10話
「……え?」
「アーサー?ミカ?どうした?!」
「………アーサー…?」
手が震えていたのは純粋に動揺していたからだ。
「う、うそ…アーサー!?」
「ミカ、動かすな!」
操縦席から顔を出した先輩が叫んで、はっとして我に返った。
いけない、何が原因で倒れたか、現在の状態を確認しないといけない。
倒れた時に頭を打っていたら、尚更揺らすことはしてはいけない。
バイタルに重篤なエラーは出ていない。
脈と呼吸は基礎値を超えている、出血はあるけど割合から救急該当ではないし、骨と内臓に損傷なし。
「ミカ…」
「アーサー!」
意識もある。
急いで施設のメディカルセンターにアクセスして、バイタルデータを転送する。
「アーサー、すぐ戻るわ!」
「……あぁ」
ぐっと苦しそうに顔を歪める。
「痛みがあるのね」
彼のブレスレットからそれを把握しようとすると、その手を掴まれ止められる。
「ミカは…?」
「私はこの通りよ」
怪我はないことを伝えると、彼はよかったと小さく言って弱く笑う。
そしてそのまま苦しそうに眉を寄せて意識を飛ばした。
ずるりと捉えていた手から落ちていく大きな手を両手でぎゅっと掴んだ。
「アーサー!」
呼んでも応えない。
息はあるし、バイタルにも急な変化を示すものはなかった。
あくまでメディカルセンターでの治療が必要、緊急性なしとしかない。
それでも彼は出血している。
苦しそうにして意識を飛ばした。
その姿を見ただけで、この人を失うのではという妄想にかられる。
それを指し示すデータはどこにもないのに。
ただただ不安で…私の頭はぐちゃぐちゃになって、いつもなら出来る冷静な対応が出来なかった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
アーサーが目覚めたのはその日の夕方だった。
彼は静かに目を覚ました。
その所作がひどく綺麗に見えて、一瞬目を奪われる。
「……」
「…アーサー?」
「……ミカ?」
恐る恐る呼ぶと、ずっとこちらに瞳が向く。
あぁ、本当彼の目が覚めるまで、私はどうにかなりそうだった。
『アーサー!』
『ミカ、落ち着け!』
サイードに言われてもアーサーから離れることが出来なかった。
彼が私を止めてアーサーから離れる。
呼んでも応えないアーサーをずっと呼び続けて…最新のバイタルがどうとか全く考えられなかった。
彼が船から降ろされて運ばれていくのが、離れるのが嫌でついていこうとするのを、さらに止められる。
『サイード、どいて!』
『駄目だ』
『アーサーと一緒にいさせて!』
『ミカ、落ち着いて』
ルイが加わり、私を宥めようとする。
救助に来てくれたのに、私を落ち着かせることが仕事なんて可哀想だわ……その時は全然そう感じなかったけど。
ただ悲しくて腹が立った。
自分自身に。
『私のせいでアーサーが怪我をしたのよ!』
『今のミカじゃダメ』
『ルイ!』
『ミカ、冷静になって?辛いし難しいけど、俺たちが動揺してちゃダメなんだ』
なおも彼らを退いて運ばれていくアーサーの元へ行こうとした私はそこでふと気づいた。
私の肩を抑えるルイの手が僅かに震えているのを。
『ルイ…?』
『…俺だって、アーサーがああなってキツいんだよ…?』
私同様、ルイとアーサーにも同じ年数だけ付き合いがある。
何も思わないなんてことはないはずなのに。
『……あ』
『ミカ?』
『………ごめんなさい』
私は自分の気持ちしか考えてなかった。
誰だって親しい人が怪我をしたら動揺するものだ。
施設の面子は家族みたいなもの、よくよく見れば周囲の表情は一様に強張っている。
『ミカ、行こう』
サイードが肩を軽く叩く。
考える力を取り戻したものの、苛立ちはまだ残っている。
そう簡単に許せるものか…失態なんて言葉では表現できないことをやってしまったのだから。
『噴石?』
施設に戻り、すぐにアーサーはメディカルセンターへ入った。
バイタルデータから、サイードが話をしてくれた。
『あぁ、運よく出血は少量で止血している。倒れた時の脳への影響もなし。骨や内臓への損傷もなしだ。簡単に言えば、打撲と裂傷、これだけ』
『そう…』
『意識を飛ばしたのは一時的なショック状態だろう…痛みも相当なものだろうし』
『えぇ…』
程なくしてドクターがやってきた。
サイードの言う通りで、今日中にもアーサーは目覚めるとのことだった。
当面は打ち身で痛みは残るだろうが、日常生活にも支障はないと。
『よかった…』
運が良かったとも言える。
海底火山の噴火、噴石が海面まで及んでいた非常事態だ。
一歩間違えればこんな怪我では済まない。
予測もアラートもあった。それでも最終的に判断するのは私達人だ。
『ドクター、アーサーのとこに行っても?』
『かまわないよ』
彼はもう自身の部屋へ運ばれているから、私は足早に彼の部屋へ向かった。
アーサーは綺麗な顔で寝ていた。
呼吸も穏やか、ぱっと見たらただ寝ているだけに見える。
私は傍にある椅子に座って、じっと彼を見つめた。
彼が生きている確証が欲しかった。
そんなものバイタルを見れば一目瞭然で、頭の中で納得していても落ち着かないで内側でざわざわするだけだった。
『アーサー』
呼んだって返事がない。
恐る恐る彼の額に手をのばして触れると、ほんのりあたたかみを感じた。
触り心地の良い髪を通って離す。
ふと、少しだけ指先が見えて、捲って彼の手をとった。
やはりあたたかかった。
そのあたたかさでやっと彼が生きてることに納得が出来て私は肩を下ろした。




