春、篠突く雨
突然降り出した雨。
暁が傘を持っていると聞き一歩踏み出した薛名だったが、互いに心情を読み違えて、すれ違い、拗れて行く。
昼前までは春らしい気候だったはずなのだが、今では雨が絶え間なく水溜まりに波紋を描き出している。
昇降口から勢い良く走り出す者、下駄箱の前で外の様子を伺っている者、折りたたみ傘を持っていた者、それに入れてもらう者。
急速に人の動き、流れが変わって行く。忙しない下校時刻。
「薛名さんは帰らないんですか?これから雨、強くなるみたいですよ?」
「帰りますけど…濡れたくないのでどうしようかと思って…」
その薛名の言葉に暁は困ったように笑って返した。
「雨止まないみたいですけど…明日までそこで過ごすつもりですか?(笑)」
からかいながらそう言ってくる暁に対し、薛名はムッとした表情を向け、
「暁先生、傘持ってます?」
と不機嫌そうに尋ねた。
自分への心配か、傘を借りたいのか、質問の意図を図りかねる。だが、深く考えて空回るのは自分だ。と、考えるのを止めその質問へ答を返した。
「えぇ、持ってますよ。」
しばらく沈黙が続く。その沈黙が不安を掻き立てた。
そして口を開いたのは薛名。
「じゃあ…」
普段あまり表情を変えない薛名が珍しくへらっと笑顔を魅せた。
「俺ここで適当に暇潰してるんで、仕事終わりに声かけて下さい。駅まで入れて行って貰えますか?」
へらりと笑った薛名に対し、暁は笑顔を崩した。
本当に良いのか。薛名への好意がある自分が、ましてや教師が…。
「構いませんけど…」
ぐちゃぐちゃの感情を切り捨て、傘の無い生徒を入れてやるだけだ。あくまでも自分から薛名への親切心だ。と、無理矢理表情を塗り替える。
今自分は…
薛名に対してどんな笑顔を向けているだろうか。
スマートフォンを片手に黒い画面を見つめた。
適当に暇を潰すと言ったが正直暇潰しなんて思い付かない。
構わないと言った後の暁の表情は、自分の発言を拒んだ様にも見えた。笑顔が微かに歪んで見えたのは確か。面倒だと思われただろうか。
マイナスな感情が悪い方へと考えを運ぶ。
外の雨音は更に悔いを重くしていく。
黒い画面に映る自分の表情は不安そうに表情を歪めている。
「フッ………酷い顔…」
涙すら浮かべそうな情けない自分の表情に、自ら嘲笑する。
「お疲れですか?」
そう尋ねて来たのは男子生徒に人気の女性教員、鵜飼。
「いえ、疲れている訳ではなく…少し悩み事が…」
「私で良ければ話ぐらい聞きますよ?」
「ありがとうございます、今日は急がなければならないのでまた今度相談させて頂きますね。」
今は急いで仕事を片付けなければならない。
早く薛名の元へ行かなければ…
行かなければ…………?
…何を疑問に思うことがあるのか。
約束をしたのだから早く行かなければならないのは当たり前なのだ。
だが今、僅かな取っ掛かりを感じた。本当に僅かな、だが確かな違和感。
その違和感に再び顔を顰めた。
ひたすら手を動かし続けること1時間程。
「う〜…仕事終わりぃ………」
大きく伸びをして達成感を噛み締める。
息をつく間もなく文字を打ち続け、やっとディスプレイとのにらめっこから開放されたのだ。
自分を褒めてやりたい。
「では、お先失礼します。」
「ん?今日は早いッスね。まさか恋人とか…」
「まさか(笑)…ちょっとした用事ですよ。では。」
他愛もない教員との会話を交わし、急ぎ職員室を後にした。
『春、篠突く雨』は後編へ続きます。
気になる方はぜひ次の話も読んで頂けると嬉しいです。程々にご期待下さい(笑)