第六話 夢の中で
長くなっちゃった…
白い、真っ白な眩い光彩の中に ― 私は、立っていた。
あたりには何もなく、純白が敷き詰められた空間が何処までも広がっていた。
ここは、どこだろうか?
私は ―
「目が覚めたかい?」
ふいに背後から誰かに声をかけられる。
其処に立っていたのは、肩にかかる金髪に柔和な顔の青年だった。
「 あ なた は?」
声をかけて、私は違和感に気がつく。
なんだろう、声が詰まる…頭が痛い。
思考が、意識が纏まらない。
「ああ無理しなくても良いんだ。目覚めたばかりだからね。」
目覚めた、ばかり?
彼は何を言っているの?
分からない。分からない。
私 ― 私は ―
「ふふ、その必死さ。可愛いね。でも、もう無理なんだ。」
彼は、楽しそうに笑っている。
「君はね、死の淵で願ったんだ『誰か助けて』って。
それはそれは世界を呪いながらね。くくっ。
だからさ、僕が助けてあげたんだよ。君を。」
― 死んだ ― 私が、死んだ?
何を、言っているの、この人。私は 死んでない。
今だって、こうして生きているのに―
「本当に感謝するよ。
君が呼んでくれたから僕は今、此処に、この世界に来れたんだもの。
感謝しかないよ。」
彼が、私の右手を取って口づけする。
反射的に振り払おうとするが ― 私の身体は動かない。
「ああ、素晴らしい!
そこまで堕ちてもなお自分を保っていられるんだね!
聖女とは全くもって、どこの世界でも『忌々しい』存在だ。」
彼 ― いや男は笑顔を私に向けたまま語る。
「だけど、君はもう何も出来ない。
友と語る事も感じ合う事も笑い合う事も、
夢も希望も未来も全て、全て、全て!
君は、君の全てを、僕に捧げたのだから。」
男の顔が私の視界を埋め、男の息が私の唇にかかる。
「契約だから、君の名と人生だけは奪わないであげる。
その方が僕にとっても都合が良いしね。
でも、ふふ、力を失った君は、今後、人間共にとってどんな存在になるのだろうね?
ほら、想像しただけでとっても愉快な人生になりそうじゃないかい?」
人の良さそうな笑顔を張り付かせたまま、男は私の頬を、首を、身体をまさぐっていく。その手が左腕にかかった時、男の手がふと止まった。
「ああ、ごめんね。
左腕は僕と君の契約の証として、僕が食べちゃったよ。
でもどうせ無くなってたし、いいよね。」
男が、私からすっと離れていく。
左腕をあげた私の前には、
肘から先が消失した左腕があった。
「さあ、そろそろ時間だよ。
契約も酷く不安定で『本来あるべき』契約ができなかったお詫びに、
貰った魂をちょっとだけ返してあげる。」
― そうか、私 ―
視界が、眩い光に包まれる。
「あとね、感謝してるのは本当なんだ。
だから、僕から君に特別な呪い[祝福]をあげる。
それは 剣 だ。特別な剣。君を守り君の想いを遂げる武器。
ああ心配しなくていいよ、見ればソレと分かるから。
あれがあればすぐに死んじゃう事はないさ」
私の身体が光の粒子になって足元から消えてゆく。
「じゃあね、アリス・ドラクリア。
また輪廻の先で待ってるよ。」
― 戻れるんだ ―
私の想いも身体も、光と共に其処から消え去った。
少女が消えた跡を見て、青年は笑う。
「くく、せいぜい足掻くがいいよ人間。俺の糧になる為にな。」
能面のような冷たい笑顔を湛えたまま
その青年は白の世界へと消えていった。
☆☆☆
「―貴方が 私の 剣 ですか?―」
俺 ―平田平太― は困っている。
え、なに?剣?剣ってなんだ?
