第十話 ワンダフルライフ
なんだかんだ十話まで書く事ができました。それもこれも皆様に読んでいただけた御蔭です。
まだどこまで続けられるか分かりませんが、お付き合い頂ければ幸いです。
「…ねぇレッド。どうして、こうなったの?」
――俺の眼前に広がるのは、レッドと共に造り上げた岩壁に囲まれた空間の中。「にこやか」に8体の牛顔のむさ苦しい筋肉ダルマ ― ミノタウロス ― が雑草を引っこ抜き、生木を蹴り倒し盛大に大地を掘り起こす姿が、そこにあった。
『アイリス様。我が主よ。先日、貴方が仰ったではありませんか「捕まえてきたのはいいけど。ちょっと、多すぎるね。餌、どうしよう…?」と。そこで彼等には最低限ノ食料ハ時給自足をシテ貰う事に致しましタ。』
妙に慇懃な「人間臭い」物言いでレッドが軽くお辞儀をして頭を下げてくる。3mもある巨人には全く似つかわしくない仕草だが、彼が一生懸命それらしく振舞っているのだと考えると態々突っ込むのも無粋だしその立ち振る舞いについては黙っておく。
…俺がアイリス宣言をしてからまだ一週間経っていないのだが、この短期間に信じられない「進化」である。ファンタジー怖い。
「確かに言ったけど!これ。やり過ぎでしょ!敷地内ほとんどひっくり返してるし!」
今や砦と化した隠れ家は正確に100平方mの正方形の敷地を持っていたが、今や視界に入る全ての大地が凸凹にひっくり返されている。俺の考えていた拠点化計画では敷地内に必要なライフラインを全部収める予定だったのだ。
それを全部、畑?予定がめっちゃ狂うんだが?
『イえ、アイリス様。今後ノ事を考えればモット大きな領土ガ必要カと。』
…はい?
「領土って…なに?誰も。そんな事、言ってないよね?」
『アイリス様のお望ミを叶えル為には必要な事かト。ここカらゲートまで、アイリス様に教えて頂いたKm単位でご説明すると一万km以上モの距離がございマス。確かに時間ヲかければ辿り着ける距離デスが、アイリス様の足デは数年、数十年先にナッてしまいます。』
レッドの黄金の、最初出会った頃とは明らかに違いのある理性の宿った瞳が、俺を見つめる。
『ならば。眷属ヲ増やし脅威全てを排除しゲートまでの全てヲ支配しテしまう方ガ遥かにアイリス様のご要望に叶います。』
「う…でもぉ…ちょっと、話が大きく、なりすぎじゃ…。」
俺の身体が地面に座り込み、そこにのの字を書き始める。
最近分かった事だが、俺がアリスの身体管理より自分の思考に重きを置くと、無意識にアリス独特の仕草が表に出てくるのだ。そのひとつが、のの字を地面に書く、である。
それはともかく――
…レッドの理屈は通ってる…だけどさ、領土とか…ちょっと前まで一般市民だった俺にどうしろっていうんだ?そんな大事には考えてなかったんだが…。
『主ノお力ヲ持ってすれば可能です。アイリス様も一刻も早ク「そのお体」をヒト族の中に戻しタイのではアリマせんか?』
――。
『アイリス様、ご決断くださイ。』
「えぇ、ちょっ?!決断急ぎすぎ!分かったけど。そんな、すぐ決められる事じゃないし!今はその方針で、行動する。じゃ、駄目?」
『そレが主様のお考えでアレば異論ハ御座いまセん。』
「―…あと。せめて、何かやる前に。私に。相談、して欲しいな。」
俺の訴えにレッドは黙って深々と頭を下げ、そのままの姿勢で、
『私ハアイリス様のお役に立ちタいのです。主様の御蔭デ我々は「魔力飢え」トいう苦しミから解放サれました。さらにハ「進化と知恵」すラも与えテくれました。こレほどの奇跡ヲ起こした貴方に御恩を、少しデも御恩をお返しシタイのです。』
熱の篭ったレッドの訴えだが、俺としてはむず痒いだけだ。
なにせ俺は別段、意識して何かをした訳ではない。
―― ただ、メシを作ってやっただけ、である。
「で、畑。なの?」
『そうです。我々―アイリス様の眷属となった者は魔力飢えかラは解放されマシた。今までの様に耐え難い飢えに縛られる事のなイ日々ガ、我らにとってどれほど幸福な事か。』
そういって、レッドは晴れ晴れした顔で空を見上げる。
『ただ全く食べナいという訳には参りまセン。ですがそれも空腹ヲ満たす程度ナラば「アイリス様の虫」を使っタ作物デも十分 ― アイリス様のご食事分より少なクても、十分に我らの腹は満たされマす。そこであやつ等にハ畑ヲ作らせ、物資が確保でき次第、侵略ヲ始めヨウ、と考えまシタ。』
おい、後半の内容が酷く物騒だよ?もうちょっとオブラートに包んで下さらない?
