一章3
「ば、馬鹿野郎!!」
男の名は 原 銀 という。拳銃を所持していた事実と目が合ったとしたら10人中10人が目を逸らしてしまうほどの強面。そう、彼はまさに危ない関係の人なのだった。
拳銃が発砲されている状況でその間に入り込むなど自殺行為といっても等しいくらいだ。現代兵器の前に人は無惨に散ってしまうのが現実。銀はもちろんそのことを理解しているがゆえに目の前の少年の行動には驚いた。
いくら彼が危ない関係の人だからといって人を殺し快楽を得るような人間ではない。むしろ命の大切さを痛いほど理解しているのだ。
獣に向かっていった少年が何を考えているのか分からないが誤って撃つこともできないと考えた銀は先程までよりさらに狙いをしっかりと定め引き金を引いていった。
右往左往と動き回っていたせいか獣が1匹だけ離れた場所にいる。
玲慈はそこへ一直線に向かう。他の2匹は銀の放っている銃弾により思うように身動きがとれない状況であり、仲間の元に向かうことができない。
獣は玲慈の接近に気付き身を屈め迎撃体制をとり、玲慈が近づくにつれて緊張が高まる。
玲慈は生まれてこの方、剣どころか竹刀すら握ったことが無い。男同士の殴り合いの喧嘩すらすることの無い玲慈が今まさに獣に立ち向かっている。
不安に心が潰されそうであるが、最早引くことすらできない。
不安を打ち消すように雄叫びをあげる。
「うぉぉおおおお!」
その叫び声と同時に獣も雄叫びをあげながら玲慈に飛びかかった。
身の危険を感じた玲慈は体を左横に滑らせて回避行動にでる。
刹那、玲慈がそのまま進んでいたら到達していたであろう場所に獣の鋭い爪が振り下ろされた。大振りであっただろう攻撃に獣は着地体勢を崩す。その隙を狙って玲慈はすかさず青龍刀を振り下ろした。
しかしさすがに本能で行動する獣だけあって、すぐさま体勢を立て直し飛び退る。
再び一定の距離が生まれ互いに睨み合う。先程の攻防で獣も警戒しているのかこちらに向かってくる様子はない。
後ろからは鳴り止まない銃声が聞こえ、ついに変化が表れた。
「キャゥン」という鳴き声が聞こえ、獣が一瞬注意を逸らした。
(今だ!)
その隙に一気に獣に駆け寄り青龍刀を横に払って振るう。
獣は前に飛びかかって噛み付こうとしてきたが時既に遅し、青龍刀が胴体を切りつけた。
切りつけられた反動で横に滑るように転がっていった。
すぐさま起き上がりこちらを睨み付け唸り声をあげる。
致命傷にはなっていないが傷は深い。傷口から血が滲み出て毛を真っ赤に染めている。
(このまま一気に!)
元来、手負いの獣ほど危ないものはない、と言われ手傷を負った獣に対しては十分な注意を払い立ち向かうべきなのだが、勝利への焦りか、素人ゆえの判断か、玲慈はそのまま獣に駆け寄り再び青龍刀を振るった。
「なっ!」
玲慈は獣の行動に驚きを隠せない。振るった太刀も関係無しにこちらに飛びかかってきたのである。
青龍刀は右肩あたりに切り込んだのだがそれをものともせずに牙を向ける。
飛びかかる勢いに負けた玲慈は背中から倒され、獣は獰猛な牙で噛み付こうとしてきた。
「玲!!」
霞の悲愴なまでの叫び声が響く。
恐怖に負けた玲慈は目を瞑り最後の刻を迎えようとしていた。
ポタッポタッ
生暖かい何かが顔に落ちてくる。すぐにくると思われた衝撃はいつまで経ってもこず、玲慈はおそるおそる目を開けた。
目の前には大きな口を開け獰猛な牙を覗かせた獣の顔がある。
しかし、獣の顔の横に何かが生えている。
「大丈夫ですか?」
そう尋ねる男の手には刀が握られていて、獣の顔を横から一突きにしていたのであった。