大図書館
そこは薄暗く、しかし大きな図書館だった。
しじみ達が訪れたのはこの大きな図書館だった。
この世界に来た時に一人の司書とあった顔の大きな、というよりは大きな金属の顔に手足の付いた男だった。
彼が言うには、彼はしじみの専属の司書だそうだった。
ライオネルと鎧にもそれぞれ司書が付いていた。
司書に言えば食事や飲み物を用意してくれるとの事だった。
図書館には他にも人がいた。皆思い思いに本を読み漁っていた。
しじみ達もそれぞれ分かれて本を読み始めた。しじみは一冊の絵本を読みふけっていたどれだけ時間が経っただろうか。周りに人気が無くなっていた。
「こんにちは」
急に話しかけられてしじみの心臓が縮み上がった。振り向くとそこには白いローブを纏った神秘的な女が立っていた。
「あ、はい。こんにちわ」
しじみは慌てて挨拶を返した。女は笑顔で答えた。
「驚かせてすみません。始めまして、二月しじみさん。私はフォス。あなたの儀式を止めに参りまし
た。」
「私の名前を……それに何故儀式の事を知っているんですか」
「それは私が『ブライトネス』と呼ばれる組織に属しているからです。我々は世界を管理するものなのです」
「世界を管理……それはどういうことですか」
フォスはふっと息を吐き答えた。
「世界はある日女神によって一つに纏められていました。しかしある日、女神を妬んだ一人の魔人により散り散りに引き裂かれてしおまったのです。我々はその散りばめられた世界を再び一つに纏め女神を再臨させるために生まれた組織なのです」
「そんな凄い組織の人が私に何の用なんですか?」
「問題は先ほども申し上げた通り、貴方が行っている儀式の方です。あなたは知らずに世界を切り取っているのです」
「世界を切り取る?」
「そう、あなたの行っている禁忌の儀式『カーニバル』は世界に楔を打ち込み、立ち寄った世界を切り取り、自身に内包する儀式なのです」
「世界を内包……そうしたら今旅した世界に何が起こるんですか?」
「それは個人差があります。世界を氷漬けにしたり、それとあなたの世界の様に炎に包んだりすることもあり得ますね」
しじみは女の言葉に驚愕した。
「私の世界も楔を打ち込まれたからあんなことになったんですか?」
「その通りです。そして結果、魔神『ヘイトレッド』が生まれたのです」
「そんな……それじゃ私の世界はもう元に戻らないんですか」
「魔神『ヘイトレッド』を倒せばあるいは救われるでしょう。しかしあなたがそれを成すには世界を切り取る以外ありません。ですが我々はそれをさせるつもりはありません。そこでどうでしょう、貴方が儀式をあきらめれば、我々が代わりに貴方の世界を救いましょう。如何でしょうか」
「……お姉さん達なら確実に魔神を倒せるんですか」
「必ず成し遂げると約束いたしましょう」
「そこまでっすよ、『ブライトネス』の犬っころさん」
そこに現れたのは道化師の女だった。くるりと宙を回言った。
「出来ない約束はするもんじゃないっすよ。フォス=カーネイジさん」
「魔神『ナイトメア』……!やはり出てきましたね」
「ピエロのお姉さんも魔神だったんですか?」
「お久しぶりっすねしじみちゃん。私の事は親しみを込めて『メア』って呼んでください」
「『ナイトメア』、やはり今回も『カーニバル』に関わっていましたか」
「貴方こそ今回も邪魔しに来たっすね。しじみちゃん良く聞いてください。こいつらが『ヘイトレッド』
をどうにか出来るならとっくにやってますよ。それが出来ないから、せめて魔神が増えないように画策してるんですよ」
「黙りなさい!魔神風情が!」
フォスが声を荒げた。それと同時に彼女から風がびゅうっと吹いた。
「やっと本性を現したっすね。あんた等いっつもそんな感じっすよね。しじみちゃん、真似しちゃ駄目っすよ」
「……ならば最後に一つだけお伝えしましょう。『ヘイトレッド』に関してです。彼は貴方と共に旅をしています」
「……え?」
「貴方が『鎧』と呼んでいるものが魔神『ヘイトレッド』なのです」
しじみはその言葉に困惑した。少女は宙を舞う道化師を見た。
「……それは本当の事っす。彼が『ヘイトレッド』です」
「嘘だよ……そんなの……だって鎧さんは……」
「しじみ、すべては貴方の為です」
しじみは声のする方へ向いた。
そこには鎧が立っていた。少女は震えながら聞いた。
「何で鎧さんが私の世界を焼いてるの?どうしてわたしの旅についてきたの?どうして……」
しじみは晒された真実に耐え切れず昏倒した。薄くなっていく意識の中で、鎧が自分の名前を叫んでい
るのがかすかに聞こえた。
それは薄っすらとした記憶だった。
少年がしじみのハンカチを奪い宙に掲げていた。
それは母親から誕生日にもらったしじみにとって大事なものだった。
しじみに酷いことをするのはいつも山岸少年だった。
山岸は仲間の近藤と三上の三人でいつもしじみをいじめていた。
クラスメイトは皆ダンマリだった。しじみはいつも孤独だった。
いや、一人だけ彼女を気にかけていた人がいたが、思いだせなかった。
しじみには逃げ場が無かった。
家に帰ると酒浸りの父親に殴られた。
母親はしじみに関心を抱かなくなっていた。
しじみは自分が世界に必要とされていないことに気付いた。
自分はこの世界にいては行けないのだ。
だからマンションの屋上から身を投げた。
それは世界に絶望したからでは無かった。
自分の存在を許さない世界に貢献するために身を投げたのだ。
地面が段々と近づいてきた。そして――
しじみは目を覚ました。鎧が直ぐに気付き、様子を伺った。
ライオネルが合流し、道化師は相変わらず宙を舞い、フォスは姿を消していた。
「……鎧さん私全部思い出したよ。私はもう死んでいたんだね」
「いえ、今のあなたは間違いなく生きています。私が『カーニバル』であなたを蘇らせたのですから。その結果私は『私自身』を失いました」
「自身を失う……?」
「文字通りです。私は世界から消され『ヘイトレッド』となったのです」
「だから私の世界を燃やしたの?楔だから?」
「世界を焼いたのはあの世界が、あなたを拒絶したからです。そうでなければあんなことはしませんでした。」
「……鎧さんお願い。もう世界を焼くのはやめて。人を傷つけないで」
「……それは出来ません。例え貴方の望みでも」
「……だったら鎧さんと戦わないといけないの?倒さなきゃやめてくれないの?」
「そうですそれだけは貴方の願いでも聞くことはできない」
道化師が宙を舞いながら言った。
「さぁそろそろこの世界ともお別れっすよ。準備はできてますか?」
その言葉でしじみ達の体は霞の様に消えて行った。最後の決断の時はすぐそこまで近づいていた。