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第九話 アイリス

会話する文章って難しいですね…



『―…魔力ガ溢れテいる…美味イ…』



よく晴れた、心地よい風がそよぐ此処、深海魔界の魔物の巣窟 ― 魔樹の森と呼ばれる、その一角。


俺はその青空の下、昼メシを作っていた。


今日のメニューは亀のモンスターから取れた大きな甲羅を鍋替わりに、魔猪の肉を煮込んだシチュー(モドキ)である。俺とアリスにとって、人型の生物を食べるという行為は、やはりかなりの精神的苦痛を伴った。飢えて死ぬか生きるかの究極の選択だったとはいえゴブリンやオークの刺身料理など思い出したくもない。


そもそも『火』が使えなかったのが致命的だった。隠れ家で火を起こす訳にはいかなかったし、今の様に外でキャンプの真似事などしようものなら、あっという間にモンスターの餌食だった。だが、それももはや遠い出来事である。


今は違うのだ。


『…アイリス、マだ駄目か?』


巨躯の人型モンスター ― 俺の眷属を名乗るオーガ ― が、五トン程もある大岩をその剛腕で軽々と隠れ家の廻り五十平方mに築きあげられつつある石の防壁にそれを積み上げながら俺に訪ねてくる。


「ダメだよ。せめて。15mは欲しい…わ。」


…くっ…


俺の思考が、アリスの身体によって強制的に女性らしい、もしくはアリスらしい口調へと変換される。


『15mとはなンだ?俺よリ高クすれば良イのか?』

「そう…ですね。まあ良いわ。今はそれ位あれば。十分、かな。」


俺の言葉に、赤土色をした巨人は手にした大石を離すと、俺の傍へとズシリズシリと近づき、そこに腰を下ろすとジッと肉汁たっぷりの大鍋の中を覗き込んでいる。


「…『レッド』見張ってて。出来たら。呼ぶから。」

『オ前ノ眷属ガ、敵、教えてくレるジャないか。』


鍋から一瞬も目を逸らさずにオーガ ― レッド ―は淡々と告げる。


― この野郎、まだ三日目なのに随分図々しくなったな…。


だが、事実である事も確かなので沈黙せざるをえない。


今の隠れ家は、周囲をレッドお手製の岩の防壁で囲まれ、仮に突破しようとしても容易ではない。現に遠巻きに今もモンスターがチラホラと此方の様子を伺っているが積み上げられた岩壁と、時々見えるレッドの巨体に怯えて近づいてくるヤツはいない。二回ほど知性の全くない魔獣が匂いに釣られて襲撃してきたが、ソイツ等が壁に阻まれ突き崩そうと壁に手をかけた途端『黒い霧』に一瞬にして肉塊に変えられたのを見て、知性あるモンスターも手を出してくる事は無くなった。


俺の能力の性質上、突発的な攻撃 ― たとえば奇襲だとか ― を受けない限り、現在確認できている範囲で俺に倒せないモンスターはいない。足止めとアリスの安全さえ確保できていれば相手が多数でも問題ない。仮に突破されても今はレッドがいるし、この慎ましやかな砦に篭ってさえいればアリスに害が及ぶ事はないだろう。異世界にきて十日、やっと安全が確保できた訳である。


ついでに言うならレッドの御蔭で野外で火を使った料理を出来るようになった訳なので、むしろ俺達がレッドにお礼を言わねばならない位なのだが…めんどくさいのでそれは黙っておこう。


俺は手の平に呼び出した数匹の虫を鍋に放り込む。


「美味しい食事。基本。だよ…ね。」



 ☆☆☆



あの日、眷属になる!と言い張って聞かないレッドを渋々伴い隠れ家へ帰還した。殺さないと決めた以上、俺に他の選択肢はなかったし、仲間にしてくれとお願いされて断れる状況でもなかった。仕方がないのでレッドには俺とアリスについて、知る限りの事情を説明したが理解したかは今もって不明だ。オーガじゃ不便だから「今日からお前はレッドと名乗れ」と言った時も『分かっタ』と随分覚めた反応だった。


黙り込んでしまったレッドに薄暗闇の中でお互い話すこともなく妙な静けさの中、俺は居た堪れなかった。眷属って俺の子分みたいなもんじゃないの?だったらさぁ上司にはもうちょっとフレンドリーに接してよぅ!


まるで反応のないレッドの様子に天を仰ぎ嘆息をついた俺だったが、それも食事が始まるまでだった。


『メシにしよう』と軽く声をかけた後、レッドに運ばせたヘルハウンドを調理するために、岩から削り出した包丁を取り出し―


ミチミチミチ…!


