プロローグ
少女が目覚めるとそこは砂の上だった。
二月しじみは体を起こし、辺りを見回してみた。周りには空の檻や一輪車、椅子などが雑に積み上げられており道が出来ていた。
どうやらここはサーカスのテントらしいことは分かったが、なぜ自分がそんな所で寝ていたのかは皆目見当が付かなかった。
考えても分からなかったので、しじみは光の方へ歩くことにした。
「不思議な顔をしてるっすね~」
後ろから唐突に声を掛けられてしじみは飛び上がりそうになった。おそるおそる振り向くとそこには紫色の道化師が浮かんでいた。
「何で浮いてるの……?」
「最初に聞くことがそれっすか~?普通もっとあるでしょう」
道化師は笑いながら宙をくるりと回り答えた
「あの……ここは何処ですか?」
「お、やっとまともな質問が来ましたね。ズバリこのテントは私が作ったテントなんですよ。凄いでしょ?」
「何で私はそんな所に居るんですか?」
「それは順を追って説明しましょう。まずはテントから出てみましょうか」
こっちこっちと道化師の指さす方へしじみはあるいていった。
暫く歩いていくとテントの出口に着いた。テントを出るとしじみは驚愕した。
世界が赤に染まっていた。建物や木々には炎に包まれ、地面や壁には赤い液体が飛び散っていた。
何処からかは悲鳴がいくつも聞こえてきた。よく見れば見覚えのある光景だった。そこはしじみの住む町だった。
「何で……こんな……」
「この世界は魔神によって変えられてしまったんですね~」
のんきな声で道化師は答えた。
「魔神……」
「そうっすよ~魔神が現れてこの世界は怪物たちの跋扈する世界になってしまったんですね~」
「何でそんな」
その時だった。道路の奥の方から一体の牛の頭の怪物が歩いてきた。
怪物は一人の少年を片手に掴んでいた。しじみはその少年に見覚えがあった。
「山岸君……?」
山岸という少年はしじみに気付き叫び声をあげた。
「なんでお前がここに居る……」
その声を遮るかの様に怪物は山岸少年の頭と両の足を掴みねじりあげた。
山岸少年は悲鳴を上げる間もなく、血しぶきをまき散らし絶命した。
しじみは声が出せなかった。
怪物は山岸少年を咀嚼すると、しじみの方に振り向き近づいてきた。
しじみは腰を抜かしその場にへたり込んでしまった。
怪物の手がしじみに触れそうになる瞬間それは炎を纏い現れた。
それは甲冑の騎士だった。
騎士は手刀を放ち牛頭の怪物の頭部に突き立てた。そして炎で燃やし、怪物を絶命させた。
「間に合ってよかった。しじみ、大丈夫ですか」
「なんで私の名前を……」
「それは私にもわかりません。ただ気が付いたらあなたを守らねばと駆けていたのです」
「……貴方は何者なんですか」
「分かりません。なので私のことは鎧とでも及び下さい」
「何で町がこんな事に」
「それについては私が説明致しましょう~」
道化師がお道化ながら答えた。
「この世界は魔神によって突如支配されてしまいました。魔神の名前は『ヘイトレッド』。彼を倒さなければ世界はこのままでしょう~」
「何か……町を救う方法は無いんですか」
「一つあるっすよ~」
道化師はひらりと回りながら答えた。
「あなたも魔神になればいいんです。そうすれば『ヘイトレッド』を倒すことも夢ではないでしょう」
「魔神になる……?一体どうしたらいいんですか!?」
「これからあなたには七つの世界を各七日、合計四十九日かけて旅をしてもらいます。その旅を成功させれば世界を救う魔神にもなれるでしょう。どうですか?やりますか?」
「やります!どうしたらいいんですか?」
「ではまず準備をしましょう」
そう言うと道化師はしじみの胸に手を当てた。瞬間しじみの胸が光り、一冊の本が現れた。
「これは貴方の魂そのもの。それを傷つけてしまうと貴方が死んでしまうので気を付けてくださいね~」
「私の魂……」
「その本は契約そのものでもあります。契約したい相手に血判をしてもらうとその人は貴方のモノになりますよ」
「ならば私と契約をしてくれ。貴方を守るために」
「鎧さん……分かりました。よろしくお願いします」
鎧は本の表紙へと触れた。すると本は光り輝いた。鎧が手を放すと光は消えた。
「これで契約が出来たんですか」
「ばっちりです。それでは早速向かってもらいましょうか」
道化師がくるりと回ると扉が現れた。
「さぁ行ってらっしゃい!良き旅にならんことを!」
しじみと鎧は扉をくぐった。二人の奇妙な旅路が今始まった。