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第十四話 間違いだらけのプロポーズ




魔王の居城と聞けば、想像するのは畏怖と恐怖の象徴であり、魔物の巣窟。

血で彩られた、巨大で荘厳な魔の住処。


そんなモノを想像するんじゃないだろうか?

すくなくとも俺は足を踏み入れるまではそう思っていた。


『なんか…RPGのダンジョンみたいだ…』


魔王城に入って数分後の俺の感想はコレである。昔散々やった某wiz系ゲームのダンジョンをそのまま持って来たような入り組んだ通路が延々と続いている。通路には角灯が幾つもあり窓はないが十分な明るさが確保されている。壁は一見レンガ造りのようだが、見た目とは裏腹に一切の攻撃を受けつけず破壊する事はできなかった。


『クロ殿…どうです?何か分かりましたか?』

『…アイリスの「虫」だけが頼りだね。私だってアンタと同じで忘れてるよ。』


もう何度も繰り返された問答を二人がやり取りしているが、正直、これは予想していなかった。



まさか「迷子になる」とは。


「クロ、魔心の場所。覚えてない?」


俺の問にクロは頭を振って、


『全然、覚えてない。だって仕方ないだろ?私ら生まれて直ぐに森に放り出されたし、そんなチビッこい頃の事なんて覚えてないよ。』


クロがそう言うと他の仲間も同様に頷いている。生まれて直に森に捨てるとか非情極まりないが、魔族の常識ではそれはごくごく普通の事で彼等は生まれて一週間もすれば成人するのだという。当然森に捨てられた瞬間から生存競争が始まるのだから、どこまでも命に厳しい生き物である。


『アイリスの方はどうなんだい?生きてるヤツは?』

「…ダメ。まだ、見つからない。生きていれば、分かる筈、なんだけど…。」


今も周囲に蠅を飛ばし、先行させて探索させているが一向に生存者は発見できない。最優先は魔王だが、人間にしろ、魔族にしろ生きている者を発見できれば有力な情報を得られる筈なのだが、見つかる気配がない。


更に魔王城探索の足を引っ張るのが…。


『ヤツ等が出たぞ!アイリス様をお守りしろ!』


ブラッドの豚鼻から気煙が吹き出し、仲間達に指示を送ると俺の前に肉の防御陣を作る。ブラッド達の視線の先に出現したのは――、


「ゴースト」


半透明な、死んだ瞬間の姿で中空に浮かび、そして、その形相は見る者の背筋を凍りつかせるような苦悶の表情を張り付かせている。ぶっちゃけ怖い。こいつらから逃げ惑ってる内に迷子になった訳である。


『クロ殿!』

『分かってる!頭、下げてな!!』


クロが素早くワンドを掲げ、小さく呪文を唱えた途端、ワンドの先に大きなうねりを伴った黒い矢が出現すると、風を切り裂き飛翔しゴーストに突き刺さる。


強烈な魔法の一撃を受け、ゴーストは一瞬のためらいの後『ギャァァァッ!』と底冷えがするほどの悲鳴をあげ出現した時と同様にサァーとその場から消えていった。


「幽霊、多すぎるよ…。勘弁、して…。」

『アイリス、幽霊じゃない。アンデッドだよ。』

「…私には、おんなじだよ…。」


思わず愚痴がでる。城に入ってから「生きたモンスター」は一切出現しなかったが、このアンデッドが山のように襲いかかってきたのだ。戦えるなら別に問題なかった。問題は「戦う事すら出来なかった」からだ。具体的に言えば、魔法以外の攻撃が一切通用しなかった。


当然、俺の力も幽霊の前には限りなく無力であった。虫を飛ばしてもすり抜けてしまい多少ダメージを与える程度だし、かと言って接近戦も不可能だ。なにしろ、あいつ等の「そのなんでも通り抜ける手」が身体に触れる、それだけで生命力がゴッソリ吸い取られてしまうのだ。今の俺にとってこれ程恐ろしい敵はいない。


そんな訳で、俺はスッカリ役立たずだ。


勿論、魔法を扱えないブラッド達も同様だ。魔法が使える者はクロ含め三名だがクロより遥かに劣る上に、そのクロでさえ扱えるのは闇魔法とアンデッドとはすこぶる相性が悪い。ゴーストが出現する毎に今撃てる最大の魔法を撃たねば撃退できないという始末だ。


「…レッド。連れてくれば、良かった…。」


レッドの魔法は火属性で、序列でいえば第六位まで扱える。この幽霊屋敷でなら存分に力を振るえただろう。ちょっと鬱陶しかったから置いてきたのは失敗だった…。


『アンデッドに負ける私じゃない。任せなよ。』


クロが俺の頭に手を置き、そう慰めてくれるが城に入ってから戦闘は全てクロ任せだ。流石に申し訳ない。


『ほら「お団子」くれるかい?』


俺は背嚢から用意してあった、串に差した団子を取り出すとクロへと手渡した。


『これが食べられるんだ。逆に役得ってもんさ。』


一口にペロリと串ごと団子を平らげると俺の頭を再び軽くポンと叩いて、クロはあゆみを進め始めた。それに釣られるように全員が隊列を組み直し探索を開始した。


俺の手荷物は、ぶっちゃけ食べ物だけである。特にレッドに教えてもらった魔力回復が高く日持ちする料理だけを選んで持って来た。今さっきクロに渡した団子もそのひとつだ。ジャガイモを干して砕き、そこに虫を混ぜ込んだ簡単なものである。ただ今となってはこの持ち込んだ食料の御蔭で戦線を維持できているに等しい。魔力補給できるうちは問題はないが、数に限りがある以上それも限界がある。


