第十三話 平等な死
…おかしいな、可愛い猫耳娘を出す予定だったのにちっとも出る気配がないよ(><)
「…予想してた、けど。凄いね…。」
雷鳴響き渡り、絶え間なく振り続ける豪雨の中、俺はクロの背中から滑り降りると、その巨大で不気味な城の様子を眺めみる。
俺達は今「魔王城」の入口前にいる。
周囲は人間達との死闘があった事が容易に伺えるほど荒み、強烈な腐臭死臭と共に両陣営の ―― 生ける屍「ゾンビ」が緩慢な動作で無数に徘徊している。
ざっと見た限り、人間8モンスター2といった所か。
生前もっていた知性を失い、動く死体となったモノ。それがゾンビだ。
この世界では死者が正確に三日放置されると、死者はゾンビになる。理由は分からない。この世界のルールだと言われたら納得するしかない。事実として、今も目の前にゾロゾロと居並ぶのが現実なのだから否定しても仕方がない。
彼等の索敵範囲は極めて低い。視覚嗅覚はほとんど無く、聴覚のみに頼って「生者」に襲い掛かる。行動自体は他のモンスターと同じだが、根本として違うのはゾンビは生者を喰らう為に殺すのではなく「生者が生きているから」殺すのだ。そこには生者への理不尽な恨みしかない。怨恨ですらない。
生者である俺からすれば、ある日突然、意味もなく通り魔に殺されるのと変わらない。
ゾンビと一括りにすると分り難いだろうが、魔族のゾンビ、魔獣のゾンビ、人間のゾンビと「元になった身体は」様々だ。当然、元が魔族であれば如何に動作が緩慢とはいえ、その不死生も伴い非常に凶悪なモンスターになり得る一種である。
だが―、
俺にとっては、最優先討伐対象以外の何者でもない。
俺の領土にゾンビがいなかったのは、俺がその尽くを喰いつくしたからだ。
その行動原理が俺には忌々しいものにしか映らないし、腐臭と共に周囲に汚物を撒き散らす様は、どうみても疫病の元にしか思えない。ついでに言えば、この世界でもっとも容易く倒せるモンスターであるからだ。
俺の虫の対象への干渉力は、対象の生命力が強ければ強いほど俺の体力を消費する。逆にいえば生命力が低ければ干渉は容易だ。つまり、死体への干渉など俺が指令を出す必要すらないほど呆気なく行われる。一匹の蠅が卵を産み付ける、それだけで終わる。俺の生み出した蛆虫は爆発的に誕生増殖しDVDを早送りしたが如く一分を待たず、そのゾンビを消滅させる。如何に不死とはいえ、肉片ひとつ残さず喰われてはどうしようもあるまい。
以前は輪廻転生など信じていなかったが、俺自身が異世界転生した事もあって死者を冒涜するような、この「ゾンビシステム」には真っ向から抵抗させて貰っている。全うに成仏させてやるのが生きてる者のせめてもの勤めってもんだろう。
『アイリス!早くやって!』
俺達に気がついたゾンビが数十体のろのろとした、だが、それ故に気味の悪い動作で襲いかかってくる。それをクロにブラッド、以下数名が俺を中心に円陣を組み、力任せにゾンビの攻撃を捌きながら声を上げる。
俺は仲間達が作ってくれた輪の中で、左腕のバックラーを外すと、自然と胸の前で祈りを捧げるよう手を組むと、「左腕の本体」を露わにし、一言、死者に対して「祈り」を捧げる。
「 もう。眠りな、さい。皆に。安らかな、死を。」
俺の祈りと共に左腕から黒い霧が後光の如く揺らめき立ち昇ると、ソレは一斉に周囲に拡散していく。
――生み出したのは、蠅千匹。
相対する敵の数は…目に見えている範囲だけでも一万を超えるだろう。
だが、数は問題ではない。
俺の蠅が次々とゾンビに触れ「卵」を産み付けてゆく。
卵は瞬く間に孵化し、その数秒後には全身から白い蛆が湧き始め――
腐肉の中から、数千の、俺の力を継承した蠅が誕生する。
その過程を得て生まれた蠅は、俺の命令も受け継ぐ。この場合「この場にいる全てのゾンビを滅ぼせ」である。俺の命令を達成するか、俺の虫を全て駆除しない限り、増殖は止まらない。
干渉対象が生命を持つ場合と違い、相手が死者だと俺は一度虫を解き放ったが最後、一切体力の消耗がない。
故にゾンビがどれだけいようと、関係がない。蠅を千匹生み出す程度の体力消費であればアイリス状態であろうと全く問題がない。それだけ死者に対するアドバンテージが俺にはあるのだ。
俺自身が蠅という事もあってか、他の召喚される虫達に比べても呼び出される蠅は一匹一匹が極めて凶悪だ。現代の知識と照らし合わせても異常なスペックだろう。
今も自分の苗床となったゾンビ達の骨に群がり、自分達の母体であったソレを溶かし喰らう様はまさに地獄絵図である。
だが、蠅達の御蔭で周辺はだいぶ「綺麗に」なってきた。俺は断じて違うが、俺の蠅達は蠅本来の習性として汚物が大好物なので、あらゆる不浄な物体をほぼ無自覚に取り去ってゆく。更に俺が本能的に感じている不快感を常にイメージとして受け取っているので、俺にとって幸いな事に、俺の生み出す全ての虫達は「不潔な事は悪である」と刷り込まれている。
簡単に言えば、俺の召喚した虫達は異様に綺麗好きである、という事だ。同一意思の元に動く虫というのは感心するほど清潔だ。
―あえてゴキブリを呼び出した事はないが、間違いなく他の虫達と同じだろう。――呼ばないけれども。
『お見事デス、アイリス様。』
ハルバートを片手にもち、オークのブラッドが周囲を油断なく見渡しながら俺に語りかけてくる。
「正直。お城、来るまでの方が。大変だった、ね。」
『まったくデスよ。ですが、久々にコイツを振るう事ができましたから、存外悪い事ばかりでは無かったデスがね。』
ブラッドが、虫の甲殻で強化されたハルバートをクルクルと器用に片手で振り回す。
―…、
ブラッドの手足、豚足なんだけど…あの手でどうやって、あんな自在にハルバード操ってるんだ…?
