%の失敗を出してしまったのだから大変な事態だろう。
研究し甲斐がありそうね。
「ミカ、また楽しそうだね」
研究したいんだ?と聞かれる。
難問にチャレンジするのはいつだって楽しいものだと思うけど。
「…その話はまた後にしようか。ミカ、これ見て」
宙に映し出されるデータのうちの1つを指す。
「気圧の進路、蛇行したり戻ったりしてるんだ」
「風も変ね。止むはずないのに0mなんて出るかしら?」
「そうなんだよ、最初の予測はこっち。でも実際はこれ」
「……」
当初の予測とはかけ離れたものだ。
外れることがあったとしても、ここまで乖離するのは珍しい。
「報告を本土にあげたんだけど、その時に得た情報では、世界全体で見てても同じような事象が起きてる箇所が3箇所あったよ」
「それ全てを分析すれば、今回の原因は分かりそう?」
「今はなんとも言えないね。追加の情報は1時間後に来るんだよ。それ次第。こっちの分析はもう回してある」
そしたらこの島のスコールについては30分以内に出るかしら。
「unknownの可能性もあるけどね」
解析機やマザーシステムがunknownを出したら、私達の研究対象になる。
100%の分析が出せない、いくつかの可能性が出てしまうとそれは私達の方で情報をさらに手に入れ、人の頭で思考しないと出てこない。
もちろん、常に最新の情報を解析機とマザーシステムに転送することで分析結果がでるので、それが正しい時はそれを採用する。
けれど、時に人のひらめきが問題を解決することもあるのだから、この世は不思議でできていると思ってる。
それだからこそ、面白いのだけど。
全部が全部初めから答えを出されたら面白くないもの。
「わかったわ。ありがとう、アーサー」
「結果出たらミカにデータ転送するよ」
「助かるわ」
アーサーの元を後にする。
スコールのひどさから外出は禁止と出ている。
昔、といってもほんの数十年前、この施設で研究者をしていた父が、たまの休みに帰ってきて話をよくしてくれた。
父の時もやはりスコールはあったようで、そんな時はと意気揚々と話していたのを覚えている。
『昼は大体海の生物は底に潜るし、地上の生物もなるたけ物陰で過ごす。けど、時には違うことも起こるんだよ』
『?』
『気になったら外に出るんだよ。父さんはそこで新種発見したんだ、スコールもなかなかいい』
そうだ、雨の潤いを求めて出てくる生物もいる。
風に乗るために、強風を選んで飛び立つ鳥もいる。
私は急いで自分の研究室へ戻って身支度を済ませた。
幸いランチ時だったからか、誰の目にも触れないまま扉を開けることができた。
外へ続く扉。
轟轟言う中、スコール用の雨具を羽織って歩き出す。
外出禁止とはいえ、雨具は雨も風も、そしてその際にくる衝撃…濁流や飛んでくる障害物にも耐えられる設計が施されている。
だからといって外出していいというわけではないのだけど。
風が予想してたより強いし、雨で視界も悪い。
こういう時の為に使用する眼鏡を持って来ればよかったかしら。
「……」
それでも私は進んだ。
今のチャンスを逃すわけにはいかなかったから。