どこかキリのいいところで撤退すべきだろう。俺としてもココまで来て目的を果たせないのは残念だが、命を危険に晒してまで魔王を探す気は俺にはない。


もう城から出るか、そんな事を考えていた時―。




突然、俺の足元にパックリと黒い穴が開いた。


あまりに突然で「あっ!」と俺も声をあげるのが精一杯で、中空を掴もうとするが掴めるモノなど当然ある訳もない。俺の身体は、なんの抵抗も出来ずに、その漆黒の眼窩のような穴に飲み込まれるように落ちていった。


何処までも闇の中を木の葉のように落ちていく。実際は真っ暗闇で体感はないが、既に死亡確実な速度で俺は落ちているのだろう。俺はどうにかして身体を固定すべく、暗闇の中、ガムシャラに唯一肉体強化できている左手を必死に伸ばすが尽く弾き返され、壁に捕まる事すら、もはや不可能だ。


このままではやがてくる、床と激突する衝撃で間違いなく死ぬ。


『くそぉぉッ!!』


俺はアリスへの同化をやめ、蠅に戻ると必死に背中の羽をはばたかせる。だが、俺の能力は「俺に対してのみ」有効であり、アリスの、この速度で落下する物体を停止させる力は持っていない。


『こんな死に方させてたまるかよ!』


無駄としりつつ、俺は全力でアリスの身体に張り付き必死に羽を動かし続ける…が、無情にも速度が落ちる事はない。俺は必死に脳味噌を働かすが、アリスを救う手段がないという答えしか返ってこない。


その答えに至り、異世界に来て様々な体験をしたが、それらとは比べ様がない程の恐怖が全身を支配する。俺は狂ったように雄叫びをあげアリスの身体をなんとかその場に止めようと抵抗する。諦めて、たまるか!


その時だった。闇の中「タンッ!タンッ!」とリズム良く何かを弾く音が急速に近づいてくる事に気がついた。『次はなんだ?!』と思う間もなく、次の瞬間、何か大きくて暖かなモノに「俺達」は包み込まれた。


『アイリス!無事かい?!』

『クロ?!お前、どうやって此処まで来たんだ?!』

『当然、私も飛び込んだのさ!後は任せな!』

『任せろって、どうするつもりだよ?!』

『黙って!しっかり捕まってるんだよッ!!』


――もう俺には為す術がない。


俺はアリスに同化するとクロの豊満な胸に顔を埋めるようにしがみつき彼女と共に闇の中を何処までも落ちていった。



☆☆☆




「…うぅ…」


ここは――俺は…生きているのか?全身が酷く痛み、痺れて上手く動かせない。ゆっくりとうつ伏せに倒れていた身体を起こす。周辺は強い血の匂いと腐臭がしているが視界は闇に覆われあたりを窺い知る事はできない。


…俺は…穴に落ちて、それから…。


それから…。


それから。


「クロ?!どこ!!」


俺は痛む身体を起こすと、左手に光蟲を呼び出す。それだけでも体力の消耗を感じるが、今はそれどころではない。クロがどんな方法をとったか分からないが、あれだけ長い時間を落下して無事で済む筈がない。俺が生きている事だって奇跡に近い。


『…ごふ…ア、アイリス…無事だったんだね…良かった。』


俺の叫びにクロの声が近くから返ってきた。


生きている!


俺は僅かな光量を頼りにヨタヨタと身体を引き摺るようにしてクロの声がした場所に近づき、絶句した。


クロの下半身が潰れていた。腰や足の骨がデタラメな方向に飛び出しドクドクと血が流れ出ている。まさか、そのまま着地したのか?!


『…アイリス…。』

「黙って!」


俺は背負ったままの背嚢から急いで食料を取り出すと、クロの口へ強引に押し込んだ。今ならまだ間に合う。更にクロはずっと俺の料理を食べていた。食べる事さえできれば時間はかかるだろうが肉体の再生は問題なく出来る筈だ。