だが、レッドの申し出は魅力的かつ正論だ。そもそも俺の計画にはライフライン構築後の予定が未定だったのだから異論を唱えられる訳がない。そこへいくとレッドの案は理に叶っている。俺は、俺自身を危険に晒す事を可能な限り控えたい。ならば進む先を自らの領土とし、眷属を増やし彼等に身を守って貰いゲートを目指す…。
まったくもって「俺とアリスに都合の良い」理想の方針と言える。
そう、俺達にだけ都合がいい。
ここが ―― 俺の良心にひっかかる。
『…アイリス様?』
黙り込んだ俺を心配気な眼差しでレッドが声をかけてくる。
「ごめん。考え事、してた。畑、ね。作るなら、ちゃんと作ろ。」
俺はレッドを伴い、ミノタウロス達の元へと歩き始める。家庭菜園くらいの知識しかないがまあ何とかなるだろう。それよりも…。
150cmもない華奢な少女に付き従う巨人は、純粋な、どこまでも信頼しきった眼差しを少女に返してくる。
――なあ、レッド…
――信頼してくれるのは嬉しいが、俺が裏切らない保証は何処にもないんだぜ…。
☆☆☆
俺の第三のチートが ― 発覚した。
俺の持つ三つ目のチート、それは他者への無尽蔵な魔力供与、である。俺が生み出す全ての虫には「譲渡できる高純度の魔力」が付与されており、魔力で生きる者に与えれば魔力が全快復し、更にはその生物の健康と成長及び進化を促す効果がある、らしい。全くもって不確かな事だが、この能力は俺に直接的なリターンが一切ない。その為、気がつく所か、理解した今ですら実感が伴わない。正直、レッドが断言するまで、いやレッドが言わなければ俺はずっと気がつかなかったかもしれない。今にして思えば「虫調味料」を使い出した頃からアリスの肉体が空腹でいる時間が大幅に減ったな…位の実感しかない。「成長と進化」の方は、あくまでレッドの言葉なので、俺としてはレッドの言葉以上の感想はでてこない。
ただ共同生活を始めた三日目には、レッドが「腹ガ減ラないナ…」と言い出し、その次の日には妙に流暢な言葉を操りだした。で、そのまた次の日に捕まえてきたミノタウロスに「俺が作ったシシケバブ」を食わせた数時間後にはミノタウロス全員が、俺――アイリスの言葉を理解した事でほぼ確定した。
つまり、俺とレッドが「俺が同化する事で」人語を理解した。と推測し結論づけた事も、実は間違っており、この眷属化の力でモンスター達が「勝手に」人語を理解できるように「進化」したのだ。
レッドはこの能力の事を眷属化と命名したが、先にも言った通り、この力はあくまで魔力供与であって眷属にする能力じゃない。実際、この世界には眷属化魔法や隷属化魔法などと言う物騒な魔法が存在しているらしいが、俺の力はRPG的にいえばエリクサーみたいな物で、間違っても与えた生物を隷属化できるような能力ではない。例えば虫達と同じように意識下で命令を出したとしても、当然その命令をレッドが受け取る事はできない。
だが――レッドは、その事を知らない。
この世界でも異常な俺の能力を見て勝手に思い込んでいるだけだ。眷属で無くなれば「眷属化」で得たものを全て失い死ぬ、と。この世界の常識に当て嵌めれば眷属化とはそういう物なのだろう。まだ理性を持ったばかりのミノタウロス達に熱弁を振るうレッドが、今まさにそう説明しているのだから間違いない。
…俺は卑怯者だろうか?
