畏怖される存在
「竜の逆鱗? 何だそれは!?」
「まぁ、見ていれば分かるわよ」
「私は何よりも何よりもこの髪を切られるのが嫌いだ。主様が好いてくれたこの髪をお前のような人間に切られるなんて!!
・・・人間、竜が何たるか教えてやろう」
竜王女は急に咆哮を発する。なんてバカでかい声なんだ。鼓膜が破れそうだ! そして、咆哮が止んだと思ったら、竜王女の体に変化が訪れる。
「鱗? いや、それだけじゃない。体が大きくなっていく。・・・これが、竜か」
『愚かにも竜の怒りを買った事を後悔するがいい!』
竜王女は巨大な竜へと変わった。先ほどのキマイラが可愛く見えるほどの巨大さと怖さ。これが本物の竜か。
口を大きく開けてフィリアスへと近付いていく。恐怖からフィリアスは動けないのか。このままだと竜王女がフィリアスを喰らうか。俺とカインとキマイラの命を弄んだ野郎、か。
「それだけはダメだ」
『何故だ主様。主様も殺されかけた。ならば、殺しても問題無いだろう? 殺そうとしたのなら殺される覚悟があるということだ』
「そうやって全てを殺していっても何も残らない。それに、こんな奴を食ったらお前もお腹を壊すだろ?」
俺は笑いながら竜王女に語り掛ける。恐怖から手と足が震えている。それほどまでに竜が怖い。けど、先ほどまで見た少女を知っているからこそ俺は喋りかけられた。俺を好きと言ってくれる少女は怖くないから。
『・・・主様に救われたな。本来であれば喰らってやるところだが、確かにお前を食えば妾の腹が壊れそうだ。
だが、多少の報いは受けてもらう!』
竜王女はフィリアスの服を咥えると、そのまま遠くまで投げ飛ばしてしまった。どれだけ飛んで行くんだろうか。まぁ、さすがに無事だとは思うけど。
「へぇ・・・。これが、竜なのか。竜王女だから竜になれて当然か」
『震えてる・・・』
「いや、そんなこ―――」
俺が言葉を発しようとしたら、突然、ビンが投げ込まれた。観客席から投げ込まれたビンは次第に増えていき、罵詈雑言まで飛び出してきた。
「竜なんて消えちまえ!」
「そうよ! 竜なんて怖いわ」
「俺たちを殺す気なんだーーー!!」
何万という観客に囲まれているので圧が凄いな。
「一体何がどうなってるんだ」
「この世界における竜は畏怖の対象なのよ。それが突然として現れた。それだけで十分、彼らをここまでする理由になってしまうの」
「畏怖の対象?」
「この世界は昔に竜によって滅ぼされた過去があるから。こんなに可愛い子がそんなことするはずがない・・・とは言えない状況になっちゃったしね」
「あ・・・」
竜王女がフィリアスを遥か彼方に飛ばしたからか。しかも、その前は食おうとまでしていた。そりゃ、恐怖からああなっても仕方がないってことか。
「・・・やっぱり妾はいるべきではない存在なのかな?」
竜の状態から人間へと戻っていた竜王女。だが、その顔は悲しげだ。何で泣きそうなんだよ。さっきまでの威勢はどうしたんだよ。何でこんな女の子が傷付かなくちゃいけないんだ。
「ねぇ、グレ―――あれ? グレンは?」
「そういえば、消えたわね」
『うるせぇーーーーーー!!』
俺の声が会場中に鳴り響く。これは、気持ちいいな。
『さっきから竜がどうとかこうとかうるせぇんだよ!!』
「てめぇに何が分かる!」
「そうだそうだ!」
『分からねぇよ。分からねぇからこそ言ってやる!! あんな可愛い女の子を泣かせるんじゃねぇ!!』
「え? 可愛い?」
「へぇ。思ったよりも男気あるのね」
『俺を好きだと言ってくれた可愛い女の子。それが竜になったぐらいで何だ!! ・・・おい。あの女の子を見てどう感じる?』
『え? どうと言われても』
俺は、隣にいた審判だった男に竜王女を見た時の感想を求める。
『可愛いとか綺麗だとか可愛いとかあるだろ?』
『可愛いが2個あるような・・・』
『それで? どうなんだ?』
『えっと・・・可愛いです』
『そうだろ!? 可愛いんだよ!』
俺が可愛い可愛いと連呼するもんだから竜王女は脱いでいたフードを思い切り被ってしまっていた。それほどまでに恥ずかしいのか。けど、止めないぜ。
『あんたはどう感じた?』
『そうねぇ・・・竜は確かに怖かったけど、人間の女の子なら可愛いわね。自分の娘にでも欲しいぐらいだわ』
『いい意見をありがとう』
後ろにいたご婦人に意見を求めた俺は、満足する感想を貰えたことで、ガッチリと握手を交わした。そして、再び竜王女の方へと向き直す。
『あんたらにとって竜がどういった存在なのか俺は、分からない。けど、あそこにいる女の子を見て欲しい。あんたらが伝承で聞いた竜のようなことをしそうか?
俺は、絶対にしないと断言出来る!』
「なぜ、そんなにも自信満々で言い切れるんだ?」
『俺を好きだと言ってくれたからだ。そして、俺も好きだからだ』
当たり前の答えだ。俺を好きだと言ってくれる女の子。俺が好きな女の子。だったら答えなんて決まってる。世界中が敵だとしても、俺だけは味方でいてみせる。
『俺はよっぽど、さっきのフィリアスって奴の方がどうかと思うけどな。それに比べてどうよ? あの可愛さ。今も俺に可愛い可愛いって連呼されて顔を真っ赤にしてるんだぞ。可愛過ぎだろ。
そんな表情を見られたくないからって必死にフードで隠そうとする仕草。これもまた可愛い』
なるほど・・・と会場中から視線を注がれる竜王女。公開処刑みたいだな。けど、事実だから仕方ないね。
次第に可愛いなって声がちらほらと出てき始めた。
『つまり、俺が何を言いたいのか! それは―――』
「「それは?」」
『可愛いは正義だということだ!!!!』
俺の高々と宣言に竜王女とカインだった女性は呆れていた。しかし、観客たちは俺の空気に飲まれているのか、おぉーーー!!と歓声が上がるほどであった。
そう、可愛いは正義なんだ。真理だよね。