あれもブラッドの持つ職業的恩恵―いや、この世界でいうクラス「ファイター」の恩恵なのだろう。
クラスとはこの世界における、その者のもつ可能性から選び出された特性のひとつを指し、主にそれが生業に直結する事からクラス=職業と思って良い筈だ。だが、それはあくまで人間の場合であって職業云々はモンスターには当てはまらない。モンスターは魔法刻印と同じく、生まれた瞬間にクラスも必ず授けられて生まれてくるのだそうだ。
…人間もそうなのだろうか?だとすると…この世界にニートは存在しないという事に…。
ともかく、己のクラスを鍛える事で「スキル」を獲得していく事が、この世界での成長なのだそうだ。聞けばブラッドは槍Lv2というモノを持っているらしい。そのまんまだが、つまりレベリングでスキルレベルが上がれば自然と戦い方も熟練したものに変わっていく、という訳だ。ちなみにレッドにスキルってどうやって見るんだ?と聞いたところ『アイリス様にはご無理かと。魔力と同じように視ますゆえ…。』だそうだ。
俺だけがステータスがみえない件―…。
クロが言うにはステータスは自身が開示させないと他人が覗き視る事はできないのだという。アリスのステータスを視る事ができたら今後の指針になるかと思ったんだが、無理でした。
『…やはり、生きている者はいないようデスな。どう致しますか?』
『アンタ、何言ってんの?ここまで来てといて、城の中みなくてどうすんの?』
周囲を捜索していた二体が俺に次の行動指示を聞いてくる。虫の御蔭で周囲はすっかり綺麗になり、まるで神社の如き清浄さすら漂い始めた魔王城であるが、俺は別に掃除をしにきた訳ではない。
魔王の存在を確認しに来たのだ。
魔王とは魔族の頂点に立つ、まさしく王である。
だが、現在。その存在を魔族の誰も「感じられない」んだそうだ。魔族の唯一の義務、それは魔王の守護である。魔王だけが魔族を生み出す「魔心」と呼ばれる魔道具を使用可能で、魔王が倒される又は魔心が破壊されると魔族は塩の柱に変わり果て死ぬ、のだそうだ。
漠然と「違う」と思っているが、可能性として俺もクロやブラッド達のように、その魔族の内の一体である可能性もないとは言い切れない。
クロ達が生きている以上、魔王の生存は確かであろう。だが、俺と虫の関係のように、彼等と魔王は精神の一部が常に繋がっていて、その存在をいつでも識る事が可能であった。
それが一月前――。
俺が異世界転生を果たす、少し前。
人間達による魔王討伐の大規模な人魔戦争が起こり、双方が甚大な被害を出しつつ、結局引き分けたらしい。
だが、それ以降、魔王の精神へのアクセスが不可能になってしまい、魔族の誰も魔王の存在を確認できなくなってしまった。それが現状だ。
『それなら、直接行くか』と口を滑らせた事から、あれよアレよという間に、現在に至る訳である。
…まぁ俺もずっと気にはなってたんだよね。異世界初日に気づいてたよ、この城。デカいんだもん。それに勝手に砦とか作ってるし、仮に俺の上司が魔王なる者であったなら怒られるのは確実だよなぁ。
まぁ冗談は兎も角、俺が魔族であった場合アリスの安全が保てるか分からなくなる。もしかしたら魔王の命令ひとつで俺はアリスを殺してしまうかもしれない。
自分が魔族であるのか、そうではないのか?
俺が確認したいのは実はこれだけで、魔王の存在とか割とどうでも良い。ただ仲間達の行く末にも関わる事なので満更放置する訳にもいかないので、今更ながらやっと重い腰を上げたというわけだ。
しかし、たかが二十キロに及ばない距離だったが、魔王城までの移動には丸二日の時間を要した。なにせ此方はクロとブラッド含め八名での移動だ。すぐにモンスター達に気取られその度、戦闘になり遅々として先に進めなかったからだ。
最近は砦周辺でしか戦闘を行っていなかったから忘れてたけど――此処ラスボス前だったわ。慣れって怖い。
『アイリス、どうするの?』
「ん、行くよ。魔王、見つけて――話さない、と。」
『ではアイリス様。俺が先頭にたちますよ!ついて来てくだ―ぴぃっ?!』
ずいっと前を歩き出したブラッドのクルンと丸まった尻尾をギュッと握り締めると、
「貴方、戦士でしょ?!スカウトのクロ、出番でしょ。後ろ行って。」
と、微妙にテンションが上がっていたブラッドを慌てて諌める。つーか、おめぇ戦士がダンジョンで突っ走るとか死亡フラグだからな!
「クロ、お願い。」
『了解。この有様だと何があってもおかしくないからね。』
こうしてクロを先頭に、俺と怒られてしょんぼりするブラッド以下五名は魔王城へと足を踏み入れた――。
読んでいただきありがとうございました。次話も宜しくお願いします。
ちょっとずつPVが増えてきて嬉しいな~。
場面繋ぐだけで一話使っちゃいましたが…