あの言い方だと、俺の事っぽいが、どう見ても俺、蠅だよな…。
困惑する俺に、少女は深く青い双眸を俺へと向けている。
というか、胸が…丸見え…。
と、とにかく、気がついた事は良い事だ。事情も聞けるしな。俺は驚きのあまりひっくり返った我が身を素早く起こすと、少女を怖がらせない為に、両手を ― 実際には歩行に使っている二本以外の四本の足を ― 万歳させながらトコトコと少女に歩みよった。
『あ、あの、俺の事、分かる?』
俺は少女から少し離れた位置から、声をかけてみる。少女の胸の隆起した二つの小山が僅かに動き、ゆっくりと頷く。
『そうか、良かった。こんな見た目で驚いてるかもしれないんだけど、俺、人間…いや違う蠅?ああ糞。あのさ、俺、名前は平田平太って言うんだ。君の名前、教えて貰って良いかな?』
畜生、目覚めたパターンのシチュエーション練習しとけば良かった。なんかグダグダじゃねーか、俺。
「…アリス。言います。」
『ア、アリスね。良い名前だ。あのアリス?聞きたい事が沢山あるんだ。聞いても良い?』
「はい、平…タ平ータ?ヘータ?」
『あ、言い難いかな?ならヘータで良いよ、アリス』
アリスはコクりと小さく頷いた。
そうか、俺の名前って外国人には言い難いのか、知らなかった。
つか…日本語が通じてるんだが?
一応英語ならなんとかやり取りする自信が合ったけど、こんな小さな娘が日本語?うーむ、まあいいか。小さい事で悩むのは今は止めとこう。日本語が通じるなら話早いしな。
『えーと、まず、ここが何処か教えてくれる?』
「…ここ、分かり、ません…」
ん?
『…えっと…じゃあ、なんで森の中で襲われてたの?』
「…わか、らない…何も、分からない。です…」
アリスが急に酷く苦しそうに、その可愛らしい顔を歪めていく。
「私 何 も 思い出せない ―」
『記憶喪失?!というか、アリス?大丈夫か?!』
返事が、ない。その変わりに顔は青ざめ、
アリスの額には玉のような汗が吹き出し、体を抱えて震えだしている。どう見ても普通じゃない。
「 私 ヘータ こ、ここに…」
アリスが震える右手を俺に差し伸べてくる。
何がなんだか分からないまま、俺は無意識にその手に触れる。
その瞬間、脳内に『誰かの』声が響き渡った。
― 魔力経路形成 完了
― 思考共有回路形成 完了
うわ?!なんだ、おい、誰だ!誰の声だ?!
「 ヘータ お願い 」
アリスの震えが止まっている。その変わりに、さっきは神々しいとまで感じた少女の存在が…希薄だ。説明なんてできないが、何か吹けば飛ぶような儚い存在、そんな雰囲気に変わっていた。
状況が理解できず思考がオーバーヒートした俺に、
アリスは続けて言った。
「 私を 助けて ― 」と。
そう、寂しそうに笑った瞬間、アリスは気を失い俺に倒れかかってきた。
うおっと慌てた俺は咄嗟にアリスを支えようと両手を前に突き出す。
『あ、やばい』
俺、自分のサイズ忘れてた。
だが、その考えに至った次の瞬間、俺はアリスの身体を支えていた。
― アリスの両手を使って ―
…どういう状況だ、これ…
今、俺の中には『両手をついて倒れるのを防いだアリスの身体』の感覚と、自分の蠅の身体の感覚の両方が存在している。
俺は『俺の』左手を上に掲げてみる。
アリスの前にいる、小さな蠅が左の足を一本高々と上げた。そして、アリスも蠅と同じように左手を上げている。
…左手下げて~右手上げて~もう一回左手あーげる。
俺が思う通りに、両方の身体が手を上げたり下げたりしている。
これは…つまり…アリスの身体を俺が動かせるって事か?というか、アリスはどうなってるんだよ?状況に全くついて行けてないんだがアリスは大丈夫なのかよ?!
俺は兎に角、ゆっくりとアリスの身体を寝所に再び寝かすと、そばで人間の如く仁王立ちする悪魔の顔をした蠅を見やる。そして、その蠅の身体から、アリスを見る。アリスの深いアイスブルーだった瞳が、今は真紅に変わっている。どうも、俺がアリスになってしまった為らしい。
しかし、視覚がふたつあるという感覚は正直、気持ちが悪い。というか、このままだと非常に困る。俺の頭じゃ、同時にふたつの身体を操るとか無理ゲーだぞ。
意識をどうにか蠅だけに戻せないものか…
俺は意識をアリスから遠ざけようと、蠅の身体に戻れるよう集中していく。
戻れ、戻れ、戻れー…。
― 結果、割とあっさり蠅に戻れました。
アリスを見ると、先程までの苦しそうな表情は消え、天使のような安らかな顔で寝息を立てていた。
俺は蠅の身体をアリスの脇に横たえると、
『明日になったら、全て解決してますように。』
と祈りながら全てを放棄して、眠った。
長々と読んで頂きありがとうございました。
ふたつに分けたほうがよかったかもしれません。次話もよろしくお願いします。