rail_1 停止した新宿駅
東京。
日出ずる国ーー日本の首都。
その人口は約1300万人。政治、経済、文化の中心地であり、浅からぬ歴史もつ巨大都市。
古くは400年前の江戸幕府から始まり戦後復興を乗り越えて今日では、高層ビル街と情緒溢れる下町が混在する。
地上と地下。縦横無尽に張り巡らされた東京の鉄道網は、この街の住人、観光客にとって重要な移動手段だ。
会社勤めのビジネスマンから小中高大学生。或いは裏社会に身を置く無法者まで。善人悪人、老いも若きも皆、電車に揺られて今日と明日を行き来する。
人の流れは街に活気を呼ぶ。
何万という人を運ぶ電車の流れ。それらが集う駅は賑わいの中で発展し、街の中心として大きく栄える。
しかし、中には街の成長に合わせるために改装、改築を繰り返した駅もあるわけで。
どーしようもなく捻くれて、迷路のようになった問題児もいるわけでして。
「………ここ、どこだ?」
俺は、俺一人残された駅のホームで呟いた。
ここは何処だ。ここは、東京都新宿区〈新宿駅〉の………はずだ。
この駅につけられた謂れはもちろん知っている。
都会の迷宮、高難易度ダンジョン新宿駅。
ただ、いくら入り組んだ構造をしているからといっても所詮は駅。
しかし、俺はこの迷宮で2、3時間出口を探してを彷徨っている。
自分の経験上、10分も歩けば何処かの出口には辿り着けるはずなのに。
どこまで行っても改札口の様なものは一切見当たらない。天井から下がる出口案内もメチャメチャだ。駅員も誰一人として居ないし、利用者も見当たらない。
まさかこの駅にこれほどの地下空間が隠されていようとは……ってそんなわけないし。
蛍光灯の無機質な明かりが照らす構内。タイルが鳴らす無機質な反響が廊下の端まで届く程の静かさ。
怖えよマジで。誰一人としていない駅ってとんでもないホラーワールドだ。
「あれは…」
視線の先に掛け看板がみえる。コンビニだ。
煌々と輝く店内の棚やショーケースには商品がきちんと置いてある。しかし、客や店員の気配はない。
一体誰が並べたのやら。これじゃ神隠しだ。
「いや、どっちかと言えば、俺の方だよな……」
無人の駅に、迷宮と化した新宿駅。
普通に考えれば、自分が迷い込んだとする方が正しい。なにせネットの悪ふざけが現実化したようなモノに新宿駅が変貌を遂げているのだから。
やはりここは現実ではない。そして、そうと言える根拠はもう一つ存在する。
その前に取り敢えず、なんか買って食おう。休憩したい。
運良くバックヤードの扉が空いていて中には椅子と机が置いてあった。従業員が経理作業をするための物かな。有り難く使わせてもらおう。
「ここなら、まあ安全かな……」
再び店の中に戻り、ショーケースからテキトーに選んだペットボトルとおにぎりを手にレジへ。
「って、店員いないじゃん」
支払いはどうすんだこれ。っていうかこんな状況でも代金払うか払わないかを気にする俺ってつくづく日本人だよな。
「あーあ、これからどうすればいいん、だー」
イラつきを込めたため息と一緒におにぎりを放り上げる。
おにぎりはそのまま空中に、止まった。落下することなく目の前に止まったままだ。
「はぁ…… マジで何なんだこれ」
空中にピタリと固まったおにぎりをつつく。
軽く力を込めた分、ほんの僅かに動くおにぎり。
ニュースでやっていた宇宙ステーションで宇宙飛行士がやるパフォーマンスがだいたいこんな感じ。
でも、これは少しだけ違う。宇宙にあるものは、抵抗が無いから動き続けるそうだか、このおにぎりは空中で止まっている。
この現象がこの世界が現実でない根拠だ。
始めに気が付いた時はマジで驚いた。ビビって転んだくらいに。その時に放り投げたバックも空中で止まってようやく理解した。ここは異世界だ。
夢という線は転んだとき、頭を打った痛みと共に消えてしまった。あそこで目覚めてくれればこんな苦労はしなかったのに。
