14話
「アーサー」
「……?」
「私もアーサーが好きよ」
「ミカ、それは、」
「えぇ、貴方の気持ちと同じ好き」
アーサーが瞠目して息を飲んだ。
今までその欠片すら見せてなかった私の言葉。
彼も予想してなかったと思う。
ずっと私は研究一筋だった。
…でも、今は違う。
私が好きな事を続けられたのは周りの人の助けがあったから。
特にアーサーはずっと支えてくれたし助けてくれた。
チームを組んでいなくても、一緒に組んでいても、彼はいつだってさりげなく私が研究をしやすいようにしてくれていた。
駄目な事も怒ってくれるし、その上で私の気持ちを受け止めてくれる。
思えば学生の頃から彼がいなければ挫けていたのではないだろうか。
「アーサー」
微笑む。
きっとこの穏やかだけどあたたかくなるこれも好きという気持ちだろう。
もちろん今まで散々心臓に悪いこともされてきたけど、それもまた私がアーサーを好きということ。
「ミカ」
彼と目が合う。
途端、彼は私を抱きしめた。
もう何度目かになるこれは、いつもより力が強く、そして彼の体温の熱さが伝わってくる。
今までは分からなかったけど、今初めて知り得た。
「アーサー…鼓動が速いわ」
「……当たり前だろう。僕だって緊張する」
苦い声音が耳元で響いて思わず笑う。
今まで散々緊張しては動揺して彼に笑われていたから、こういう立場が逆転するのも悪くない。
「本当…ミカの前じゃいつも駄目だよ」
「そう?私にとってアーサーはいつもクールでスマートよ」
「……君って人は」
再度力をこめられる。
登壇してスピーチするだけの彼だけが全てなら、それは幻滅するだけ…関わり合ってやっと彼の事がわかってきたところだ、これからの方が面白い発見がありそう。
「アーサー、あの話なんだけど」
「?」
「本土へ戻るんでしょ?」
「あぁ」
私がこの島で研究を選んだのは、父がここで研究をしていたからだ。
同じ場所で研究を続けることで、私の夢でもあり父の夢でもあったあの大陸に近づける気がしたから。
そして今になって気づいた。
場所はさほど重要でないことに…自分がどういう環境で何をしたいか、そこに納得出来るかだ。
「私…貴方と一緒に行きたい」
「え!?」
アーサーが私を解放して、両手を私の肩に置いてまじまじと見てくる。
それもそうか。
私が数ある研究施設の中でここを選んだことはアーサーも知っている。
ここを離れるという選択肢はないと思っているのだろう。
事実、私にも異動の打診は何度かあった。
それを断っていたことも彼は知っているのだろう。
「行くってイギリスに?」
「えぇ」
「この研究所はミカにとって、」
「えぇ、私にとって大事な場所ね」
「なら尚更」
首を横に振った。
アーサーの言いたいこともわかるし、私にとってこの場所が重要な地であることに変わりはない。
「今の私は違うのよ」
「…ミカ」
「研究することは変わらない。父の夢を追うことも変わらない。そこにやりたいことが増えただけよ」
「何…?」
「アーサーと一緒にいること」
アーサーが言葉を詰まらせた。
面食らったようで、少し落ち着かなさそうに視線を逸らした…照れているのかしら。
つまるところ、そこだけだった。
研究は私の人生に必要、夢を実現させることも必要。
そこにアーサーが好きで一緒にいたいって想いが加わった。
だから、その全てを叶う為に考えただけのこと。
「それに嫌だと思ったらすぐに戻ってくればいいじゃない」
「はい?」
「陛下がなによ。私達は研究者、研究が第一なのよ。人の意思は受け取るけど、その意のままに動き続けることはしないでしょ」
これまた面食らったアーサーは目を瞬かせて、その後盛大に笑った。
「はは、さすがミカ」
「不満でも?」
「いや、最高だよ」
「ちゃんと許可は得てきたわよ」
「ん?」
「施設長に戻れる確約とったし、イギリスへの異動権もとったわ」
「やること早いね」
「ありがとう」
心底嬉しそうに笑う彼は、いつも見る余裕のあるアーサーだった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「やっぱりこの島とは"ゴエン"があるのかな」
「どうしたの、アーサー急に」
「ミカの言ってた通りになったなって」
父の研究場所。
今では世紀の発見をした場所として有名な南の小さな島。
私達が研究してた場所でもある。
そんな場所でお互いの指に嵌められたものが太陽の眩しい光を反射して瞬いている。
「鰯の魚群のようね」
アーサーを見てぽつりと漏らせば、聞こえてたらしく、心底呆れた溜息が返ってきた。
「ミカ…そこはもっとロマンある言葉にしよう?」
「気に障った?」
「…慣れてる」
互いに笑い合う。
不思議なものだ。
笑い合うなんてずっと前からしているのに、全然違うものになっている。
「まだ時間あるわね」
「そうだね、到着は夜間だからまだ数時間」
「あの個体が健在でよかったわ」
追っていたアカウミガメが戻って来る。
私達は本土からこの南の島の施設に戻ってきて、アカウミガメの産卵に立ち会い、孵化までの研究を行う予定だ。
言った通り戻ってきた形だけど期間限定といったところ。
「今度ここに来るときは結婚式でもあげる?」
「え、ミカどういうこと」
「私、この島好きだから」
「うん、そこは知ってる」
「結婚はしてるじゃない」
「そうだね」
私が揶揄した指にある光が示している。
形あるものを成し得てないので提案しただけなのに、ここでとアーサーが驚いている。
「あげるにしてもチャペルないよ…施設の皆の前でするってこと?」
「そうね、それもいいわ」
「まぁミカらしいか」
「よくわかってるじゃない」
「当然……あ、そうだ」
「何?」
「数百年前のサブカルチャーでも実践してみる?」
「どんなの?」
「写真トリックの1つさ。片方がマンガの必殺技のポーズとって、もう片方が吹っ飛んでる感じで撮るんだよ」
「…詳しいわね」
壁ドンといい、日本の歴史文化にやたら精通してるなんて。
「僕が1900年代から2000年代初頭あたりの歴史を学ぶようになったのはミカのおかげだよ?」
「え?」
そんな話聞いたことが…あぁ、なくもないか。
彼が私に興味を持ったのは、私が1900年代後半の文献の話題を出したことから始まってる。
それでも私は全然サブカルチャーに詳しくないし、論文や研究で文化をテーマにしたことなんてないのだけど。
「それは詳しく話をききたいわね」
「後でね」
「OK、楽しみにしてるわ」
次来た時はやってみようかしら。
もちろんその時はお互い素敵な衣装を着て、幸せを誓う為に。