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カスミ草の花束

『私、彼から贈られるなら、カスミ草の花束が欲しいわ』


これは、私の高校時代の友人の言葉だ。


夕日に照らされた晩秋の川辺で、制服のスカートが風にはためくのを気にしないままこちらを振り返り、見惚れるような微笑みを浮かべた彼女。

あのときの光景は、今も昨日のことのように鮮烈に覚えている。


彼女はいわゆるかわいい女の子だった。

大きな黒目がちの瞳、ほっそりした肢体、校則で禁止されているロングの茶髪。少し気だるげな話し方で小首を軽く傾げる。それだけで、大抵の男子はイチコロだった。

女子生徒の反応はあまり良くなく、彼女は同じ部活の人以外だと常に取り巻きの男子生徒たちといることが多かったように覚えている。


私は高校一年のときに同じクラスになった。

とても可愛い子がいるなという印象はあったが、グループも違ったため、最初はたいして会話を交わしたことがなかった。

ある日、偶然帰りの電車が一緒になり、意外と地元が近かったことから親しく話すようになる。彼女は思っていた以上にさばけた性格で、裏表もなさそうだった。休みの日まで会うことはないが、たまに一緒に帰るくらいの仲にはなった。


大学生のとき、彼女の良くない噂を耳にする。

数日後、地元の駅で彼女と再会したので、単刀直入に尋ねてみた。


「ねえ、五股かけてるって本当? 同級生の中でだいぶ噂が出回ってたよ。違うなら訂正したほうがいいと思うけど」


「あら、そんな話になっているのね。でも、私から付き合おうなんて誰にも言ってないのよ? 相手が私のことを彼女だって勝手に言ってるだけで。二人で遊びに行って楽しく過ごして、手を繋いでキスしただけで、彼女認定されちゃうのかぁ」


相変わらずかわいらしい服装と白いショルダーバッグがよく似合う彼女は、小首を傾げてアンニュイに微笑む。自由奔放な関係性を自ら話す彼女に対して、不思議と嫌悪感はわかなかった。あなたってそういう子よねと、内心納得するくらい。

私は質問を重ねる。


「ふうん、そっか。それで、その五人の中に『先輩』はいるの?」


「……いないわ。いないから、誰とでも遊びに行くの。彼さえあたしの側にいてくれるなら、他の人なんてどうでもいいわよ。『先輩』しか欲しくないんだもん」


「そっか、そうだよね、ごめん」


途端に苦しそうな表情になる彼女に、私は素直に謝った。


彼女は高校一年の頃から、ずっと一人の男に思いを寄せていた。男は当時三年生、彼女の部活の先輩だった。しかし、男は妹のように可愛がる彼女の気持ちに気づくことなく、そのまま卒業してしまう。


「あーあ、どうして好きな人から好かれずに、どうでもいい人から好かれるのかなぁ」


彼女は苦笑しながら、高級感あふれるブランドバッグに不釣り合いなキャラクターのキーホルダーを右手でいじっていた。私は不意に既視感デ・ジャブを覚えた。


『先輩からもらったの。何か一つだけでいいから、卒業前の思い出に欲しいって』


高校一年の11月、帰りの電車でやけにぼんやりとしている彼女。何があったか話を聞けたのは、彼女の最寄り駅から10分ほどのところにある河川近くの土手を歩いているときだった。

学校帰りに二人で寄り道をするのはこれが初めてだった。ポツポツと彼女が口を開く。手のひらに、お菓子のキャラクターのキーホルダーを乗せながら。


『こんなお菓子のおまけなんかが、私は死ぬほど嬉しかったの。先輩に彼女ができたとしても、このキーホルダーは一生大切にするわ』


『その流れで、先輩から聞かれたの。もしお前が彼氏から贈られるなら何が欲しい? って。答える前に、先輩他の人から呼ばれちゃって。でも、答えは決まってるんだ』


『私、彼から贈られるなら、カスミ草の花束が欲しいわ。子供の頃からカスミ草が好きでね。カスミ草の花束をくれた人と、一生一緒にいるんだって、勝手に決めてたんだ』


その時自分がどんな話をしたか全く覚えていないのに、彼女の言葉だけははっきりと思い出せる。

バラやクチナシなど香り高い花が似合いそうな彼女が、ふわふわした小花のカスミ草を好むとはと、とても驚いたのだ。


カスミ草の花言葉は「無邪気」「清らかな心」。

誰といても満たされない彼女が、結局誰を選び、誰からカスミ草の花束を贈られたのか。大学卒業以降疎遠になった私には分からない。


ただ、街角の花屋でカスミ草を見かけるたびに、今も彼女のことを思い出す。

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