口に押し込んだ団子をクロが嚥下するのを見て、やっと少し安堵する。


「クロ。無茶だよ…。」


俺がやっと吐き出した言葉に、


『…レッドの阿呆に怒られるのは…嫌だからね。』


力なく、だが生気のあるクロの返事に自然と笑いが出る。


「そう、だね。だから。この事は、内緒にしとこ。」

『はは、内緒にできるかねぇ。目ざといんだよ、あいつ。』


「確かに」と二人で笑い、


「ありがとう、クロ。助けて、くれて。」


俺は心からのお礼を言った。クロが助けに来てくれなければ間違いなく死んでいただろう。彼女は身を挺してまで俺を救ってくれたのだ。感謝してもしきれるものではない。


『い、良いんだよ!私は…アイリスの第二眷属だからね!』


ちょっと照れたように、クロの癖である肩を僅かに窄める動作をひとつすると俺から顔を背け、


『ブラッドのヤツ、ここ分かるかね?』

「うーん…どのくらい落ちたか。分かんない、から…。助けに、来るの。時間、かかると思う。」


クロを欠いた、あのメンバーでは此処まで来るのは相当時間がかかるだろうし、そもそも此方の位置が分からないのでは発見は無理だろう。


俺の力でクロが回復するのを待って、こちらから移動した方がいいだろう。一応、蠅を伝令に放ってはあるが宛にはできない。




『ふーん、魔族にしては良く喋るじゃないか。』


――闇の中、よく通る男の声が響き渡る。


俺は素早く腰に吊る下げてあった短剣を引き抜くと、腰だめ構えクロを守るように移動すると、声のした方をジッと睨みつける。クロも対応しようとするが、俺は片手でそれを制しし、


「クロ、身体。直すの、集中して。」と命令する。


声の主に見当はあるが、この暗闇では分が悪すぎる。アリスの体力も満足ではなく虫を呼ぶ事すらままならない。正直に言って状況はかなり悪い。


『僕は興味があるんだ、君に。まさか死んだ後に君みたいな娘が現れるなんて、まったく世界は意地悪だよ。』


男の声が正面だけでなく、四方八方から聞こえてくる。これでは位置が特定できない。


『どうにか僕のところへ連れてきたかったけど、僕死んじゃったからさ、困ってたんだ。そしたら、そっちから来てくれるんだもの。幸運に感謝しちゃったよ、ハハハ!』


男の声に心がざわつく。

妙に感に触る。苛立たしい。憎らしい。

憎悪が――膨れ上がる。


――これは――?!


「魔王!」


俺の口が勝手に喋りだし、覚束無い足取りで闇の中に走り出す。何もない闇に向かって滅茶苦茶に短剣を振り回し虚空をむなしく切り裂いている。


『アリス?!落ち着け、どうしたんだ?!』

「やだ!ごめんなさい!私、倒すから!!」


アリスの意識が覚醒し、あまつさえ俺の意識を上回り身体を動かしている。こんな事は初めてだが、今は不味い!


『アリス、俺に身体を預けろ!今はダメだ!』


俺の必死の訴えもアリスには届いていない。肩で息をしながら、短剣を振り上げては何もない場所を何度も切りつけている。


…ダメだ、己を失っている。俺はアリスから同化を解除すると、蠅を呼び出し


『アリス、ごめん!』


と、アリスを昏倒させ意識を失わせ、すぐさま再び同化する。くそっ!思わぬ事態で無駄に体力を消費してしまった。というか、魔王だと?!それにアリスのこの行動は一体――?


『ほほう、想像以上にこの世の理から外れているね、君。それは…聖女の身体を乗っ取っているのかい?ますます面白いね。楽しくなってきたぞ。』

「…聖女って、何?」

『ハハハ、聖女は君さ!僕は君のせいで死んだんだぜ?まぁお互い死んだみたいだから、おあいこで良いよ。』

「…お前が、殺したの?」

『僕は殺してないよ。僕が死んだあとみたいだねえ。すっごくヒトを恨んでる。察するにヒトに殺されたんじゃないかな。おっと僕の事もスゴく恨んでるね、ハハ。』


…アリスは――先の討伐戦争で死んだ聖女と呼ばれる存在だった。そして、魔王を倒した後、人間――ヒト族に殺された、いや俺の知る限り死んではいない。ただ、心を何かしらの魔法で壊されたのだろうか?


「…それで魔王が、私に。なんの、用?」

『いやーだからさ、僕は君が知りたいんだよ。僕とは違うけれど、力を持っている。何者なのかなーって。』


俺はクロの元へとゆっくり後退し、あたりを伺いながら闇へ問いかける。


『僕、勇者達のせいで生殺しなんだ。身体は失ったけど、中途半端に殺されちゃったせいで死ねなくなっちゃったんだよ。だから――。』


俺の光蟲の僅かな光量でも分かるほど、濃密な白濁色をした霊体が六体、突如出現し俺をグルリと取り囲む。


『この城に入ってからずっと見てたんだ。君、アンデッドが苦手だよね?』


…いくら俺の虫の力でも重体だったクロの身体を治すにはまだ時間がかかる。実際、クロの状態は周囲を睨めつけるだけでも精一杯といったところだ。気を失っていないだけ立派なものだ。


俺は「ふぅ」と深く息を吐き出す。

たったひとりに、敵はゴースト六体、か…。



『君が欲しいんだ。』


その一言だけ妙に艶がかっていたが気に止める余裕はない。


『だから!僕に見せてよ、君の全てを!せいぜい楽しませてくれ、ハハハ!』


魔王の高笑いと共にゴーストが動き出し、一斉に俺へと襲いかかってきた――。



読んでいただきありがとうございました。次話も宜しくお願いします。

妄想だけが先走りしすぎて一向に先に進めない…

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