異音の元へ目を向けると、ヘルハウンドを頭から丸かじりしているレッドの姿が、そこにあった。


『ちょっ?!お前、なにやってんだ!』

『ヘータに食べロト言ワれた。』

『いやいや、それ俺達の分もあるんだからな!というかせめて切分けさせろよ!』


頭の上に蠅の本体を乗せたまま、包丁片手に抗議の声を上げるが、レッドは気にした様子もなく、


『頭に魔力ガ一番ツマってる。血ヲ抜イたら意味なイ。』


―…魔力?


『魔力って…食べて補給すんのか?』

『そウだ。獲物ノ全てを腹二収メテ、獲物ノ魔力を自分の物に出来ル。』

『ふーん、どっかの原住民みたいだなぁ。というか、お前…魔法なんて使ってないじゃん。いつ魔法使ったんだよ?』


俺と出会う前は知らんが、俺と戦った時は少なくとも魔法は使ってなかった…と思う。俺がこの世界に来てから見た魔法は火の玉だの水鉄砲だったり目に見える形のモノばかりだった。俺が知らないだけでゲームのように強化系魔法なんかがあるのかもしれないが…。


『…魔法ナド使ッてはイナい。』

『…なんか話が噛み合ってねーな…。魔力ってなんなんだ?MP的なアレじゃねーの?』


レッドは齧りかけのヘルハウンドを降ろすと、


『魔力ハ俺達ヲ形創ル全てダ。だカら腹が空けば食べル。』


― つまり…空腹=魔力が減った状態って事か?


『じゃあ魔力がないと死ぬのか?それともお前だけが特別なのか?』

『俺達魔族は死ヌ。他のヤツ等は死ナない。動けなくナルだけダ。』


…あぁそう言えば魔族とか言ってたな…。まあ魔族だから、魔力がなくなれば死にますって言われれば理屈じゃなく感覚で理解できなくもない、か…。


でも、魔力ね…。

再びヘルハウンドを頬張り始めたレッドに、


『なあ、レッドは魔法が使えるのか?』

『…アぁ炎系第三位階マデなら使えル。』


レッドが無造作に人差指を立てると其処に赤々と15cmくらいの炎が立ち上った。


『うおぉ!スゲー!ちゃんと魔法見たの初めてだ!俺にも出来るか?!』


興奮した俺に、レッドは左手の甲を翳し「其処にある奇妙な刺青」を指差した。


『ヘータ、お前二は魔術刻印ガなイ。無理ダ。』


俺は慌てて左手を見る…が、蠅の身体にそんなモノがある訳もなく、アリスの左手にも刻印は無かった。


『じゃあその刻印を書いてもらえば俺でも魔法使えるのか?!』


諦めきれない俺に、レッドは、


『生マレた時に持っテ生まレル。持っテないヤツは殆ど死ヌ。もし生きてイテも魔法、使えナい。』


…俺はともかく、アリスも魔法が使えないって事か…


『お前ほド強大ナ魔力ハ観た事ガなイ。ソノ「アリス」に宿っている時ハ感ジなイがな。』


魔力があるって言われてもな…魔法が使えないんじゃ意味ないし。


ふと気がつくと、もうヘルハウンドが殆どレッドに食べられていた。


『ちょい待ち!俺達の分を残しとけよ!』


俺は慌てて意識をアリスに移すと、両手でレッドの手にあるヘルハウンドの残りカスを奪い取る。レッドは『まだ足りナい…』と呟いているが知ったことか。俺達だって腹は減っているんだ。奪い返した肉は二キロ程。俺はて早く1cmほどのブロックにした肉を一つまみ蠅本体に食わせると、残りを手際よく馬刺し…いや犬刺しをさっと作る。下拵えもしなかった肉だ。鮮度があっても中々に臭い。俺は「いつもの様に」左手に意識を集中させると、


『消臭!』


と念じ『左手から生まれた虫』を握り潰し、粉々になったその虫を肉にふりかける。途端に臭みは消え去り、火で炙ったわけでもないのに僅かに香ばしい匂いさえ辺りに漂い始めた。


これは俺達が見つけ出した究極の調味料である。生き延びる為とはいえモンスターの生肉を食べるのは酷く苦労した。だが、この『虫調味料』の発見で食事は現代レベルにまで上昇した。更に虫の効果なのか腹も食事量に比較しても信じられない程満たされるようになった。おかげでアリスが空腹でいる時間はなくなった。なにより、食事が美味くなっただけでも心の底から有難かった。


俺は「いただきます。」と手を合わせ、犬刺しを頬張り始めた。


『…美味そウだナ…。』


俺を見ながらレッドが口を開く。その口角からはヨダレが流れ出ている。うん、調味料かけた辺りから気がついてたよ。でも、お前はもう食べたからな。俺は知らん。


「…」

『…俺二モくれなイか…?』


―さっさと自分だけ食べ始めたの覚えてるんだぜ、俺。食べ物の恨みは恐ろしいんだ!


