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12話

無事孵化を迎えたアカウミガメの一部を本部に転送し、一部をこちらに残し、さらに一部を海に。

データも多く取れた。

絶滅後に研究を行う生物にはデータやサンプルが圧倒的に少ないものも多く、アカウミガメも例外ではなかったけど、この研究を機に大きく変わることになりそうだ。

近々本土にある本部と絶滅危惧種学会が共同で発表もあることだろう。

そんな中、施設中が驚く報告があった。


「アーサー…」

「…ミカ、凄いよ」


研究室内の端から端に映像を広げてもおさまりきらないアカウミガメの群れ。

そう、群れだ。

これだけの個体数が数百年に渡り発見されないまま生き残っていたなんて。

しかもアカウミガメに本来集まる習性はない。

これもまた何故群れで存在しているのか研究が必要になってくる。

この地点、移動ルートもかつての資料と異なる部分がある。

長い過程で変化したのだろうか…それにしても。


「大発見っていうやつだね」


集まってきた皆が次々にそう言った。

この発見はそのまま今期の発表に盛り込まれ、群れの発見位置から考えて本部持ちの案件になるだろう。

私達は変わらず残った追研究と孵化した個体の保護がメインとなっていく。


この群れの発見は施設中で大騒ぎになって、そのままその発見を祝うパーティになった。

流れが急だ。

けど、それほどの発見だったし、最初に生きた個体と卵を保護した時点で皆の気持ちはお祝いの方向に傾いていたはず。

それを最優先でやらなければいけない作業と研究があったからそれを選んだのであって、今回の群れの発見はきっかけにすぎない。

たまたま目処がついたところだった、それだけだ。

パーティで散々喜んで騒いで、夜通し組は別で場所をとるようだった。


私はそうして盛り上がっているところをこっそり抜け出して自身の研究室に戻った。

あの群れの映像をもう1度見るために。

たった1匹から始まったこの短い期間が夢のようだった。

ここにきてやっと父と同じところに行けた気がする。

いつも楽しそうに話していた父。

私の目標でもある幻に辿り着くまで研究を続けよう。


「……ミカ?」

「!」


呼ばれ視線を動かすとアーサーが驚いた様子で部屋に入ってきた。


「アーサー、貴方パーティに」

「ミカが抜けてくのを見たから追いかけたんだよ」


途中で見失ったけど、1番近い場所がここだから試しに来てみたと。

見事当たり。

私の行動範囲なんてたかが知れてるから予想もしやすいだろう。


「…もう1度見たかったのよ」

「映像?」

「そう」


何度再生しても飽きないだろう。

私にとってそれだけの価値がある。


「ミカの日々の仕事の成果だね」

「皆のおかげよ…それにアカウミガメはある程度目処つきそうだけど、鰯の魚群の件と打ち上げの件は次の可能性を検証する必要が出てきたわ」

「はは、ミカらしいね」


研究熱心だと笑う。


「……ありがとう、アーサー。貴方と組んでるからはかどったわ」

「こちらこそ。ミカが日ごろからきちんとデータとって纏めてあったからスムーズに進めることが出来たよ」


あれ結構時間かかるし大変だろう、とアーサー。

その通りだ。

細かい作業が多いので、どこかで省略する者もいるようだけど、私は全てのデータを1つずつ保管した。

そうすると後々そのデータを使うってなった時使いやすいから。


「よく知ってたわね」


誰にも話してなかったはずだ。

誰もが見られる共有データベースにおいていたけど、皆当たり前のように使ったり閲覧するだけど気にも留めてなかったはず。


「自然と追ってしまうんだよ、ミカのこと。だから丁寧に仕事してることも知ってる」


月明かりに照らされて彼の表情が良く見えた。

困ったように笑う。

少しいつもと違う気がする。


「アーサー…?」


呼んでも少し目線を下げて伏し目がちにしてるだけ…少し考えてるようだ。

私は待った。

ゆっくりとした瞬きの後、アーサーは真剣な瞳で私をしっかりと捉えた。


「本土へ戻れと打診がきたんだ」

「……え?」


脈絡なく急に言われた言葉に声が上擦った。

本土とはアーサーの故郷であるイギリス。

私達の施設の本部がある場所。

ここより大きく、最新の情報と機器が揃い、より幅広く多くの研究が出来、学会発表も主にそこで開かれる。


「す、ごいじゃない!栄転ね!」


なんとか祝いの言葉を出した。

でもどうしてか喉をつっかえる。

すごいことなのに、純粋に喜んでないというのだろうか。

これは何?


「ありがとう」

「…あぁでもアーサー、貴方は最初から本部に呼ばれていたものね」

「今回はだいぶ強い打診なんだよ。陛下からの申し出だから」

「陛下が…」


純血の中でも最たる王族。

先輩のようにアーサーの国にも王族は存在する。

そしてその一族は強い発言権を持っている。


「そしたら…」

「あぁ、この返事をする前にミカに伝えたくて」

「それは…光栄だわ」


もちろん行くのよね、とは言えなかった。

今まで傍にいて当たり前だった…学生時代から一緒だったアーサーとの別れ。

そんな遠いわけじゃない。

今世界を移動するのは容易だ。

けど、何か身体の中にごろっと重いものがのさばっている。

喉を通り抜けるには大きな障害が引っかかっている。


「…おかしいわね」

「え?」

「素晴らしいことなのに納得がいかないの。アーサーが羨ましいとか嫉妬とかそういうことじゃないわ。ただ単純にアーサーがここを去るって思うと妙に落ち着かなくて…」

「ミカ…」


頬にかかる髪をいじりながら気持ちを落ち着かせようと試みる。

こういう時は自分の身体の一部を触るといい。

人間は無意識にそういうことで心身の安定を図るものだから、それをしてればどうにかなるはず。

アーサーを見ることが出来なくて視線を彷徨わせると、もう1度彼が私を呼んだ。


「…アーサー」

「ミカ…!」


3度目で私の手を取り、そのまま私ごと引きずり込まれる。

彼の腕の中は相変わらず大きくて、そう簡単に逃げられるものじゃなかった。

ただあの時のように狼狽して考えることが出来なくなるということはなかった。

心臓の鼓動はあの時と同じで彼に聞こえるかっていうぐらい早く奏でていたし、恥ずかしい思いには変わりはなかったけど、きつく抱きしめられてるのとはまた別で苦しかった。


「ミカ、きいてくれる?」

「…えぇ…」


断れるはずもなかった。

抱きしめてる腕をゆるめてこちらを見るアーサーの瞳は真っ直ぐ私に注がれていたのだから。

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