一章10
4人を見送り鍵を閉める。
裏口がある警備員室で陽子、はるか、麗美の3人が食料を探しに行った4人のことを待っている。玄関を封鎖した今、出入り口は裏口しかない。化け物の唯一の進入経路で待機している3人は気が気でないが、誰もいなくては4人が戻ったときに中に入れなくなってしまうため待機しているのだ。
何もすることがなく、ただ待つだけの時間は長く感じるだろう。最初はウロウロしていたはるかだったが暇を持て余したのか陽子に話かけていた。
「ねぇママ、おうちに帰らないの?おうちに帰ろう?」
今の事態を理解できるわけもないはるかは気の休まる家に帰りたいのだろう。
「はるか、今ね、お外はとっても危ないの、だからおうちに帰れないのよ」
優しく、諭すように話す陽子。
「あぶない?の?パパは?パパはどうしていないの?」
どのような言葉を用いても、子供に理解などできる内容ではない。陽子ははるかをぎゅっと抱きしめて震える声で話しかける。
「パパもね、はるかと一緒、お外が危ないから、かくれんぼしてるのよ。はるか、いい子にしてたらパパが迎えに来てくれるから、ママと一緒にいい子にしてましょうね?」
「いい子にしてたらパパが迎えに来てくれるの?うん!はるかいい子にしてる!」
とても聞き分けの良いはるかに嘘をついている陽子は胸を痛めた。
(あなた・・・どうか無事でいてね・・・)
陽子の夫が迎えにくることなど皆無。
それを理解している陽子の瞳には涙が滲んでいた。
その光景を黙って見ていた麗美。
(お父さんとお母さん、大丈夫かな・・・ううん、きっと大丈夫だよね)
不安を取り除くように首を振り、両親は無事であると自分に言い聞かせる。
もちろん、陽子の夫や麗美の両親の安否の行方を知るものなど誰一人いないのであった。
銀と霞はさっそく制御操作盤を探すため校舎を見て回った。ここの卒業生である霞に、それらしき部屋はないか尋ねたが、当時は小学生、そのような場所など気にも留める年齢でもないのでわからないと答えた。主だった教室や特別教室にあるとは思えないので、普段は立ち入らなかった場所を探すことになった。
銀は青龍刀と拳銃を持っている。青龍刀は玲慈に渡していたのだが、残った4人を守るためには拳銃だけではいざというとき危なくなるかもしれないとのことで、青龍刀を玲慈が返してきたのだ。
「ここだな」
目の前には「管理室」と書かれているプレートがついている扉がある。職員室から拝借してきた鍵を一本一本差し込み確認していく。何本か試したところでカチャリと音がした。
部屋の中にはいくつもの制御操作盤が並んでいる。
「これだな」
銀は目的の操作盤を見つけ扉を開ける。
「これはこうだから、ここがこうなって・・・回路はどうなってるんだ・・・」
頭の中で考えているのか、一人ブツブツと呟いている。
「よし、なんとかなりそうだな」
答えがでたのかカチャカチャと中身をいじりだした。
銀の行動を不思議そうに見つめる霞。
「銀さんって、こういった関係のお仕事をしてたんですか?」
素人の霞は中を見ても全く理解できなかったので、理解できる銀に電気関係の仕事をしていたのかと尋ねてみた。
「ん?あぁ、ワシの親父が電気会社の社長だったんでな、ワシもガキの頃から色々と弄ってたって訳だ」
「へぇ、それじゃあ銀さんって将来は社長さんだったんですか?」
「いや、ワシは自衛隊ってのに憧れててな、そっちに行ったわ。まぁそう長くは続かなかったがな」
「そう、なんですか」
これ以上は深く聞くべきではないと判断した霞はそこで話を打ち切った。
カチャカチャカチャと作業の音とブォーンという機械が作動している音だけが聞こえる。
「・・・これでよし」
作業が終わったのか銀が霞へと振り向く。
「一体どうなるんですか?」
「とりあえずは下手に弄ってシャッター上げちまったら笑えなねぇからな。異常がないかを見てたんだが、動力回路の一部が断線しそうになっててな、片方が止まってたからいずれは電気が点かなくなっただろうな」
いまいち理解できないが、分かったことだけを聞く。
「えっと、電気が点かなくなることはないってことでいいんですか?」
「あぁ、嬢ちゃんには難しい話だったな。安心していいぜ、電気が消えることはねぇさ」
銀の用事が済んだため3人が待機している警備員室に戻ることにした。
「あの、銀さん、聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
廊下を歩いている最中、気になっていたことを聞くことにした。
「あぁ、いいぜ」
「あの・・・今外はどうなってると思いますか?」
銀は少し考える仕草をする。
「外か、詳しいことなら玲慈達が戻ってきたら多少はわかると思うがな、嬢ちゃんが聞きたいのはそんなことじゃねぇんだろ?」
図星だったのかピクッと体を動かす。
俯きながら歩いていたが、やがて顔を上げ口を開く。
「私達・・・本当に助かるんでしょうか・・・」
ずっと考えていたこと。
「たとえ今助かったとしても、この先あんな生き物がいる世界で、私達は生きていけるんでしょうか」
人を襲い、命を奪ってゆく化け物たち。非力な自分では抗うことすらできずに殺されてしまうだろう。先のことを考えると不安ばかりが募るのだ。
「なぁ嬢ちゃん、ワシらの祖先、まぁ原人って奴だな、どうやって生活していたか、わかるか?」
全く関係のない質問をされ戸惑った霞だが、すぐに考えて答えを出した。
「たしか、魚介類や果実を取って生活してたんでしたっけ。集落の中には狩猟をする場合も多かったようですけど」
「ワシもそう詳しくは知らんがな、太古の人間達は自分よりも明らかにデカイ猛獣を相手にしてたんだな、マンモスやらサーベルタイガー・・・って知ってるか?」
頷く霞。
「ならいいな、そいつらはそんな「化け物」と戦い生き抜いてきたんだ。昔の人間にできたんだ、ワシらにできない道理はねぇな」
ニヤっと笑う。
「それにな、人間ってのは馬鹿じゃねぇ、今の状況の打開策は必ず見つけ出す。あの化け物を放置したまま、なんてことはないさ」
それに、と言葉を付け加える。
「いくら日本が平和な国っつってもだな、武器を持ってないわけじゃねぇ、自衛隊なり出動してるだろうさ。どこにいるかは分からねぇが、なんとか連絡する手段を考えんとな」
霞は先のことを考えて悲観するだけだったが、銀は違った。先を考え生き残る手段をしっかりと考えているのだ。
「そう、ですね」
銀の話を聞き、自分は一体何をしていたのだろうか、と悔い改める霞。皆生き残るために戦っているのだ、知恵を絞っているのだ。自分のしていたことはただ悪戯に不安を募らせていただけ。
(私も皆の力になりたい)
このままではいけないと思い、自分にできることを探すことにした。
戦う術を持たぬ少女が、皆と共に戦う覚悟を決めた時であった。
これにて一章最終話となります。
本来であれば、このまま二章へと突入する訳ですが、本作品について思う所があり、更新は一旦停止とさせて頂きます。
連載の放棄をする訳ではありませんのでご安心下さい。
読者の皆様には大変ご迷惑を掛ける事と思いますが、何卒ご理解して頂きたく存じ上げます。
それでは、後書きにて失礼させて頂きます。
志具真