降臨
「おい! カインとか言ったっけ!? 笑顔でいないで助けてくれ!」
「ご、ごめん。グレンが生きてたことに感動して思わず・・・」
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないだろーーー!!」
俺は、キマイラに追われながらカインに文句を言う。何でこのキマイラは俺ばかりを狙うんだ! 全然カインのところに行かない。
「こ、こいつ・・・。俺ばかり狙いやがって。戦うしか無いのかよ!?」
「一緒に戦うよ!」
「そう来なくっちゃ!」
カインと俺はキマイラへと向き直すと、武器を構える。武器なんて使ったことが無いのになぜか使い方が分かる。きっとこの体の本当の持ち主が相当の実力者なんだろうな。
「しかし、デカイな。3m以上はあるんじゃないのか?」
「無理やり繋ぎ合わせてあるから体長も自在に変えられるんだと思う。だからこそ弱点もある」
「弱点?」
「そう。繋ぎ合わせてある場所こそが弱点。可哀想な生き物・・・。せめて安らかに逝けるようにしてあげないと」
「・・・そうだな。来るぞ!」
キマイラは俺たちに狙いを定めると、突進してくる。あの巨体での突進はそれだけで死ぬ可能性が高いな。ここは避けてから・・・斬る!
「なるほど。俺たちの攻撃は通るな!」
「そうだね! 一気に畳みかけるよ!」
俺たちは長年のコンビのように攻撃を繰り出す。左右から狙いが定められないように剣で斬りつける。怒涛の攻撃にキマイラは膝をつく。
「よし! これならいける!」
「マズイ! 避けて!」
勝利を確信して油断してしまった俺は、大振りな攻撃を繰り出してしまった。その油断をキマイラは逃さずに攻撃を仕掛ける。
キマイラの鋭い爪が眼前まで迫る。死ぬ・・・その事象が脳裏をよぎった。しかし、その爪は俺を捉えることは無かった。
「カイン! 大丈夫か!?」
「ぐっ・・・何とか・・・ね」
「嘘だろ・・・この傷じゃもう」
大きくカインの背中が抉られており、傷の深さを物語っている。俺が油断をしなければこんな事にはならなかったのに。クソ!
「逃・・・げて!」
「え?」
俺は、キマイラの接近に気付けなかった。そして、またもその爪が俺を切り裂こうとしていた。終わった・・・。
「ふふふ・・・。主様はこんなところで殺させないよ」
突如現れた人物がキマイラの巨大な手を片手で軽々と受け止めた。黒いコートに黒いフードを被った謎の人物によって俺は助けられた。こいつは一体誰なんだ?
「危ないぞ!」
キマイラは、攻撃が受け止められたことで、蠍の尻尾での攻撃に切り替える。毒を持った一撃はかすっただけでも致命傷だ。
だが、その人物を一切捉えることは無い。まるで後ろに眼でもあるかのように全ての攻撃を見ずに避け続ける。
「アハハハ。獣の攻撃なんて当たらないよ。ふぅ~ん・・・。主様は思った以上にカッコよくていいね。とても気に入った。
夫として向かえるのに十分だね」
「夫!? どういうことだよ!」
「まぁ、気になるところだよね。その前に・・・うるさいぞ、獣。妾が主様と喋っているだろうが」
底冷えするような声。殺気という物が分からない俺でも分かる。この人物は超危険人物だ。謎の人物の声でキマイラが思わず退いた。
「へぇ。知性がない獣かと思ったけど、しっかりと危険は感じ取れるんだね」
「何をしている! キマイラ! 貴様の存在価値はそれしか無いんだ! さっさと殺せ。さもなければ分かっているな?」
本能で何かを感じ取ったのか、キマイラは退くのを辞めて突進する。
「主がバカなことを恨むんだね」
パンという乾いた音。そして、降り注ぐ鮮血の雨。一瞬でキマイラの頭を吹き飛ばしたのか。なんなんだこの人物は・・・。
「うーん・・・。獣でも鮮血の雨は美しい。まぁ、妾の真紅には負けるけどね」
謎の人物はクルクルと血の雨が降り注ぐ中で踊っていた。そして、そのフードが取れる。真紅の髪、真紅の双眸。整った顔立ちは全ての者を魅了する。それほどまでに美しい存在。
こんな美少女がさっきのキマイラを一撃で? いや、それよりも―――
「なぁ、カインを何とか出来ないのか!? いや、無茶の頼みだってのは分かる。けど、君―――いや、竜王女なら出来るはずだろ?」
「嬉しいなー! 妾の顔を見ただけで竜王女だと分かってくれた。こんなにも嬉しいことは無いよ。妾の好きな主様。妾の事が好きな主様。あぁ、どの主様もすべからく好きだよ」
「えーっと・・・カインを治せるだろ?」
「あぁ、その”女”のことか。治せるよ。けど、治したくない」
「女!? それよりも治したくないってどういうことだ?」
「治したくないというより、治す必要が無いと言った方が良かったかな。私が治すまでもなく傷が完治してる。
ねぇ、君は本当に人間?」
「はぁ~・・・まさかここで竜王女が出てくるとは思わなかったわ」
カイン・・・だった人物は急に女性へと変わっていた。いや、正確には元から女性だったから元に戻ったと言った方がいいか。
竜王女とは対照的に妖艶な雰囲気。竜王女が幼馴染の可愛さだとしたらこっちは大人の女性って感じの美しさだな。
「・・・その顔。なるほどね。目的は何?」
「そんなに睨まないで頂戴。私はあなたの大事な大事な旦那様を守ったのよ。少しは信用してもいいんじゃない?」
「それもそうだね。悪かったよ」
「分かってもらえて嬉しいわ」
ニコニコと2人は笑っている。だが、この会場にいる全員は分かっている。見えない殺気が先ほどからバチバチと火花を散らしていることに。
「ククク・・・アハハハハハハ!! お前らいい加減にしろよ! 温厚な私でも今回ばかりは怒っているぞ!
武芸会の失敗、最高傑作だったキマイラすらも失った。帝国からどのような判断が下されるのか分かっているのか!」
「さぁ? 妾にはどうでもいいことだ」
「貴様ーーー!!」
フィリアスは観客席から竜王女に向かって飛び込んできた。その手には刃物が見える。しかし、キマイラを一撃で倒した相手にそれは無謀だと思うけどなー。
案の定、フィリアスの攻撃は当たることは無かった。だが、竜王女の様子がおかしい。フィリアスを避けた側の髪をしきりに気にしている。どうしたんだ?
「妾の真紅の髪をそんな物で切ったのか?」
「クソクソクソ!! こいつらを何とかしなければ帝国に何をされるか!」
「妾の髪を切ったのかと聞いている」
「ひぃ!?」
「あぁ~・・・フィリアスだっけ? 逃げた方がいいよ。君は触れてしまった」
「触れた? 何にだ!」
「竜の逆鱗」
竜の逆鱗。それは、竜の81枚の鱗のうち、あごの下に1枚だけ逆さに生えるとされる鱗のこと。それに触れた場合、竜は激昂し、触れた者を殺す。
そして、竜王女は現れる。人間の姿から解き放たれた本当の”竜”が。