レジ台を乗り越えて、備え付けの電子レンジをボタンをいじる。
反応がない。
次はレジの読み取り機を空中に浮いたままのおにぎりにかざしてみる。
「これもダメか……」
電子機器は全滅だ。自分のスマホも画面がついたまま動かない。
空に浮いたおにぎりを取り、バックヤードに戻る。
細かい値段の計算は面倒だから千円札だけ置いてきた。
買ってきた商品を机の上に置き、そのまま突っ伏す。
「つかれた……」
ひとまず状況を整理しよう。とにかく分からない事が多すぎる。一縷の希望に過ぎないけど、この現象を分析すれば何かしら解決策を思いつくかも知れない。かも……知れない。
初めにいた場所は、山手線の車内。
「今から思えばその時点からおかしい……」
友達と遊び明かしたあと環状線である山手線で寝落ちたのは、記憶を辿ってまず間違いない。
ただ、目を覚ましたら駅員に起こされるのでは無く、真っ暗なトンネルを進む列車に揺られていた。そして、列車が止まったのがこの場所だ。
降りてすぐに電車が出てしまい、よく分からないまま放り出されてしまった。
「あのまま乗ってたら、帰れてたかな…… 」
はぁ、もう過ぎた事は素直に忘れよう。憂鬱になると悪い未来しか頭に浮かばない。
だから、なんとなく、おにぎりを宙に浮かせてみた。
「……ハンドパワー」
別に頭が変になった訳じゃないぞ。ちょっとやってみたかっただけ。
でも、こうしてみるとこの現象は俺が起こしているわけでは無いことがよく分かる。空中に浮かせることはできても、手を使って直に押したりしないと動かすことが出来ない。
このペットボトルのお茶がそうだ。こうして飲もうとしても出てこない。何故なら外側のプラスチックの部分にしか触れていないからだ。だとすれはこのお茶を飲むためにはこうするしか無い。
「ふん!」
ペットボトルを強く押し込む。そうすると中身が噴水のように飛び出してきて飛び出した水の固まりを飲む、というかうまいこと齧る。気分は宇宙飛行士だ。
止まった世界で自分の触れた物だけが動いている。そんな感覚が頭の中に残る。
時間の止まった世界。結論として俺この世界をそう思う事にした。
イメージはそうだな……。映画のフィルムの一コマ世界。その中を登場人物が自由に動き回っている。
そんな感じだ。
モノを投げるとしばらくは現実世界と変わらない動きをする。でも、直ぐに止まった状態にもどった。
そして、自分が投げて動かした物がが止まった物体にぶつかると、そいつも時間停止が解けたように動きだす。
なら、呼吸はどうなんだろうか……ってもういいや。どうせ完璧に解明なんか出来ないし、今生きている以上考えるだけ無駄だ。
「気張れ俺! こんな時こそポジティブ思考だ」
取り敢えず食料の確保はできた。後はこの迷宮脱出の手立てを考えよう……ってヤバイ。
俺はとっさに腰を屈めて息を飲んだ。それは微かに音を聞いたからだ。時間が停止したこの世界で。
迷宮といえば必ずついて回るイメージに怪物の存在がある。ギリシャ神話に登場するミノタウロスだ。
そしてこの新宿の迷宮にもミノタウロスはいる。
俺はバックヤードから補充棚の裏手に回り外の様子を覗き込んだ。
もう、足跡がはっきり聞こえるまで近づかれている。そいつが奴の放つ油臭い気配も鼻で感じ取れる程だ。
ヤツが来た。品物の影の向こう側にはっきりとその姿を捉える。
唸り声をあげるのは巨大な虎だ。しかしその姿は普通じゃない。そいつは人間の様に二足歩行で歩いていた。身の丈は駅の天井に届きそうな程の巨体。丸太のように太い腕には棍棒が握られている。
しかし、それらが霞むほどに奇妙なものが一つある。
――メイド服を着ている。
サイズのぴったり合ったメイド服を来た怪物。虎メイド。
恐怖と緊張感と何故メイド服を着ているんだと言うツッコミでぐちゃぐちゃになった感情が行き場を無くして、押し出された鬱憤を呟かずにはいられなかった。
「東京……怖ッ!」
毎日更新目指して頑張ります。