迷宮にて
しじみ達は歩いていた。とにかくひたすら歩いていた。
道は薄暗かったが、壁に等間隔で松明が立てられていて全く見えないという訳では無かった。
しじみ達がこの迷宮に迷い込んだのは何時頃かも判らなかった。
「しじみちゃん、喉は乾いていないかい」
布を羽織った男がしじみに聞いた。
男はギルという名前だった。
彼に会ったのはこの世界に来て直ぐだった。
しじみ達はこの迷宮に転移してきた。
そのすぐにギルと出会ったのだ。
ギルは何年もこの迷宮で迷っているといった。
そしてこの迷宮は時間が止まっているらしい。
つまりしじみ達が次の世界に向かうには、この迷宮から脱出しなければならない可能性があった。
しじみの腹が鳴った。
しかし食べるものは何も無かったあるのはボトルに入ったそれなりの量の水だけだった。
しじみはギルからボトルを受けとり、少しだけ水を飲んでありがとうございます、とギルにボトルを返した。
ギルから甘い匂いが漂っていた。
「ギルさんはどうしてこの迷宮に来たんですか」
休憩中、しじみはギルに素朴な疑問を問いかけた。ギルは自嘲するように言った
「単純な話さ。迷宮の奥に存在していると言われている財宝を求めてきたのさ。その時は仲間もいたんだ。けれどもあいつに殺されてしまった」
「あいつ?」
「迷宮の怪物さ。奴は俺たちのような得物を狙っているのさ」
隈の出来た眼をぎょろぎょろさせて言った。まるで得物を狙うハイエナのような眼をしじみに向けていた。
「それからはずっと一人だったんですか?」
「そうさ……ずっと一人だった。……そろそろ行こうか」
それから再び、しじみ達は歩き続けていた。ずっとずっと。
その時だったギルが何かを見つけ駆けだした。しじみ達も後を追った。
すると突然広い部屋に出た。そこには黄金がたくさん転がっていた。
「やっと……見つけた」
ギルは泣いていた。夢がかなったのだ。
ギルは黄金をかき分け一つの黄金の壺を持ち上げた
「それは何ですか?」
しじみは聞いたギルは答えた
「万能の妙薬さ。僕はずっとこれを探していたんだ」
「誰か病気なんですか」
「ああ、ぼくの大切な人が不治の病にかかっていてね。そのためにこの迷宮に来たんだ」
「そうだったんですか……見つかって良かったですね」
「ありがとう、君は何か持って行かないのかい?」
「私はこれを」
しじみはそう言うと黒いマントを羽織った。
「魔法のマントかい?それは良いね」
そしてしじみ達は黄金の部屋を後にした。それからはまた歩き続けた。
それからどのくらい歩いただろうか。
黄金の部屋を見つけてから大分歩いたはずだった。
何日かたっていただろう。異変は起きた。
ギルが倒れたのだ。食事をとっていなかったためだろう。
ギルは既にもう限界だったのだ。しじみは途方に暮れた。
暫く考えてからしじみは鎧に言った。
「鎧さん……お願いがあるんです」
ギルは目を覚ました。どうやら空腹で倒れたらしい。体を起こすとしじみが鍋を焚火にかけていた。
「良かった。目が覚めたんですね」
「あぁ済まない……ところでそれは?」
ギルは鍋の中の汁を指して聞いた。中には肉の様な物が浮いていた。
「はい……ギルさんが倒れた後に蛇を見つけたんです。ギルさんもどうぞ」
そう言うとしじみはギルにうつわを差し出した。
ギルは受取り汁を啜った。それは覚えのある味だった。ギルは涙を流した。
「済まない……済まない……」
ギルは謝りながら汁を啜った。しじみは左腕をマントで隠しながら汁を啜った。
それからどれだけ歩いただろうか。それは突然現れた。
牛の頭に人の巨躯。ギルの言っていた怪物だった。
鎧は一気に距離を詰め手刀を放った。怪物はあっけなく死んだ。
そしてギルとしじみは怪物を食べた。何日ぶりかのまともな食事だった。
それからどのくらい歩いただろうか。
運命の日は唐突に現れた。通路の先光が見えたのだ。
体力を振り絞り走りよると外が見えた。
漸く出口にたどり着いたのだ。
外に出ると空気が澄んでいた。それからギルの大切な者の元へ向った。
しじみ達も付いて行った。
彼女は寝台の上青白い顔でぼんやりとしていたが、ギルを見ると涙を流した。
ギルは彼女に妙薬を飲ませた。彼女の顔色が良くなった。
しじみ達はそれを見送ると霞の様に消えた。
ギルはしじみ達を探したが、とうとう姿を見つけることは出来なかった。