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【幼馴染】


 エミリアはハウザーを引きずるように別室に連れ込んだ。

 周りには誰の物音もしない。

 ハウザーの熱の(こも)った瞳は少し赤みが増して妖しく輝く。


「エミリア、僕は君を一生愛し……」


 エミリアをしっかりと見つめ、改めてぎ(つむ)ぎ出した求婚の言葉は当のエミリアによって(さえぎ)られた。


「あの子、ヒースの手当てをしたのですって?! 直に? 直に触って手当したのよね!?」


 抱擁(ほうよう)を期待していたハウザーは広げた手を所在なさげに下ろして笑う。


「そうなんだ」


 エミリアの意識は恋人の愛の言葉よりも、竜の一族にとって稀な存在となるであろう少女の事に向いていた。

 バロッキー家を心配し、その人々を敬愛してくれる彼女らしいと、その艶やかな黒髪にハウザーは指を絡めた。


「どうやら彼女は竜の血をなんとも思っていない。バロッキーの立場をよく知らないからかも知れないけど、普通の人間と接するのと何ら変わらない反応をしてくれているよ。シュロでは竜のことはあまり知られていないのかもしれないね――まあ、今のところは」


 ハウザーはエミリアを引き寄せて額に唇で触れる。

 薄く光が透ける白い耳を撫でると兎の様に薄らと赤みが差すのを満足そうに眺める。


「それって、ちゃんと説明したのよね?」


 腕の中から愛しい幼馴染のくぐもった声がする。

 初めて出会った時は、竜に食べられてしまうと怯えて泣かれたものだった、としみじみとハウザーは回想に耽る。

 エミリアの父はカヤロナの北にあるサルべリア国の出身だ。

 エミリアに竜が恐ろしい存在だと教えたのはカヤロナ出身のメイド達だった。

 ハウザーは一番きれいなものを発見したとときめいて直ぐに、自分を見て悲鳴を上げるエミリアに泣かされた。

 エミリアの父が来て、そんなの迷信だと説明してくれなければ、もう立ち直れなかったかもしれない。

 ハウザーの目にはサリはエミリアの時より、ずっと冷静に見えた。

 

「ヒースは生い立ちも話したようだよ。それなのに、なんだったらヒースでは結婚相手として好条件すぎると思ってるみたいでね。トムズさんにヒースをすすめられたとき『そんな立派な人は困ります』って言ったらしいよ」


 エミリアの甘い香りにハウザーの中の竜の血が騒ぐ。

 目隠しをされても嗅ぎ分けられるほどそれは特別で、何故手放せるかもしれないなどと虚勢を張ったのか、と自嘲する。


「じゃあ、ヒースにすればいいのに、どうしてそんな……」

「どうにも頑固でね。利が勝ちすぎると聞かないんだ。もしかして、より条件の悪い人に嫁ぐことを望んでいる、のかな? なんでだろうね、遠慮してるのかな?」


 薄い耳朶を食まれ、思考を奪われそうで、エミリアは擽ったいとハウザーを押し退ける。


「ええっ? だってここにはヒースより条件の悪い相手なんて……」


 二人は見つめ合い、そこに有る希望を確かめあった。


「本気で言ってるのよねぇ」

「嬉しいことだね」


 森で拾った彼らの小さな弟は、何でも一人で出来るのに笑う事を知らなかった。

 誰にも愛されない事を普通の事だと思っていたヒースがサリに心を傾けている。


「こんな嬉しいことはないわ!」

「あれ、僕が結婚を申し込んだのは?」


 ハウザーは咎めるようにエミリアの首筋を甘噛みする。


「嬉しいけど、どういう風の吹き回し?」

「ヒースにいい風が吹いてきていて、僕が憂いているほど世界は狭くない事を思い知ったと言うか……。自分が常識だと思っていたことが小さな範囲だったな、とか」

 

 小さなきっかけかもしれないが、その小さな物すら入り込む隙がないほど世界が閉じていたのだ、とハウザーは続けた。


「説教でもされたのね。あの子、商人の目をしているわ」

「僕らにも、もっと選択肢があったな、と思ってね」

 

 バロッキーという(かせ)を乗り越えて、ずっと自分を求め続けてくれたエミリア。うっかりその大切なものを失ったかもしれない恐怖を今更ながら感じ、縋るように口付ける。


 口付けから解放されたエミリアは大きく目を開けると、悪戯(いたずら)を思いついた子供のように笑った。


「決めたわ! 私、あの子を絶対に私の義妹(いもうと)にするわ!」

「あまり過激なことはしないでくれよ。そういうのは、なるべくヒースに任せたい」

「わかっているわ。でも、一緒にお茶を飲むくらいは構わないでしょ」


 ヒースはバロッキー家の皆から愛されているが、とりわけエミリアとハウザーの思い入れは強い。

 二人ともヒースに幸せを掴んで欲しいと強く願っている。


「その前に、僕達の結婚の書類を作ってしまわないとね」


 エミリアにはハウザーの妻となる未来は望めなくとも、その傍らに居続けるくらいの覚悟は出来ていた。結婚せずともお互いがパートナーで、その存在なしでは生きていけない程の繋がりがあると自負していたのだ。しかし、いつの間にか相手から決して裏切られないことに安心して、面倒事は見ないようになっていたのかもしれない。

 ハウザーはエミリアをバロッキー家に迎え入れる事で起きる大小様々な厄介事から遠ざけようとしたが、自身からエミリアを遠ざける事はどうしてもできなかった。

 日和(ひよ)る二人に一陣の風が吹き荒れた事は僥倖(ぎょうこう)だと微笑み、エミリアはきつくハウザーを抱き締める。


「私、ハウザーのこと、一生幸せにするわ」

「それ、僕のセリフじゃない?」

「いいの。私がそう決めたの。いいえ、ずっとそう決めてたの」


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