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第五話 野望と剣



執務室に続く廊下を暗澹たる想いで、男はともすれば鈍りそうになる歩みを強引に進めてゆく。磨き上げられた鏡のように美しい石畳も、今はやけに忌々しく鬱陶しい。


今の俺の顔は、さぞ酷く歪んでいるのだろうな―


男はそんな事を思わずにはいられない。まさか最後の一手をしくじるとは失態もいいところだ。その上、どうもあの小娘は生きている、らしい。更に仕留め損なっただけではなく行方も分からないと来た。想定したシナリオにもない展開。果てしなく悪手だ。今、部下を使って捜索させているが、この混乱の中で見つける事は不可能に近いだろう。


男の歩みが、一際荘厳な扉の前で止まる。黄金のノブに手をかけ、僅かに呼吸を整えると、


「…ヘンゼル、参りました。」


「入れ」


声をかける前から既に探知魔法で男がやってくる事を知っていたのだろう。部屋の主からすぐに返答が帰ってきた。男は、ここヴェリア王国のみならずイーリア大陸全土に勇名を轟かす存在、誰もが震え上がるその声に従って、男は部屋に入っていった。そして、その主が腰掛ける豪奢なデスクの前へと近づくと、恐怖心を押し殺しながら、部屋の主 ― ヴェリア王国将軍 ガイエス・クライン へと一礼した。


深い皺を刻んだ小柄な老人がそこにいた。齢60を過ぎているその身だが、その痩躯からは常人を遥かに上回る覇気と強大の魔力が放たれていた。その尋常ならざる波動に晒されながら男は努めて冷静に言葉を発した。



「お待たせして申し訳ございません。ようやく仔細が―」


「もう、その事は置いておけ。アレは必要なくなった」


男が淀みなく言葉を述べ始めたのを遮るように、ガイエスがかるく片手をあげる。


男 ―へンゼル― の胃がギリギリと痛み出す。

自分の持つ情報網全てを使い、現在知り得る情報を持ってここに来た筈だった。だが、今、自分の上司は俺になんと言った?「もう必要ない」そうだ、確かにそう言った。つまり既に全てを知られているという事だ。


「…ガイエス様、アレとは聖女の事でよろしいのでしょうか?」


「そうだ。もう必要なくなった。お前は今後、姫の関心だけを引けば良い。」


―にべもない。

ベンゼルは思わず唇を強く噛む。俺は其処まで無能だと判断されたのか。あんな小娘に媚を売る為だけの犬になれと?


「…姫はお優しい方です。わたしにも良くしてくださるでしょう」


「『良く』ではない。間違えるなよ、へンゼル?」



ガイエスの銀の瞳がベンゼルを射抜く。思わず仰け反る程の強烈な視線に血の気が引いていく。


次はない、へンゼルにはそう聞こえた。




へンゼルの足音が遠くに消え去った頃、執務室の隣にある控えの間から男がひとり、ユラリとガイエスの元へと近づいてきた。


「いいのかな、将軍閣下。仮にも息子だろ?」


短く切り揃えられた黒い髪に、異様に落ち窪んだ澱んだ瞳。頬には大きな刀傷のあるその男はまるで友人へ語りかけるが如く、ガイエスへと声をかける。


「…義息子だ。アレの母親は私によく仕えてくれた。だが、それだけだ。私の役に立てばよし、たたねば捨てるだけだ。」


ガイエスは僅かに遠くを見やるように目を細めると、椅子へゆっくり深く腰をかけ直した。


「それより、ディンハルの方は間違いないんだろうな?」


「閣下、其方は私自身が足を運びましたので間違いはございません。遠見の魔法でご確認しますか?」



男の睨めつけるような視線を、鬱陶しそうに躱わすと

いや、とガイエスは首を振る。


「貴様の能力は信用している。準備が整い次第実行しろ。」


「はは、閣下に信用して頂けるとは光栄の至ですな。せいぜいご期待に応えると致しましょう」


男はそう告げると、部屋の影に溶け込むように一瞬にして姿を消し去っていった。


ガイエスは立ち上がると、王城の中庭が見える窓に歩みより、窓から中庭にいるある人物を眺めみる。


「ふん、化物め。だが貴様を利用しているのは、この俺だ」


王城の中庭は花園になっており、そこではひとりの少女が数人のメイドと共に甲斐甲斐しく花の手入れを行っていた。ガイエスはその少女を見ながら呟く。


「全てだ、俺は必ず全てを手に入れる。」と。



 ☆☆☆




『うぅ腹が、へった。』



俺 ―平田平太― は腹ペコである。


俺の作った隠れ家はどうやら優秀だったようで、此処に逃げ込み気を失った後、俺が気がつく迄の間、今もこうして俺と少女が無事でいられるのが、その証拠だ。


ただ困った事に安心した途端に腹が…急激な飢えが襲ってきた。まあ丸二日、何も食べてないんだから腹が空いて当たり前なんだよね。当然、そんなもんココにはないし、さりとて、


『なんか虫を召喚して食べればいいんじゃね?』


と想像しなくもなかったんだけど、速攻で却下しました。


…いや、無理だし。


イナゴとか蜂の子とか無理だから。


そんな訳で、俺は今隠れ家の傍でブンブン飛び回り、何か食べられる物がないか捜索中だ。ちなみに隠れ家から、俺は容易に出入りできる様にしてある。ミミズを数十匹呼び出して、隠れ家から僅かに逸れた位置へと抜け穴を作ってもらったのだ。


今ならなんとなくわかるのだが、モンスター共は単純に視覚か嗅覚のみに頼って少女に襲いかかってくるので、姿を隠し、地面の下に埋めてしまった少女を見つける事はまあ不可能だろう。モンスター、馬鹿だから。


しかし…夜中って事もあるが、こんな森の中に都合良く食べ物が転がってる筈ないんだよなぁ…。コンビニがない生活とか現代人にはきつすぎるんだよ。


『これ食えるかな…』


俺は名も知らない、その辺に生えていた葉っぱを齧ってみる。…うん、不味い。マズイなぁ…。でも意外と我慢すれば食えそうだ。味覚も多少は人間の時より蠅に近くなってるのかな?まあ状況が状況だし、食えるならなんでも良いけどさ。しかし、生の葉っぱで飢えを凌ぐ事になるとは、ちょっと前まで想像もしてなかったわ…なんか惨めだ。


ただ色々あったがやっとこ落ち着けたし、明日から今の状況を把握しないといけないな。まだ目を覚まさない少女の事や、ここが何処で、どういう世界なのか、俺にはサッパリだし。


俺は葉っぱで膨れた腹を抱えて、ミミズが開けてくれた通路を通り、隠れ家へと入っていく。


と、なにげなく少女へ視界を向けた俺は硬直する。思わず飛ぶ事すら忘れて地面にポタリと落下する。



―少女が目覚めていた。


そのまだ幼さの残った身体をわずかに起こし、青い瞳でジッと俺を見つめていた。間違いなく俺を。


隠れ家の中は、俺が呼び出した蛍によって緑の淡い光に薄く照らされている。その緑色の薄暗闇の中、映し出された少女の姿のなんと神聖な事か。俺みたいな無神論者でさえ「女神はここにいた!」と思わず思ってしまう程だ。だが…俺はどうすれば良い?なんて声をかければいいんだ?この状況を説明するのなんて無理なんじゃが?


『あ、あのさ、俺は―』


俺がしどろもどろ状況を説明しようと、声をかけたその時、彼女が口を開いた。



「―貴方が 私の 剣 ですか?―」




ご感想ありがとうございました。次話もよろしくお願いします。

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