折角得た仲間。でも、相手はモンスターだ。
人間を食べ物としか思っていない生物だ。
レッドを信用していない訳じゃない。
今の俺が、モンスター自体を信用しきれない、のだ。
『悪いな、レッド…。もうちょっとだけ、今のまま利用させてくれ。』
俺は堂々巡りする思考の波から抜け出すと、何事かをミノタウロス達に、まるで街宣活動の如く熱心に語って言っているレッドに話しかける。
「レッド。私から、説明する。畑仕事なんて、貴方。知らないでしょ?」
モンスター達は、現代でいうところの肉食獣だ。作物栽培どころか、野菜を食べるという習慣がない。レッドの説明によれば「本来の野草には殆ど魔力がなく、魔力とは新鮮な肉と血からのみ得られる」のだそうだ。
そりゃー毎日がバイオレンスな日々になる訳だ。
当然農作業自体を知らないのだから、こんな風にデタラメに地面を掘り返す事になる。本当に初歩から始めないと駄目だ、これは。まずは土をちゃんと耕さないと…。
俺が無残な姿に変わり果てた地面から顔を上げると、そこには一様にその地面に頭をこすりつけ平伏するミノタウロス達と「何故か」誇らしげな顔をしたレッドが片膝をついた姿勢で此方を見上げてくる。
実際は片膝をついたところで、レッドの頭は俺の身長よりよほど高い位置にあるのだが、レッドの顔は完全に飼い慣らされた犬、である。その表情と立ち振る舞いが、レッド自らを俺の配下である、と全身で表現していた。レッドの眼は遥か高みにある上位者を見上げるような目をしていた。
…これはコレで良いんだろうか?レッドだって森の上位モンスターなんだよな?プライドとか大丈夫なの?
俺が疑問に思う間もなく、
『王ヨ!我らに更なる英知ヲお与えくだサい!』
とレッドが馬鹿デカい声を張り上げたかと思うと、平伏したミノタウロス達まで一斉に顔をあげ、
『王よ!王よ!我らガ王ヨ!!』
と大合唱が始まった。―― 一瞬、何がおこったか理解できない俺。時間の経過とともに何を言われているかを理解する。
満足気なレッドの顔が憎々しい。
この野郎!何を話していたかと思えば、コレか―!
「やめ、て!」
『やめろ!ボケカス!ぶっ飛ばすぞ!!』
思わず「両方の身体から」全否定の悲鳴があがる。王とかマジやめろや。恥ずかしくて逃げたくなるだろうが!俺が恥ずかしさのあまり身悶えしていると、
『何故デすか、王よ。我らがイテ、領土ガある。もはや貴方ハ我らにとって王デありマス。』
「いや、無理。ぜっーたい、無理、だから!」
俺の心からの叫びもミノタウロスの大合唱に無残にも消え去っていく。
思わずレッドにすがり付くと、
「お願いだから、せめてアイリス、にして!王、とか呼ばれたら、ここから、逃げるよ!」
王とか冗談じゃない!確かにレッドの提案は素晴らしい。だが、一般市民であった俺が王様になんて成れる訳がない。その前に分不相応な呼び名で呼ばれ続けるなんて、とても俺の神経が持たない。そんな風に呼ばれるくらいなら此処から逃げた方がマシだ!
しかし、俺の「逃げるよ!」宣言は予想以上に効果があった。その場にいた皆の顔色が、正しく血の気が引いたような青色に変わり、
『も、申し訳ありマセん、アイリス様!二度ト…二度と今の言葉ハ使イません。ダカら、どうかこれカラも我らを導いて下サい!』
見ている此方が哀れに思えるほどの狼狽ぶりを発揮して先程とは違う意味で、レッドも含めて全員がその場で平伏した。
「…分かれば、良いの。今みたいなのは、ほんと、やめてね。」
レッドは恐る恐ると言った感じで顔を上げると、
『許しテ頂けるのデスか?』
「貴方、大事な眷属、だもの。許すに、決まってるでしょ。」
それを聞いたが早いか、レッドは即座に立ち上がると、
『聞いタか、ミノタウロス達!アイリス様が我らノ無礼ヲその寛大なお心デお許し下さっタ!この御恩に我ら一同報いネば魔族ノ恥ダ、誠心誠意お仕えスルのだ!!』
レッドの喚声に、顔を上げていたミノタウロスが『ははぁ』と再度平伏する。それを見て俺に振り返ったレッドの顔は…犬だった。まるで腹をみせて寝っ転がる、服従した犬のソレだった。
いや、なんだよ、そのドヤ顔?
お前のせいで、話、全然進んでないんだけど?
ドヤ顔を決めるレッドに呆れつつ、内心―
信用する、しないで心配してた、俺…すっごく馬鹿みたいじゃん。
今すぐ踵を返して地下の隠れ家に引き篭りたい気持ちを抑えつつ、俺はミノタウロス達に畑の耕作作業を教え始めたのであった―
読んで頂きありがとうございました。次話もよろしくお願いします。