「…」

『そ、ソレを ― ヨ・コ・せッ!』


レッドの目が血走り今にも襲いかかってきそうな気配を漂わせ始める。…仕方ねーな…


俺は箸をおくと、残った肉をレッドの前に押しやった。

『いいノか?!』


アリスの状態じゃ言葉が通じないし、わざわざ本体に戻るのも面倒だったので、アリスと同化したまま頷いた。俺が頷くが早いか、折角刺しにした肉をレッドは鷲掴みにすると一気に口の中に放り込んだ。あまりの素早さに呆気に取られる俺だったが、


『な、ナんだ、コノ肉は!!魔力が…漲ってくる!』


たかが刺し料理に、心底喜ぶレッドを見て此方も嬉しくなり、


「 ―美味かったなら良かったよ。」と、


通じないのを知りつつも自然と声が出た。



が、その途端レッドが目を見開いて此方に振り返った。


『…馬鹿ナ…。ヒト族ノ言葉ガ…分かル、ダと…。有り得なイ…。』


レッドが驚愕した表情のまま固まっている。何事か分からない俺は意識を本体に移すと、


『おいレッド!どうした?!なんなんだ一体?』

『…ヘータ…。今ノはお前ノ魔法か?』

『 ? 俺は魔法、使えないぞ。さっき言ったろ?』

『ナラ…今のは…。ヘータ、もう一度、ヒトから言葉ヲかけてミテくレ。』


― なんなんだ、一体?とりあえず俺は言われた通り、アリスと再び同化すると、


「これでいいか?レッド、分かるか?」


適当にレッドに声をかけてみる。…が、レッドは首を横に振ると、


『違ウ。もっトさっきノ様に魔力ヲ込めロ。』


…魔力って言われてもなぁ。魔力がなんなのかも分からないのにどうしろってんだ…。まあこうしてても仕方ない。やるだけやってみるか…。


俺は漠然と召喚を行う時のように、虫にイメージを渡す時の様に言葉のひとつ一つに力を込めて声を出してみる。


「 ― これで。どう。かしら?」


あ?なんで女言葉?


『オォ…!ヒトの言葉ガ分かるゾ!ヘータ!』


…ふーん。便利だとは思うがそんなに驚く事なのか、これ。俺としては何故、俺の言葉が女言葉に変換されるのか?の方が不思議なんだが…


「そんなに。驚く、事?」と俺の問に、

『俺ノ知る限り、ヒト族ノ言葉ガ分かる魔族ハいなイ。こレは凄い事ダぞ。』


凄いって言われても何が凄いのか分からん。ただ次のレッドの一言は聞き逃せなかった。


『そノ女の魔力が活性化しテいル。オ前ガ強く結びつく程、ソノ女の生と魔力の高まりヲ感じる。ソレが会話できル理由かもシレん。』


「―… 魔力、高まり。分かるの、ですか?」

『お前ガ傍二いないと消えそうダが、今は目に見えル程ダ。』



― アリスの生い立ちは未だ不明だ。たまに目覚めてもまともに会話もできず、彼女についてこれからどうすれば良いのか検討もついていない。それにアリスの状態は少なくとも健常ではない。俺にはこのファンタジー世界の常識や知識はない。だから断言する事はできないが、正直アリスが長く生きられる状態とは思えない。だがレッドの言葉が確かなら俺が同化する事で今の状態を回復させる事ができるかもしれない。


俺は、この異世界で初めて出会ったこの少女を見捨てたくない。

理由は、ない。神様とか知った事か。


ただ救いを求められた。だから応えたい。それだけだ。


「レッド。私。森の外。行きたい。」


俺の言葉にレッドが静かに頷く。


…そういえば、この話し方…アリスそのものじゃないか…。そうか、俺が同化する事で確かにアリスは俺の中で生きているんだな。


そうだ。俺は彼女を救いたい。その為に俺は、この世界に転生したのかもしれない。それが誰かの思惑だったとしてももはや俺に恨みはない。俺とアリス、ここから二人で第二の、新しい人生を始めれば良いだけだ。こんな陰鬱な森の中でくたばってたまるか―


俺はレッドに向き直ると、高らかに宣言した。


「我眷属レッド。これから。私を。アイリス、呼びなさい!」と。



長々稚拙なもの、読んでいただきありがとうございます。

次話もよろしくお願いします。

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